1.冒険者という、ろくでもない仕事がある。
残酷な天使のように 少年よ少女になれ
冒険者という職業がある。
各地にあるダンジョン──モンスターの湧く、正体不明の遺跡を探索し、モンスターを狩り財宝を手にし、あるいは街の安全を守る仕事である。
そして保険料はバカみたいに高く、ギルドにピンハネされた報酬はバカみたいに少なく、そしてバカみたいに危険な仕事でもある。
それでもその仕事が皆の憧れなのは、未知に挑み、人類の道を切り開かんとする、Sランク冒険者たちの伝説からであろう。
未踏のダンジョンを踏破し、文明に恩恵をもたらす神代の遺物をいくつも持ち帰る伝説のパーティ──生ける4人組の伝説『アマノムラクモ』。
その輝きが、俺たち冒険者を惹きつけていなければ。
俺が前世、トラックに轢かれなければ。
転生した世界がここでなければ。
転生した俺が普通に生活を送り、チートやスキルもなく、憧れのままに冒険者にならなければ。
冒険者になったはいいが背が低く、筋力もそれほどなく、それに輪をかけてスキル適正が全くなく、荷物持ちにしかなれないまま、冒険者にならなければ。
あとは……あれだ。Bランクパーティ、『ノブシコブシ』が出していた荷物持ちの募集に飛びついて、応募者が1人しかおらずそのまま採用にならなければ。
今俺、クレオム・スパークラーは、この死地に放り出されていなかったのだろうか。
目の前には巨大な牛頭の巨人、ミノタウロス。
身の丈はおおよそ4エクトール(前世の記憶からなんとなく、1エクトールが1.5メートルくらいだと思う。)はある。
手にした巨大な斧は血と錆で赤黒く染まり、泡を浮かせた口からは生臭い息を吐き散らかしている。
人食いの魔物として討伐依頼が出ていたこいつに『ノブシコブシ』の4人は手も足も出ず、転移石(町にテレポートするやつ。クソ高い)で逃げようとしたが、転移石が3つしか無かったため、荷物持ちの俺は荷物を剥がれ、
「恨むなら、そこにいるでかいのを恨むんだな!」と取り残された。
どうりで実力があり箔もつく、普段なら大人気のの「Bランクパーティ」の荷物持ちの募集に対して応募が俺1件だったわけだ。こういうことをするから、すでにある程度悪い評判が立っていたのだろう。
と、冷静に分析したところで状況は変わらない。
さらに悪いこともある。
「あ……あの……」
そう、転移石は3つしか用意されていなかった。
4人パーティのはずなのに。
『ノブシコブシ』の魔法使い担当、フィグ・マリゴルー。
黒く長い髪と透き通るような肌の、儚げな美貌を持つ少女。年は俺と同じく、十代の後半といったところだろう。
見た目に反しとてつもなく怠け者で、ダンジョン踏破の時だけでなく普段の買い物や洗濯、武器の手入れ、果ては朝起きるのがだるいとのことで俺に毎朝起こしに来て、とまで言っていた。
そんな彼女も、転移石をもらえず取り残されてしまった。
新入りだからだろうか。
フィグには買い物を頼まれた時にお釣りでお菓子を買ってきていいよと言ってくれたり、洗濯物や寝間着姿の体のラインでドギマギしりした恩義があるため、せめて彼女だけでも生き残らせてあげたいものだが。
「怒ってません。そんな状況でもないですし、なんとか生き残る方法を考えましょう」
「は、はい……」
フィグは頼りなげに頷く。
「さて、どうしたもんか……」
どうしたもんか、と言ってもどうする方法もない。できることは斧にすり潰されて死ぬか、牛の頭に噛み潰されて死ぬか。
そこにはお造りになるか、活け造りになるかくらいの違いしかない。まさにまな板の鯉というやつだ。
武器はある。あるがあったとてだ。
短剣が1本。
体躯4エクトールはあろうミノタウロスからすれば、俺をぺろりと平らげたあとに使う爪楊枝としてちょうどいいくらいであろう。あるいは足りないかも。
軽盾が1枚。
ミノタウロスが俺を食べる時に歯に挟まって嫌な思いをさせるかもしれない。
あるいは短剣を爪楊枝代わりにほじくり出して終わりかもしれない。
財宝や宝飾品もけっこうある。ただし戦闘には役立たないし、ミノタウロスの向こう側だ。
フィグと協力したところでどうにもならない。
魔力切れの魔法使いは、戦闘においてはそのへんのバッタより役に立たない、とはかの大魔法使いマリリンの言葉で、つまり魔力切れの魔法使いはそのへんのバッタより役に立たないということだ。
つまり、手詰まり。
