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その30

◇◇◇◇◇◇ その30


「引け、引け。」

 謙信は采配を振った。


「晴信は甲斐にいるのではないのか。」

「報告では確かな情報であります。」


「だが、あの見事なあしらい方はどうみても晴信のものじゃ。」

 二度目の川中島出兵で謙信は決着をつけるつもりでった。わざわざ晴信が甲斐に戻る情報を確信してから攻めたのである。


「あれは影のはず。だが、あの見事なまでの采配は晴信でなくてはできまい。」

 謙信にはそれがわからなかった。体調を崩した晴信は甲斐に戻り、それを隠すために影武者を使っていることは間違いないはずであったが、現実は違っていた。


「謙信め、あせったであろうな。」

晴信は愉快そうに笑った。晴信は自分が病に冒されている事をわざと広め、つつじケ崎の館へ戻ったのである。そして館の「飛翔の間」より善光寺へ「飛んだ」のである。


「あそこの門は丁度良い具合に柱が立っている。」

善光寺は中立を表明してはいるが、武田の金をちらつかせると喜んで内応を約束した。館より善光寺に飛んだ晴信は善光寺平を西へ迂回して海津へと入ったのである。


「謙信の忍びはなかなか優秀だと聞いておる。それで隠せば隠すほど私が病だと信じるのだ。だからこそ川中島に居るのが影だと思い込んだのであるし、奴に裏をかいたと思わせる事が出来たのだ。」

晴信は淡々と話した。


「今川義元殿、桶狭間にて織田信長殿に討たれました。」

「勘助。」

「ははっ。」

「大儀であった。」


 もたらされた知らせに晴信は軽くうなずき、山本勘助を慰労した。今、今川に京を目指されたのでは晴信にはとうてい間に合わなくなってしまう。晴信は勘助に信長を助けるように命じていたのだ。


「信長はわずか三千で三万とも言われる今川を破れる男だ。今後信長は足元を固めるとすぐに京へ入るであろう。信長の動きで諸国の色がはっきりするというものだ。」


 晴信は信長を泳がせて自分の敵味方をはっきりさせるうつもりであった。信長の激しい性格では急激な京への侵攻を目指す事ははっきりしている。だが、そのために周囲の猛烈な反抗を招く事は火を見るよりよりも明らかである。義元は倒したもののまだ美濃の斎藤もいる。浅井・朝倉だって黙ってはいまい。



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