その20
◇◇◇◇◇◇ その20
「静。」
「なんでございましょうか。」
「そなた、あの箱を覗いた事があるな。」
静がまだ六才の童の頃であった。むろん奥の院には絶対に近寄ってはならぬということを父からきつく言われていた。だが、言われれば入りたくなるというのが子供というものである。
ある日、静は父が留守をした折りに掃除を任された。奥の院の周辺は当主の血縁しか近づく事を許されていない。女人は禁制であったが、静は童であったので周辺ならば良かろうということになったのである。
最初の日、静は言いつけを守り、奥の院の周りをきれいに掃き清め、中の掃除に精を出した。だが、次の日、たまたま一人になった静は好奇心に勝てずにとうとう奥の院のさらに奥へと足を踏みいれてしまったのである。奥にはあの箱が安置してあった。
「この箱には何が入っているのかしら。」
静はおそらく父すらも開けたことがないであろう黒塗りの箱にかかっているひもをするりと取るとためらうことなく蓋を開けたのである。でも何も起こらなかった。箱の中にはきれいな銀色のおわんがが入っていた。
「まあ、きれい。」
触れようとした瞬間、箱は生き物のように青白い光をはきだし、静に向かって光の矢を打ち込んだのである。 どうやって屋敷に戻ったのかわからないが静は部屋で寝ていた。父が戻ってきてもなにも言われなかったところをみると箱は自分でふたをしてひもを元に戻したようである。
「静もいたずらが大好きなのだな。」
「おやめくださいまし。晴信様と違って幼き頃の悪さでございます。」
「だが、こうして静と出会えたおかげで私はすばらしい力を手に入れる事が出来た。早く天下を取って、民百姓を安心させなくてはならない。私は神仏からその役目を仰せ付かったのだと思う。」
「前の時は祠だったが、此度は自分の居室へ戻る事が出来た。強く念じれば多少場所は変える事が出来るようだ。だが、まかり間違えば敵の真っ只中に静と抱き合ったまま素っ裸で放り出されるかもしれんということだ。」
晴信は自分の考えを整理するようにゆっくりと静に向かって話した。晴信は「飛ぶ」研究にばかり専念しているわけにはいかない。
諏訪は我が手に納めたが、上田原の村上義清には先日手痛い目にあったばかりである。信州深志の小笠原長時は晴信に下っていない。さらにそのむこうには上州上杉謙信が善光寺平を虎視耽々と狙っているのだ。織田も侮れない。




