24話 勇者と仲間割れと、割れていないことにした日
仲間割れは、物語では重要視されがちである。
言い合いは、転機に見える。
しかし実際には、
言い合いは一瞬で終わることもある。
終わった言い合いは、
なかったことにされる。
なかったことにされると、
関係は無事だった扱いになる。
今日の出来事は、そう整理された。
理由は特にないが、そういう流れらしい。
罠エリアを抜けた通路は、少し広かった。
広いが、安心はない。
壁の石が湿っていて、空気が重い。
足音が小さく響く。
三人分の足音なのに、音が少ない。
それだけ、全員が疲れていた。
勇者は先頭を歩く。
歩幅は大きいが、いつもより静かだ。
鎧の音も、少し鈍い。
お色気お姉さんは、後ろからついてくる。
ついてくるというより、近い。
距離の取り方が変わらない。
スライムは、少し遅れた位置を歩く。
遅れているというより、追いつきたくない。
罠の疲れが残っている。
でも、それよりも残っているものがある。
「……さっきの罠さ」
勇者が、何でもないみたいに言った。
「あれは、楽しかったな!」
スライムが止まった。
「は?」
勇者は振り返らずに続ける。
「なんていうか、こういうのが冒険って感じだろ!」
スライムの声が一段上がる。
「どこが!?」
勇者が振り返る。
「ほら、動いて、避けて、な!」
「避けてない!」
スライムが叫んだ。
「踏んで、当たりかけて、疲れただけ!!」
勇者は少し考える顔をして、すぐ笑った。
「でも俺たちは誰も倒れてないぞ!」
「そこだけで全部まとめるな!」
お色気お姉さんが、軽く口を挟む。
「うんうん。倒れてないの大事だよね〜」
「そこで同意しないで!」
スライムの声が響いた。
通路の奥まで響いた。
自分の声が返ってくるのが分かる。
その返り方が、少しだけ嫌だった。
スライムは一歩前に出た。
「ねえ、ちゃんと聞いて」
勇者が立ち止まる。
「もちろん、聞いてるぞ!」
「聞いてるだけじゃなくて!」
スライムは言葉を探す。
探す間に、勇者の顔が「分かったつもり」に寄っていく。
それが、やけに腹立たしい。
「さっきの、危なかったんだよ」
「そうだな。危なかったな!」
勇者がすぐ頷く。
「だからほら、楽しかっただろ!」
「そうじゃない!!」
スライムが叫ぶ。
「怖かったの! 普通に!」
勇者は目を丸くした。
「え?」
その「え?」が、スライムをさらに苛立たせた。
「え?じゃない!」
「だって、ほら回避したじゃないか」
「回避してない!!」
「んーー、だいたい回避しただろ!」
「だいたいって何!?」
お色気お姉さんが、また首をかしげる。
「だいたいでよくない?」
「よくない!」
スライムは、つい本音が出た。
「なんで二人ともそんな軽いの!?」
通路が一瞬静かになった。
空気が動かない。
勇者が、少しだけ困った顔をする。
「なんだろうな……」
お色気お姉さんは、すぐ笑った。
「ごめんごめん。気をつけるね〜」
スライムはその軽さに、さらに言い返したくなる。
「気をつけるって、何をどう……」
勇者が、助け舟を出すつもりで言った。
「じゃあ次は、先に気合を入れてから行くことにする!」
「踏む前提にするな!」
スライムの声が裏返った。
言い合いは、そこで頂点に達した。
達したのに、すぐ終わった。
お色気お姉さんが、通路の奥を指さす。
「ねえ、ほら。先が分かれ道だよ」
勇者が反射でそっちを見る。
「どっちにいけばいいんだ!?」
「……知らない」
「たぶん右!」
「たぶんで決めるな!」
スライムが叫んだ。
勇者はすぐ結論を出す。
「よし。それなら右だ!」
「決めるの早い!」
お色気お姉さんは、なぜか納得している。
「じゃ、右だね〜」
三人はそのまま歩き出した。
言い合いの続きをする空気が、消える。
スライムだけが、立ち止まりかけて、結局追いかけた。
分かれ道の前で、三人は一度止まった。
