その44
◇◇◇◇◇◇ その44
「お館様、こちらです。」
勝頼はもはや御方の声に答える元気もなくもくもくと山を上登った。かつては三万余もいたはずの武田軍のうち、今勝頼に従っているのはわずかに百、いや五十もいないかもしれない。
「なんという惨めな最後だ。俺は死に場所を求めているだけだ。」
せめて敵にだけは首を取らせたくない。今、頭にあるのはそれだけであった。
「お館様、とうとう敵に見つかりました。こちらへ向かって来ます。」
「我々が防いでいる内に早く。」
早く逃げろというのではもちろんない。腹を切れと言っているのだ。五才の時にこの時代に転移し、三十六になった勝頼であるが、おぼろげながらに覚えている本当の母の顔が脳裏を横切った。
「縁あってこの時代に来たが、我は役目を果たすことができたのであろうか。」
敵の姿がすぐ下に見えている。
「御首頂戴。」
敵の武将の一人が勝頼に切りかかる。
「こしゃくな。」
勝頼はその刀を降り払い、返す刀で切り倒した。
「ぎゃっ。」
勝頼にそんな力がまだ残っているとは思わなかった武将は坂を転げ落ちて行った。
最後まで付き添ってきた側近の一人が、勝頼を突き飛ばした。側近は勝頼の兜を取ると近くの長持ちの中に勝頼を押し込めた。その上にすっくと立ち、
「我こそは武田四郎勝頼なり、この首取って手柄にせい。」
と大音声でわめきちらした。声と同時にいたるところから敵が一斉に勝頼めがけて押し寄せ、両手に刀を持ち仁王立ちとなった体を串刺しにした。
その時、勝頼が入った長持ちからかすかに光が漏れ始めた。最初は薄明るく、そして光はまるで生き物のように長持ちを包みこむと目も眩むような閃光を残して消え去っていた。
父の信玄は静と一つになることによって自らが「飛ぶ」能力を身に付けていた。だが、勝頼は違った。自分には父のような能力はないと思い込んでいたが、父を越える力、時間跳躍を伴った移動できる力を持っていたのである。正確には時間跳躍システムを起動させるキーなのであった。




