28【エドワルド視点】
【エドワルド視点】
久しぶりに学園に来た。当たり前だが、全然変わっていないな。
今日は今年卒業する生徒に向けた、進路の説明会の為に来ている。いつもなら、父親か父親の側近のどちらかが来るのだが今日は両親にお前が行ってこいと無理やり送り出された。
毎年、数人はエイガ公爵領の騎士団で働きたいという者がいる。自分の剣の腕をもっと磨きたいといったものもいれば、家を継がない者たちが生計をたてるために、魔物討伐という稼ぎのいい仕事を求めてくる者もいる。まぁ、一番多いのは外見に難のあるものがエイガ公爵領でなら、周りの目が気にならないからと来る者がほとんどだが。
両親に送り出される際に『時間があればミリアリア様とお話してきたらいいんじゃない。学校が始まってしまっては、なかなか会えないでしょう。チャンスがあるときに会わないとね』と、少し前までこの婚約を解消しようとしていた二人には見えない反応を示す。
婚約の契約書にサインをした翌日の朝までは『あくまでこれは仮の婚約でしょうから、ちゃんと弁えておかないとね。期待してはダメよ』なんて言っていたのに、その日の夜になる頃には『ミリアリア様が我が家に嫁いできてくれるなんてねぇ。なんて幸せなのかしら。今から、いつ来られてもいいようにお部屋を整えておかないとね。どんな家具が好みかしら。ああ、庭園の花もミリアリア様がお好きな花を植えて差し上げましょう。準備が楽しみだわ』なんて、凄い変わりようだった。
内心、その準備は無駄になるだろうから止めさせたほうがいいと父親を見れば『そうだな! こうしちゃいられない。明日にでも商人を呼ぼう』なんて言い始めた。
おいおい、期待してはダメって言ってた口が何を言ってる。あんたたちこそ期待しすぎだろ。どうせ、ミリアリア様と結婚なんて無理に決まってるんだから。
今まで使用人たちもこの婚約を真に受けてはいないようだったが、両親の変わりようを見てこれは本当に本当かもと、まるでお祭り騒ぎのように次の日からバタバタとミリアリア様のための準備をし始めた。
まかり間違って、本当に結婚するとしても、あと三年は先の話だぞ。早すぎるだろう。
家令には『坊っちゃん、いいですか。婚約者となったなら、今後ミリアリア様が邸に来ることも増えましょう。嫁いで来る女性は、婚家の方々にどのような態度を取られるか不安を感じられる方がほとんどです。ですから、お迎えする私達は最大限の歓迎のおもてなしをいたします。将来自分の部屋になる場所に自分好みの家具があり、庭には好きな花が植えられている。自分は歓迎されているのだと安心されること間違いなしです』なんて言われた。
いや、むしろ怖いだろう。そんなに前から用意されていたら【絶対に逃さない】という強い意志を感じて恐怖しかないだろ。
それに、リンダ嬢の時とやってること違うよな。リンダ嬢の時には『私達が好みではないものをご用意するより、リンダ様が嫁いでこられたときに好みのものを用意いたします』と言って、まったく準備していなかったよな。まぁ、家令や使用人たちはあの女の本性に気づいていたのだろう。みんな雑に扱ったりはしなかったが、とても余所余所しい態度だった。
そんなことを振り返りながら、学園内を歩いているとなにやら騒がしくなってきた。
何かあったのかもしれないと、近くにいる者に話を聞こうと声をかける。
「どうされたのですか?」
たまたま声をかけたのがアリサ・ケネック侯爵令嬢だった。ミリアリア様と仲が良く、アルの婚約者である彼女は俺がまともに話せる数少ない女性だ。良かった、他の者だと話にならなかったかもしれない。
一瞬、目を見張ったアリサ嬢だったがすぐに何があったのか教えてくれた。
「ミリアリア様が攫われた?」
なんだそれは。どうして、そんなことになっている。
「はい、犯人はブルー公爵子息です。恐らく転移魔法を使ったのだと思います。あの方はそんなに魔力量もないので遠くに転移はできないはずですから、近くをみんなで探していました」
「俺も捜索に加わろう」
「ありがとうございます」
ケント・ブルー公爵子息か。今まで、何度も比較されてきたな。公爵家に嫁入りできるなら、絶対にケント様のほうがいいと言っていた令嬢は何人もいた。まぁ、そうだろうな。あっちはずいぶんと見目の良い男だった。
でも、そんなことはどうでもいい。ミリアリア様を攫うなんて、何を考えているんだ。
ミリアリア様はご無事だろうか。
王族が学園内で誘拐されたと知って、全ての授業は中断され、教師や生徒、警備の者も全て捜索に関わったが消息は掴めていない。
くそっ、こうしている間にもミリアリア様は恐怖で怯えているかもしれないのに何もできないなんて。
何か手がかりがあるかもと、Aクラスを調べていた者からこんな物を見つけた! と、持ってきたものは紙切れ一枚。
それは何? と、 アリサ嬢が聞けば、ミリアリア様の机から見つけた遺書だという。
遺書? ミリアリア様が?
