その43
◇◇◇◇◇◇ その43
勝頼は武田軍の奇襲部隊の大将として三河より尾張に向かいつつあった。
頭の中で何かが炸裂したような嫌な感じに全身が身震いした時、本能的に父信玄に異変が起こった事を感じ取っていた。信玄より発せられる司令がなくなった武田軍はただの集団に成り下がっていた。
「勝頼様、お館様はいかがなされました。」
問われても勝頼は明確な答えを出す事ができない。そしてこの混乱を徳川軍が見逃すはずがなかったのである。
「武田信玄を野田城において討ち取ったり。」
最初はうわさとしてだが、武田の確たる反論が見られないとなると次第に派手に流されていった。そのうわさは武田の兵も同時に惑わすことになったのである。
信玄の行方は依然不明のままであるが、勝頼は父の遺志をついでこのまま京に進撃を続けるつもりであった。だが、評定では勝頼の意見はあっけなく無視され、武田全軍は撤退を開始するに至ったのである。
「父上、いづこに行かれたのじゃ。」
父と一緒であれば皆が誉め称えた勝頼の策も
「勝頼さまはまだ若い。それでは誰もついていかれぬ。」
と一蹴されてしまう。
「父信玄の死は向こう三年間諸国に秘し、勝頼の子が成人するのを待ち、跡目を継がせる。」
これが唯一皆に納得された勝頼の意見であった。
三ヶ月が経過しても信玄の行方は知れず、諸国でもその死は周知の事実となった。最初は信玄一流の謀略かもしれぬと慎重であった信長も一早く行動を開始している。
「とうとう天が我に味方をしおったわい。」
信長は笑いが止まらなかった。
天下がとうとう自分の手の中に転がり込んで来るのだ。勝頼は一刻も早く信玄の跡を継いで京へと向かうつもりであったが、老臣達がそれを許さない。
だが、周囲の諫言を無視する形で、武田を裏切った長篠へ向けて出兵し、織田の鉄砲の餌食になり、武田の主力部隊は滅びてしまうのである。
次の年、勝頼は諏訪大社のあの箱を遺体の代わりに信玄の棺に納めた。そしてこれを
「父の遺言である。」
と諏訪湖に沈めたのである。
父と母の秘密を知っているのは勝頼だけとなっているはずであったが、あの箱がある限り安心はできない。もしかすると勝頼も使えるのかもしれなかったが、今までに一度も変化が起きた事はなく、作戦に利用する事など考えもしなかった。
ここに武田はようやく信玄の死を公式に認めたのである。だが、天下は既に信長のものとして着々と固まりつつある。




