3.朝ラーメンミステリー(3) 解決!
「スーツで汚れたのはあくまでトイレに入ったから、か」
「トイレでコケたんだよっ! 言わせんな! きっと大将が誰か元々誰かを殴り飛ばしてたんだよ。顔はあんまし見てなかったから、もしかしたらあの大将が偽物だったかもしれないけどな!」
彼は俺が反論しようとしている合間にスープを全て飲み込んで、進もうとする。
「それにおかしいだろっ!? 何でこうやって、わざわざラーメンを食べてんだよ。犯人だったら、すぐ逃げるだろ!?」
「確かに……?」
落ち込んでいるからか、少女は納得しようとしている。そこを喰らいつくのが探偵の役目だ。
逃げようとする獲物を、俺、信濃は絶対に逃がさない。
それに早く教えてもらわないと。
「いや、逃げられなかったんだ」
「何でだよっ!?」
俺は卓上にある胡椒を指差した。
「これが倒れてたからな。もしやと思ったんだ。もしかしたら胡椒を倒して、大きなくしゃみを犯人はしたのかもしれないってね」
「意味が分からない!」
「いや、分かるだろ? 簡単だ。犯行をして逃げようとしたところ、くしゃみをして、アンタはDNAを残してしまった。たぶん、それも近くのスープの中に。だから逃げるに逃げられなかったんだよ。殺人現場に残ってた、アンタのDNAを残さないために。アンタはすくって捨てようとした。ちょうどその時に店員の車の音がしたからな。このまま走って逃げても疑われる。だったら、大将が席を外しているふりをして……作り途中のラーメンにくしゃみ入りのスープを入れて食べてるふりをしてたってところだろうな」
カッとしたか。その言葉がいけなかったか。瞬時に男は立って、こちらを殴りつけようとした。こちらが身構えた瞬間だ。
「フェイントだよ! ばーか!」
奴は逃げなかった。いや、逃げようとするどころか厨房の方へと入っていく。そして大きな鍋を掴んで、思い切りひっくり返そうとした。重そうな鍋を。咄嗟の馬鹿力だ。
あっ、と思ってももう遅い。
熱湯がこちらにドバンと掛かりそうになったが。その鍋は思い切り横に逸れていく。
「えっ!?」
あまりも大きかったから、か。熱い熱湯が横に零れていく。
「あ……ああ……」
命拾いしたと戸惑う俺のところで奴に説教をするのが蒼い髪の少女。
「殺すつもりっ!?」
「ああ! 全員ここで死ねば!」
暴れようとしたのを止めようとする大将だが。足を捻ってしまったのか、そのまま動けない。
警察が来る前に全滅になったら、どうしようもない。
言葉で止めれるか。
「何でこんなことをしたんだっ!?」
「アイツが悪いんだよっ!?」
そう言って奴はこちらに目掛けて、食器をこちらに投げつける。ドンブリが、大鍋が、野菜が次々と飛んでくる。キャベツは顔面に当たると痛いことがよく分かった。
「何が……!?」
「アイツがここの土地を渡さねぇのが悪いんだよ。本来ならここはオレがもらうはずだったのによ! それを断ってずっとラーメン屋を続けるとか言うから!」
そのラーメン屋を全て壊そうと。
「折角車のトランクにアイツを入れて運んでやろうと思ったのに。荷物を取りに戻ったら、うっかり胡椒がこぼれやがって! それにラーメンの中に落ちちまうとはよ!」
その言葉の中に強い殺意。感じた瞬間、俺だけではなく少女を狙ったドンブリが飛んだと気付いた。
「伏せろっ!」
危ないと彼女に覆いかぶさった。
「あっ……! 血がっ!?」
そして俺の横頬に割れたラーメン丼の欠片がかすめていく。
カウンター越しに襲い来る食器の数々。具材の数々。そしてまだ奴は別の熱したお湯をこっちに掛けようとする。
計画性も何もない奴のやることは恐ろしい。
動けないし、どうするべきかと焦ったところ。
ただ奴は熱湯を足に溢したらしい。
「あちぃ!」
どうやら足にうっかり。今ならと俺が厨房に回ろうとする。どうやって、捕まえようだなんて思っていた最中、奴が投げてきたのは箸。そんなものならと避けた瞬間、包丁が前へ。
一瞬時が止まった心地。
あれ、当たったら流石に無事では済まない。というか、血塗れになって死ぬんじゃと。
「せいやっ!」
少女が叫んだ瞬間だった。包丁は何故か横に。俺のギリギリ横の壁に刺さって、難を逃れたのだ。
間違いなく軌道は俺の顔を狙っていたはずなのに、どうして、と。戸惑っている暇はないと思った。
何とか今ならいけると奴にぶつかって、抑えていく。
「観念しろ!」
俺の力で何とかなるのかと思ったところ、蒼い髪の少女も来てくれた。
「一人より二人ならいけるでしょ!」
少女も意外と力があるようで。何とか協力して奴を捕まえることができたのだ。奴はジタバタしているものの、「警察です」と入ってきた警官が「なっ」と驚いた声に観念したようだ。
それからも少しバタバタ。
救急隊の方が車の付近にあった血痕を見つけ、トランクから大将を見つけたそう。何とか命は助かったらしいと聞いてホッと。
警察からの事情聴取もしようとしたのだが。彼女の姿はない。
「あれ……? 何処行ったんだろ?」
やっと何とか朝ラーメンの騒ぎと警察の聴取が終わったのが午前十一時頃。警察署の中ではお腹の虫がコンサートオーケストラを披露し始めたため、警察官から幾らかパンをいただいたのだが。それでもお腹は空く。
何にしようかと思って駅前まで戻ってきて、ロータリー付近でお店を探していたところだった。
「ねぇ、コオロギ煎餅だって! 私、食べきれないけどどうする?」
「あっ、じゃあ……もら……ん?」
青髪の子がいた。
「君、探偵さんだよね」
「う、うん。ってか、君は何処へ? 警察もずっと探してたんだよ!?」
それにまだ謎は色々残っている。なんたって、あの時何故包丁が逸れたのか。犯人がこちらにお湯を掛けるのに失敗したか、だ。
店主はカウンターの中のことは見えていなかったらしいので、俺が一人で変なことになっているのではないかと。警察官の目から氷魔法を喰らったような気分を味わったのである。
「ごめんね。警察署には行けない理由があったの……」
犯罪に詳しい、で行けないと。
「つまるところ、何かやらかした?」
警察署にあった指名手配犯の姿を思い浮かべるも、ここまでの美少女を見逃すことはないと思う。だから違うとは思うのだけれども。
「人探しをしてて……この辺に来るとは思うんだけど、でも、探偵ならすぐ見つけてくれる?」
気軽に言ってくれるなぁ、と。
「そこまでの探偵じゃないけど」
「三十分以内に探し当てたら、最高の探偵ってことで報酬でも何でも出すし……うん、付き合ってあげる!」
語尾に「まぁ、どうせ見つけられないだろうけど」との言葉が入ってる。
万年童貞の俺にそんな奇跡が起こる訳がないと。こんな可愛い子が付き合ってくれる、だなんて。夢のまた夢のまたまた夢のまたまたまた……あれ、言ってて涙が出てくるのはどうしてだろう。
「で、誰を探してるんだよ?」
「信濃くんって子を!」
俺はエビせんみたいな感覚でつまんでいた煎餅をうっかり口から出しそうになった。傍から見れば俺は煎餅を貰っている鹿に見えるかもしれない。
「ど、どうしたのよ!?」
「そ、それ俺のことなんだけど……」