その遺書とやらを見れば、ミリアリア様は俺との婚約は本当は嫌で前々から想い合っていたブルー公爵子息と一緒になれないのならば命を落としたほうがマシだ。そんな親不孝な私を許してほしい。といったことが書かれていた。
そう、だったのか……ブルー公爵子息と想い合っていたのなら、なぜあの時俺と婚約をなんて話が……そうか、ミリアリア様はお優しいから、恩人が困っていたら助けたくなってしまったのか。
それを読んだ周りの者達から、え、まさかの心中? やっぱりエドワルド様とのご婚約は嫌だったのね。可哀想に……なんて声がちらほら聞こえた。
やはり、そうなのか。俺を助けたいとは思ったが、改めて考えるとブルー公爵子息と結婚できないのがそれほどつらかったのか。当たり前だ、俺なんかよりブルー公爵子息のほうが顔がいい。
それなら、さっさと婚約はなかったことにしてくれて良かったんだ。いや、今更そんなことは言えなかったのだろう。
私のせいだ……とつぶやいた瞬間アリサ嬢に頬を叩かれた。
ご令嬢のビンタなど、俺にとっては赤子にペチペチと叩かれる感覚に等しいが、アリサ嬢の手は真っ赤に染まり痛そうだった。
「まさかと思いますが、エドワルド様はこの紙切れを真に受けているのですか?」
「真に受けるも何も、その遺書がここにある時点で真実なんだろう」
誰だってそうだ。俺のような容姿のやつより、整った顔の男と結婚したいだろう。アリサ嬢はよっぽど変わった感性の持ち主だから、アルとの結婚を何より喜んでいたのは知っている。
「はぁー、なんて可哀想なミリアリア様。こんなにエドワルド様一筋なのに信じていただけないなんて……。ミリアリア様はエドワルド様との結婚をずっと夢見ておられました。リンダ様との婚約が決まったときなんて、三日三晩泣き暮れて、ご飯も喉を通らなかったほどですよ。いいですか、まず、こちらの遺書とされたものの筆跡はミリアリア様の字ではありません。それに、ミリアリア様がどんなにエドワルド様のことを好きか、私とカリナ様は七歳の時からずっとお聞きしております。ねぇ、カリナ様」
「え、は、はい! それはもう、熱心にエドワルド様がいかに素敵か、たくさんお話を伺っておりました」
そんなまさか。にわかには信じられない。リンダ嬢との婚約が決まったときに泣いていた? ご飯も食べられなかった?
ましてや、七歳の頃から俺のことを好きだったと話していただと?
そんな夢みたいなことがあるのか?
