その29
◇◇◇◇◇◇ その29
「そろそろ謙信と手を合わせてみるか。」
館の居室で勘助と静に向かって晴信はつぶやいた。
「村上はうまいこと追い出す事が出来た。棒道もできた。今川、北条もしばらくは大丈夫であろう。」
時機到来と見た晴信は信濃の川中島へと兵を進めた。
「晴信というのはどういう男なのだ。」
上杉謙信は不思議でならない。
「四十里近い距離を何事も無かったようにあれだけの軍団を進めて来る。」
千曲川をはさんで武田と上杉はにらみあっていた。
「こちらは二十里もない距離だが、冬が来る前にはとうてい決着はつくまい。」
謙信は正義感が強い男であった。村上義清や小笠原長時に頼られ、信濃出兵を決意したのであるが、小手調べの段階で武田軍の素早い動きに目を見張っていた。
「今回はこれまでか。」
「謙信はなかなか用心深い奴のようだ。いずれは決着をつけなくてはなるまいな。」
二人はじりじりと間合いを計ったが、お互いに隙を見つける事はできなかった。そして秋にはそれぞれ兵を率いて本国へと帰ったのである。
「まずまずの成功じゃ。」
館にもどると晴信は二人に告げた。
「謙信は利害では動かぬ男と見た。それだけにやっかいではあるが、奴は千曲川の向こうに封じ込めておければそれで良い。」
「謙信はお館様の事を秀才と思っておるようです。そして自分のことは天才であると。」
勘助が今まで調査した事を告げた。
「静、こなたは飯田の秋山殿と縁が深いそうだな。」
「はい、私の祖父が秋山の出でございます。」
「秋山殿と常に連絡をとっておいてもらいたい。」
「お館様、それではいよいよ京を目指すのですか。」
「そうだ、謙信を釘付にし、次は駿河だ。そして…」
静と勘助には晴信の考えがおぼろげながらわかってきた。




