1-12 交わした約束
なんとか今回も滑り込みで1日2回投稿が叶いました。
「えぇぇぇ!?」
智也は大げさにのけぞった。
「うわ、マジか!まんまと騙されたよ!最初に言ってくれって」
「分かってて言ってると思ってました。名字にちゃん付けで呼ばれることも多いので」
ふざけ半分であるが、学校でもそう呼ばれることはまれにあった。
「まあ…そうかあ?でも変だと思った時もあっただろ?」
「少しは有りましたけど」
「じゃあ、その時に教えてしてくれよ」
「ここまで仲良くなると思ってなかったので、わざわざ訂正することもないかと思ってました」
「酷いなオイ!」
智也と蓮の騒がしいやり取りに菫があきれた声を出した。
「ごめんね、色々大変だろうに、この子が迷惑かけて。入院中もずっとこんな調子だったんでしょ?」
「いえ、むしろ……楽しく過ごせました。リハビリの時とか、励ましてもらいましたし」
「あら、こんな子の肩を持つこと無いのに、ありがとうね」
「こちらこそ、おかげで沈まずに過ごせました」
リハビリの間、智也と顔を合わせる日もあれば、まったく会わない日もあった。
彼が別の検査や訓練で忙しいときは、廊下で軽く手を振るだけで過ぎていく。
逆に、偶然リハビリ室の入口で同時に合流した日は、妙に張り切った声で励まされ、蓮は内心で苦笑しながらも頬が緩んでしまうことがあった。
最初は面食らったものの、途中からは心強く感じていたのも事実だった。
菫は目を細めて、蓮を優しく見つめる。
「それにしてもあなた、若いのにすごく丁寧に話すのね。息子も少しは見習ってほしいわ」
「おい母さん、それ聞こえてるって」
「聞こえるように言ってるの。うちも女の子だったら良かったのに」
親子の会話に、蓮は思わず笑ってしまう。
そしてその笑いの中に、自分が女の子に見られていることを、強く否定せずに受け入れている自分に気づいた。
「とりあえずさ」と智也が口を挟む。
「佐倉ちゃんも退院明日だろ?連絡先教えてよ」
「え?」
「だって、ね?もう会えないとかさみしいだろ」
パシン、と乾いた音が響いた。
菫の手が、容赦なく智也の後頭部を叩いたのだ。
「なに言ってんの! あんたは、懲りない子ね!」
「いてっ! 連絡先くらい聞いても良いだろ!」
蓮は腹を抱えて笑い、思わず涙がにじんだ。
「ふふ……相変わらずですね、智也さんは」
「おっ、ついに名前で呼んでくれるようになった?佐倉ちゃんも満更でもない感じ?」
「はぁ、苗字で呼んだらお母さんと区別がつかないからですよ」
蓮と菫が揃ってため息をつく。
「ほら。くだらないこと言ってないで、さっさと行くわよ」と、菫が智也の肩を小突いた。
「ちょっ、待った!まだ連絡先が!」
「いい加減にしなさい。佐倉さんもありがとうね」
智也は名残惜しそうに蓮を振り返った。
「じゃあさ、髪、セットしてやる話覚えてるだろ?落ち着いたらウチの店来なよ。FMオオルリわかる?近くにヘアーズって店があるから」
「結構です。誰彼構わず口説くような人には、ついていかないので」
蓮の言葉に、菫がすぐさま頷いた。
「そうそう、それが正解。悪い男について行っちゃダメよ」
「おい母さん!」
「それに、私の店で素人のアンタに、お客様の髪を触らせるわけないでしょ。佐倉さんが来てくれたら、ちゃんと私が担当するから安心してね」
これには蓮も二つ返事で答える。
「はい、お願いします」
「なんでだよ!」
智也がすかさずツッコミを入れ、廊下に笑い声が響いた。
智也が荷物を持ち直し、軽く手を振る。
「じゃあ、また会おうな、サクラちゃん」
「はい、多分お邪魔します」
「多分じゃなくて、絶対」
廊下の角を曲がる二人の姿が見えなくなるまで、笑顔で手を振る。
なんだか不思議な気持ちだった。
少し前の自分なら、ただ戸惑って終わっていたかもしれない。
でも今は、また新たな佐倉蓮として、自然に笑い合えた喜びを噛み締めつつ、蓮はしばらくその方向を見つめていた。