「それにミリアリア様はケント様のことを嫌がっていました。ねぇ、みなさん」
クラスメイトの者たちが頷き『そうです! ミリアリア様はケント様を迷惑がっていました』や『あの方、女好きで隠し子が沢山いるんですよ』といった他にも、いかにブルー公爵子息がやばいやつかという証言がたくさん出てきた。
改めて、遺書と思われる字を見る。確かにこの字はミリアリア様の字ではない。ミリアリア様の字は、もう少し丸みがあるはずだ。こんな簡単なことに気づかなかったとは。
この遺書は偽物だ。
「ミリアリア様は一体どこに攫われたのでしょう。学園中を探しても、見つけられませんでしたよ」
カリナ嬢が心配で仕方ないと言った表情でオロオロしている。
それにしても、ブルー公爵子息がそんなにやばい男だったとは。女好きで、しかも隠し子だと? そんな男とミリアリア様を一緒にしておくなんて、危険すぎる。
「もしかして……」
アリサ嬢が何か気づいたようだ。
「なんだ、どこか見当がついたのか」
「でも、現実的ではなくて」
「とにかく言ってみてくれ。見つける糸口になるかもしれない」
どんなことでもいい。早く助けに行かなければ。
「エイガ公爵領のどこかではないかと……ですが、エイガ公爵領まで飛ぶための魔力をケント様は持っていないはずです」
うちの領地か……なるほど、俺とミリアリア様の婚約を快く思っていない者も多い。エイガ公爵家に恥をかかせたいといったところか。
だが、魔力の量が多くない者が長距離の転移魔法を使うなど……いや、確かあれなら。
「……いや、可能だ。近年、魔法を使う際に足りない魔力を補助する魔法具が開発されたと聞いたことがある」
「では、ケント様はそれをお使いになったかもしれないということですね」
恐らく、それに間違いない。
「あぁ。でも公爵領のどこに……まさか!」
「心当たりがおありで?」
「目立たないところで、人が亡くなっていてもおかしくない場所ときたら、魔物の森しかない」
くそっ。そういうことか。魔物の討伐で有名なエイガ公爵領で、どんな理由であれ王族が魔物の森でなくなるなんて不名誉なことだ。それに王族が亡くなった場所であるなら、追悼のためにおいそれと森で魔物の討伐なんて出来なくなる。
名誉を落として、収入源も絶とうというつもりか。
「他に心当たりがない以上、私は魔物の森へ飛ぶが引き続き皆さんはミリアリア様の捜索をお願いいたします」
「お一人で行かれるのですか? 魔物の討伐は公爵領の騎士様たちでさえ、数人で行うと聞いています。仮にミリアリア様が本当に魔物の森へ連れて行かれたのだとしても、あの広い森のどこにいるかわからないのではないですか? せめて、学園の警備のものを何名かお連れになった方が」
「いえ、もし魔物に遭遇した場合、初めてだとどんなに勇敢なものでも尻込みすることが多い。それではむしろ、足手まといになります」
「では、せめて私を連れて行ってはくれませんか」
一人の騎士が名乗りを上げる。こいつは確か……
「君は確か……」
「ミリアリア様の護衛騎士でリックと申します」
そうだ、ミリアリア様の護衛騎士。恐らく、ミリアリア様をお守りすることが出来なくて悔いているのだろう。
しかし、彼が悪いわけではない。学園の方針で、授業中に護衛や侍女が同じ教室に入ることは禁止されている。せいぜい教室の外で待機する程度だ。
まさか、生徒がこのような事件を起こすなんて誰も想像していなかった。
それでも、彼は護衛騎士だ。お守りすることが出来なくて、後悔ばかりが先に立つのだろう。
「あぁ、でも君は魔物に遭遇したことはないだろう? それでは……」
「足手まといにはなりません。ですがもし、邪魔だと思ったら私のことは構わず捨て置いて貰って構いません。ミリアリア様の護衛でありながら、危険な目に合わせてしまった。今もどこかで危険な目にあっているかもしれないのに、何もせずにはいられません。どうかお願いいたします」
彼の気持ちは分からなくもない。もし俺が同じ立場なら、どんな事になろうともミリアリア様を助けに行こうと考える。
「……分かった。君の命の保証はしないぞ」
「ありがとうございます!」
「では、私に捕まってくれ」
リックが俺の腕を掴む直前、ある一点を見つめたのが分かった。その先には一人の女性がいた。彼女はミリアリア様の侍女だ。
そういえば、この二人は夫婦だったはずだ。彼女もリックを心配そうに見つめていたが、コクンと頷いた。
きっと、リックのことを心配しつつもミリアリア様の事も案じているのだろう。
ミリアリア様のお側にいる時間はこの二人が一番長いはずだ。
そうか、彼らにとってミリアリア様は、娘のようなもしくは妹のような、家族のように大切な存在でもあるのだろう。
リックが俺の腕を掴む。それと同時に、転移魔法を展開する。
待っていろよ、ブルー公爵子息。もし、ミリアリア様に何かあれば生まれてきたことを後悔させてやる。
ミリアリア様、必ずお助けいたします。




