第二話.無罪殺人
[明日早く、行きたい所があるので、車回して下さい]
寿司までおごらされた挙句に、俺は何で言う事まで聞いてパシらされているんだ!
「父の言う通りですね。心の叫びが全部顔に出ています」
これは本当に捜査の一環なのだろうか。
それとも、俺はただ単にパシリとして扱われているだけなのだろうか。
心の中の葛藤に苦しみながら、彼女に指定された場所へとたどり着く。
「小学校?」
そこは、山の中にあるこじんまりとした、白い校舎の公立小学校だった。
授業中なのか、ノートに書き写す音と教師の声が廊下に響いている。
「あの、写真の制服と同じ……」
「ここ、昔から制服変わってないから」
「え? ここ出身なの?」
その質問に、一花は「まさか」と言わんばかりの表情を浮かべ、制服雑誌を見せる。
「これに載っていただけ。美咲君、仮にも上に上がりたいなら、もっと勉強しなきゃ」
「君だって! そもそも今日は平日だって言うのに、学校はどうしたんだよ!」
一花は美咲の言葉を完全に無視し、裏口へ向かう。
そして、笑顔で迎えてくれた女性――校長の津野田百合子に付いていった。
※※※
「一ノ瀬 与一さん?」
応接室に案内され、ソファに座ると同時に、美咲は早朝に分かった被害者の名前と写真を校長に見せた。
「っ……あぁ。郁美ちゃんの親御さんですね」
すぐに思い出したのか、声に影が落ちる。
「郁美さんとは、この娘さんですか?」
美咲はもう一枚の写真を見せる。
「……そう、この子ですよ」
校長の表情がさらに沈む。
「自殺されたのですね」
いつの間にか棚のアルバムを見ていた一花が、抑揚のない声で言った。
その冷淡な声音に、校長はわずかに肩を震わせ、やがて語り出す。
「当時は今のように、いじめをいじめと認識していませんでした。子供のすることだからと、見て見ぬふりをする風潮があって……」
校長はアルバムを見つめながら続ける。
「郁美ちゃんの心からは、本来小学校で得られるはずの“楽しい”という感情が、徐々に消えていったのだと思います」
――アルバムの中。
「じっとしてろよ。絶対動くな」
「……わかった」
少年はそう言うと、回し蹴りで郁美の顔を蹴り飛ばした。
転びながらも謝る郁美。
しかし少年は笑いながら言う。
「何動いてんだよ! はい罰! 罰! 罰!」
その声に合わせ、クラス全員が笑いながらコールをする。
「次俺な! 正義の味方やる!」
別の少年がエアガンを取り出す。
「唾吐き大会やろうぜ!」
日常のように繰り返される暴力。
足裏には画鋲が仕込まれ、毎朝のように踏まされる。
そして、外せばまた仕込まれる。
それが“遊び”として成立していた。
「それ、今だったら犯罪じゃないですか! 教師は見ていたんでしょう!?」
美咲は声を荒げる。
だが一花が静かに制した。
「美咲君、それ以上はやめた方がいい」
「なんでだよ! この人も同罪だろ!」
「今の基準と、当時の基準は違う」
一花は淡々と言う。
「いじめる側と、いじめられる側。どちらが悪いと思う?」
「そんなの決まってるだろ! いじめる側だ!」
「それは正論だ」
一花は軽く目を細める。
「でも、その正論だけで世界が動くなら、いじめはとっくに消えている」
美咲は言葉に詰まる。
「このケースは、クラス全員どころか、学校全体が関わっていた可能性が高い」
「っ……!」
「それをどうやって裁く? 全員を相手にすることができると思う?」
美咲は何も言えなかった。
「それでも……六年後に、また同じような悪夢が起きてしまって」
校長が涙をこぼす。
「六年後?」
「いじめを受けていた少女が、あの山で……自分をいじめていた男の子をカッターナイフで……」
「ハロウィン刺殺事件」
一花が呟く。
「情状酌量が認められ、表に出なかった事件だ。通称“無罪殺人”」
美咲は検索をかけようとするが、その前に一花が続ける。
「被害者も加害者も未成年。さらに関係者も起訴されず、記録上は“存在しない事件”に近い」
「差し支えなければ、名前を教えていただけませんか」
「それは無理だ!」
美咲が止める。
しかし校長は立ち上がり、棚からアルバムを取り出す。
「これは裁判所の許可はいりません。ただの思い出ですから」
ページを開く。
そこには笑顔のない少女と少年が写っていた。
「彼女が佐藤春菜さん。本が好きで、特に探偵ものが好きな子でした」
「そしてこちらが西川一馬くん。将来は芸能人になるのが夢でした」
校長の声は震えていた。
※※※
帰りの車内は静かだった。
夕暮れの山が赤く染まっている。
美咲がようやく口を開く。
「無罪殺人って、なんだよ」
「いじめる側といじめられる側。どちらが悪いと思う?」
「またそれかよ!」
一花は窓の外を見る。
「その事件は、その問いそのものだった」
美咲は拳を握る。
「じゃあ、被害者の親は? 校長は? 誰が悪いんだよ」
一花は少しだけ間を置く。
「全員だよ」
車内に沈黙が落ちる。
「でもな」
美咲は怒りを抑えきれない。
「それでも、命が失われていい理由にはならないだろ」
「そうだね」
一花はあっさり認めた。
だが続ける。
「でも、人は正しさだけでは動かない」
(この少女は、何を見ているんだ)
美咲はそう思いながら、ハンドルを握りしめた。
作者ただいま、就活中の為更新お休み中です。