俺の人生はここで終わる。たとえミノタウロスから逃げおおせたとしても、荷物持ちでしかない俺にはこのダンジョンは高難易度すぎる。最低限の感知スキルを持っているため罠にはそうそう掛からないが、それはそれとてモンスターと出くわせば、その瞬間終わる。
雑魚に袋叩きよりかは、強者に一発貰って死ぬほうが多少マシな気がする。そのほうがまだかっこいい、はずだ。
ミノタウロスが血走った目で俺を見る。
何だよ。牛って草食だろ。草を食えよ。
人を食うにしても、せめて俺以外を食えよ。
フィグもダメだ。可愛いから。
「ブモオオオオ!!」
雄叫びが空気をビリビリと震わせる。
「ぴいいいいぃ!!」
フィグが悲鳴を上げ、ぱたりと倒れる。
ミノタウロスの咆哮が持つ気絶付与だ。
迂闊だった。バッタより弱い今のフィグには効果バツグン。これで俺たちが逃げのびるためのハードルが一段上がった。
ミノタウロスが悠然と歩き、俺たちの前で斧を振り上げる。
終わった。そう思いながらも、俺は短剣を構えていた。勝てると思ったわけではない。ただ、後ろで倒れるフィグの命を、少しでも永らえさせたくって──
「そう、きみは守りたいんだね」
頭のなかに声が響く。少年のような、あるいは少女のような、幼さを感じさせる、けれどどこか無機質な声が。
「誰だ?」
問いかける。問いかける間などないはずだが、ふと上を見ると、ミノタウロスの振り下ろした斧がゆっくりと迫っている。
「君に授けよう、誰かを守るための力、を──!さあ、叫ぶんだ!変身のおまじないを!」
脳裏に呪文が浮かぶ。ええい、もうどうとでもなれ。
「ピューパ・ピピラ・ペポーター!」
剣を天に掲げ、叫ぶ。
ピンクの光が俺を包み──
俺は手にした武器で、ミノタウロスの斧を真っ向から受け止めた。
足元の地面がぐじゃりと崩壊するが、踏みしめた俺の足は揺らがない。
「ブォ?」
ミノタウロスが困惑する。そりゃそうだよな。俺だって困惑している。
「なんだかわからないが、これなら!」
短剣だった俺の武器は、いつの間にか七色の宝石が輝く、黄金色の長杖に変貌していた。
「はぁっ!」
跳躍し、長杖を振り回し、振り抜く。
「ブモオオオオ!」
馬鹿でかい頭部に命中した攻撃に、ミノタウロスの足元がふらつく。
「まだだ!」
その流れのまま、杖で殴打、殴打、殴打、殴打、殴打。
振りかかる返り血は、不思議なバリアのようなものにはじかれていく。
「これで、とどめだっ!」
脳裏に浮かぶ呪文を俺は叫ぶ。
「ペポラ・パルマ・プレジオン!」
呪文に呼応するように、掌の形をした、光り輝くエネルギーの塊が、渦を巻く。
エネルギーの塊は、掌の形に形成され、そのままミノタウロスに向かって落下していく。
その時俺は見てしまった。
ミノタウロスの瞳に映る俺を。
短めに切りそろえていたはずの髪型はピンクの巨大なツーサイドアップに。
簡素な麻のシャツとズボンだったものは、ふりっふりのピンクのドレスに。
そのふんわりとした丈の短いスカートの裾には、これでもかという程のフリル。
ご丁寧に腹に当たる布が菱形に切取られ、形の良さが自慢の、綺麗なおへそが見えてしまっている。
足は太腿まで真っ白なタイツで覆われ、ハイヒールになった白のブーツには、ピンクの小さな翼があしらわれており、耳には海を思わせる色の、雫型の宝石のピアスが輝く。
唇のルージュの色は、少し大人っぽい、濃いめのピンク。
長い睫毛が彩る目元には薄くシャドーがかかっている。
その姿に、前世の記憶が少し蘇る。
日曜の朝から欠かさずリアタイで視聴し、応援していたあの番組。
年端もいかぬ少女が、魔法のコンパクトやらの力で変身し、魔法の力で敵に立ち向かう、あのアニメ。それに登場する戦う少女たちの姿。俺の格好はそれらにあまりにも似ていた。
つまり俺の格好は、魔法少女──今世の言葉になんとか当てはめるならば、振り切ったファッション狂いのお姫様?のようになってしまっているということだ。
幸か不幸か、顔立ちが中性的で身長が低いため、違和感はない、むしろ、かわいい……?いや、間違いなくかわいいのだが、だからといってそれを受け入れられるほど冷静な脳味噌を、俺は持っていない。
「なんじゃこりゃあああああ!」
光の掌はミノタウロスを頭から叩き潰し俺の悲鳴をかき消すように、グシャアアン!と轟音が響いた。
勝利の味は、時に敗北より苦い。