止まったが、止まった理由は分かれ道のせいだ。
さっきの言い合いのせいではない。
勇者は腕を組み、真面目な顔で言う。
「ここは作戦会議だな」
「今さら作戦…」
スライムがぼそっと言う。
勇者は聞いていない。
お色気お姉さんは壁を触っている。
触っているだけで、気が済んでいる。
沈黙が入る。
スライムは、そこでやっと気づいた。
(……終わってる)
言い合いが終わっている。
終わってしまった。
勝ち負けも、納得もないまま。
勇者が言った。
「よし、行くぞ!」
「……さっきの話、もう終わり?」
スライムが聞く。
勇者は少し考えて、首をかしげる。
「さっきの話?」
スライムの目が細くなる。
「……え?」
「何か話したか?」
「話したよ!!」
スライムが声を上げる。
「さっき! 今! ここで!」
勇者は、困った顔になる。
「えっと……罠の話だろ?」
「そう!」
「あれは楽しかったな!」
「戻るな!」
お色気お姉さんが、不思議そうに言った。
「え、喧嘩してた?」
スライムは、言葉を失った。
「してたよ!!」
声を出したが、通路に吸われるだけだ。
反応が薄い。
二人の反応が薄い。
勇者は、明るく言った。
「喧嘩はしてないだろ!」
「してたよ!」
「仲良く話してただけだけどな!」
「仲良く!? どこが!?」
お色気お姉さんは、笑って手を叩いた。
「仲良しじゃん」
スライムは、膝が抜けそうになった。
スライムは、追いつくために歩いた。
歩きながら、言葉を選んだ。
「ねえ、ちゃんと覚えて」
「何をだよ?」
勇者が軽く言う。
「危なかったんだよ」
「そうだな、危なかったな!」
「だから!」
「だから、次はもっと上手くやる!」
「雑!!」
スライムは叫びたいのをこらえた。
叫ぶと、また「終わる」。
終わって、なかったことになる。
その雑さが、この世界の仕様だ。
終わった言い合いは整理される。
整理されたものは、存在しなかった扱いになる。
感情が残るかどうかは考慮されない。
残った感情は、個人の問題になる。
関係は無事だった。
そう判断された。
問題があるとすれば、
それを忘れられない者の側である。
分かれ道を進むと、通路はまた狭くなった。
歩幅が揃う。
速度が揃う。
揃うほど、スライムだけが置いていかれている気がする。
勇者は楽しそうに言う。
「ほらほら、チームワークって大切だろ!」
「今、チームワークの話するの!?」
スライムが言う。
勇者は振り向く。
「何か問題か?」
その顔が本気で分からなそうで、スライムは一瞬黙った。
黙った瞬間、通路の空気が落ち着いた。
落ち着いたのが腹立たしい。
お色気お姉さんが言った。
「大丈夫だよ〜。仲良しだもん」
「その言葉が一番信用できない!」
スライムが言う。
「仲良しって言う人ほど、
だいたい何も見てない!」
勇者は頷く。
「見なくても分かるだろ!」
「分かってない!」
スライムは、もう一度だけ試した。
「ねえ、さっきのやつ」
勇者が即答する。
「ん。どっちの道の話?」
「違う!」
お色気お姉さんが言う。
「さっきの水場の話?」
「違う!」
「さっきの罠の話?」
「それは合ってるけど、違う!!」
スライムは自分の説明が崩れていくのを感じた。
言葉が崩れると、余計に伝わらない。
勇者は笑って言った。
「つまり、気にするなってことだな!」
「気にするのは僕だけってこと!?」
その後しばらく、三人は黙って歩いた。
勇者は鼻歌みたいな息をしている。
お色気お姉さんは足取りが軽い。
スライムは、足取りだけ重い。
同じ場所を歩いているのに、温度が違う。
空気が違う。
そして、その違いは誰にも説明されない。
仲間割れは発生しなかった扱いになった。
関係性に問題はないと判断された。
問題が残っているのは、一人だけだった。
だが、それは個人の都合として処理された。
世界は今日も、
「割れていないこと」にして先へ進む。
特に何も変わらなかった。




