その42
◇◇◇◇◇◇ その42
「お館様、おめでとうござりまする。」
「うむ、だがまだ油断はならぬ。次はいよいよ織田と遭遇するであろう。その時が本当の戦じゃ。」
信玄は勝頼をいましめたが織田を倒し、京へ上る日が一歩一歩近づく事を実感せずにはいられなかった。
三河に進入を果たした信玄はまず野田城を囲み、信長の出方を待った。八方に敵を抱える信長はやすやすと援軍を出せない事を承知の上での城攻めであった。
「いくら待っても信長の援軍はこないぞ。ぬしらは見捨てられたのじゃ。」
悠々と甲斐から金掘り人足を呼び集め城の地下の水脈を断ち切り、井戸を次々と枯らしてゆく信玄の作戦に城兵は動揺し、次々と逃走を始めた。
「織田と言えどもたわいのないものよ。」
信玄は本陣に安置された長持ちの中に静と入り、いつものように抱擁をかわした。
夕方から厚くなり始めた黒い雲がまたたくまに三方が原をすっぽりと覆い、ぽつりぽつりと降り始めた雨はあっという間に豪雨へと変わった。時折、雷の激しい音と鋭い光があたりを昼間のように照らし出している。信玄は信長に焼かれた比叡山へ飛び、京へ一足先に向かうつもりであった。
長持ちの周囲では勘助がいつものように警戒を強めている。雨足は一層強くなる。
「徳川はこれで終わりだ。いよいよお館様は京に上られる。」
勘助はまだ晴信と名乗っていた頃の信玄との出会いを思い出していた。
「良い方に出会えたものじゃ。」
長持ちの中では信玄と静の「天下統一」の抱擁が交わされているはずであった。
そのとき、
「ど、ど、ど、どーん」
空気を震わせるほどの激音とともに一里四方を照らし出すほどの落雷が起こった。
勘助は咄嗟に長持ちをかばい、信玄を助けようと刀を天に向けた。天からの光の帯は勘助の刀に導かれ長持ちを避けるかに見えたが、その破壊力はすさまじく長持ちを支える四つの柱のうちの一本をなぎ倒した。
バランスを崩した長持ちはかたかたと異常な振動を始めた時と信玄が飛ぶ瞬間が同時であった。
「ぴかっ。」
一瞬、稲光のような閃光があたりを包み、次の瞬間信玄と静は長持ちもろとも消えていた。長持ちの消えた後には天に刀を振りかざし、黒こげになった山本勘助が激しい雨の中に立ち尽くすのみであった。




