その40
◇◇◇◇◇◇ その40
勝頼は軍団の中程に位置し、現在は飯田付近を南下している。
「秋山どのは元気か。」
勝頼は飯田の城下で気軽に声をかけ、城へ入場した。
「武田殿、お初にお目にかかり光栄至極に存じ上げます。」
今はすっかり武田の陣営になじんだ当主秋山は勝頼に型通りの挨拶をした後、はっと息を飲んだ。信玄の側室が産んだ女子を正妻として娶った秋山であったが、跡継ぎの頼幸とそっくりなのである。頼幸は勝頼の甥にあたるので少しも不思議なことではない。むしろ名誉なことであった。
だが、それ以上に不思議に感じたのは勝頼である。勝頼は信玄とまったく血のつながりがない。そのことを知る人間は武田の中でも極わずかであるが、ここまで似ているとは驚きであった。
そんなことは少しもおくびに出さず勝頼は飯田城を後にした。次に信玄と合流するのは三河の三方が原である。徳川家康を正面から攻撃すれば城攻めになってしまうが、無視して浜松を通過すれば必ず出撃して来る。戦国武将とはそのようなものであった。
領地を侵略されて黙っている領主に領民は誰も服従しない。家康は必ず出て来る。信玄には自信があり、徳川軍をねこそぎ滅ぼすのにもっとも好都合な場所がこの三方が原である。
武田軍団の先頭集団が城下を無視して進軍すると信玄は家康のふがいなさをさかんに宣伝し始めた。
「この武田軍には信玄はいないらしい。徳川をあしらうにはいなくても充分じゃ。」
「徳川は領民を守ってはくれぬぞ。今の内に武田にくだってはどうじゃ。」
巧妙な凋落の手が三河に延び、一般の民百姓は徳川から離れ始めていた。だが、家臣集団は違った。家康の家臣は木訥としたいかにも田舎の侍であったが、今まで攻めた国々と違ってなかなか乗ってこない。
「もう、がまんがならぬ。」
家康はついに出撃を決意した。このままでは闘わずして破れたも同然である。家康は自慢の三河武士を引き連れ、とうとう三方が原へ向かったのである。
「ここはわしの庭も同然。信玄にはひけをとらぬ。第一信玄自身はまだ諏訪におるというではないか。」
信玄は甲斐の精鋭三万、家康は信長の援軍を含めても一万弱である。




