1.召喚獣殺人事件(1) 最後の旅行
「もう別れましょ……」
旅に来た最初の思い出がそんな言葉で始まるだなんて、俺は予想もしていなかった。
駅に迎えに来たリヴィアがそう言い切ったのだ。
いきなり別れるだなんて言ってくる理由が分からず、戸惑っていた。
「ちょっと待って……」
「ちょっと待ってじゃないの。これは決まったことなの。そうじゃないといけなくって……その……」
「待てってば!」
「何でそんなに……!」
「そもそもまだ俺達付き合ってすらいないだろ!? どう別れるんだよっ!? 手と足が別れろってか!? それただの猟奇殺人だろ!?」
少し考えて、自分のツッコミの方がかなり猟奇的だと気が付いた。「二手に別れて旅をしろってか!?」と言った方が良かった気がする。
ただリヴィアにはその言葉がしっかり効いたようで。
「そういえば、そだっけか?」
「うん。忘れてた? リヴィアかアレンか決めないとってことで悩んでる最中だったんだぞ?」
「確かに! まだ付き合ってすらなかったんだね……良かった。それなら寂しくないね」
いやいや、違うとそこを言わせてもらいたい。
「寂しくない訳ないっていうか、何で別れないといけないんだ?」
「ああ……それかぁ」
彼女は目を逸らしたかと思えば、またこちらを見つめてきて。迷っている様子は伝わってくる。
こんな時は俺が推理するべきか。
「……追ってる事件が解決したとか?」
そんな訳が無い。そうだったとしたら、ニュースで騒がれているはずだ。犯人が見つかったんだもの。日本のマスコミが報道しない訳がない。
「……変な推理だね」
「うるさいよ……ってことは解決してないってことだから、そっか。撤退命令が出たってことか?」
「そういうこと……もっとここで色々知りたかったな。静岡の事とか……君の住んでる街のこととか」
「もっと案内したかったな」
出会ってからまだ少ししか経っていないような。だいぶ経っているような。ただこうやって別れの時が来るとは思っていなかったのだ。のうのうと、もっと時間を掛けて二人とも仲良くなっていくのだな、と思い込んでいた。
今はもうあの時もっとこうしていれば。ここを案内していれば、と後悔して。
せめて、だ。
「最後に見ておきたい場所とかないか?」
彼女はその案内にうん、と頷いて。
「富士山が間近で見える場所に行きたい!」
「じゃあ、富士山の麓まで行ってみるか!」
との提案で来たのは富士の樹海。鬱蒼とした草木の中で富士山は確かによく見えるのだが。
「何でこうなった!? 最後の旅行ってそういう訳じゃないだろ!?」
電車を降りた後までは覚えている。ただ彼女が富士山の方へ駆け出して行って。おまけには河の中で水魔法でサーフィンして遊んでみようというから、少しワクワクして動いていたら、だ。
気付けば、樹海の中に迷う羽目となる。
一応、河を辿って帰ることはできそうなのではあるが。
「ご、ごめん、最後までやり過ぎたわ……」
「でもそういうハチャメチャなところも良かったんだよな。それで何回も助かってるんだし、な」
彼女と共に捜査したり、犯人を捕まえたり。
と思うも、ここで思い出に浸り始めたら走馬灯になってしまうような。別に自殺に来た訳でもない。帰るのだ。
ただ昼間でも暗い、この場所に神聖なものも感じ始めていた。
だから、か。隣で歩くリヴィアに声を掛けていた。
「なぁ、リヴィア……ここ選んだのわざとか?」
「えっ?」
「だって、最後なんだろ? 一応、最後に調べたくてここに来たんじゃないのか?」
負の集まる場所になること。そして人通りもつかないことから、何かの犯罪の隠れ家にもなり得ること。異世界の犯罪組織からしたら真っ先に目を付けるべき場所なのである。
「そうよ。調べたくってこの中にね」
「でも最後になるのがそう言う場所っていうのも……」
「あら、負の遺産について学ぶのも、その場所を知るってことだと思うって……旅好きなら思わないの?」
「……確かにそうか?」
だからと言って、水上スキーをしてから負の遺産に入っていく人は見たことが無いのだけれども。
彼女は薄暗いはずの場所を浮き浮きと歩いていく。
「あそこに人がいるわね! 何してるのかしら?」
一応自殺を止めるための監視員の方々もいる。その人だろう。
目の前にも樹に大きな輪をぶら下げている監視員。
そして脚立を使って、登ろうとしている。
「監視員の人って……えっ、待て待て待て待て!?」
急いで、彼女が魔法の水を撃っていく。そしてその男の手から縄が離れていくのが確認できた。当然、体が思い切り揺れたから脚立もぐらつき始めていく。
ただ時間稼ぎはできたと俺と彼女で、男が落ちるのは受け止めることができた。
「ぎ、ギリギリセーフよね!」
「う、うん……!」
男は当然訳も分からず、ただ目をぱちくり。俺から言わなくては。
「何で自殺を止めるための監視員が……」
「ああ……そう思うよね……何もかも嫌になっちゃったってところだね。借金取りに囲まれて……こうして仕事はしていても未来は見えずで……やになっちゃってね」
彼の免許証が近くに落ちていた。自棄になって落ちてるものを振り回したのだろう。名前が見えた。「佐間田安太郎」との二十過ぎたばかりの青年だ。悪い人相には見えない分、この国の無情さを感じてしまう。
「……まぁ……いいことありますよ……」
ううっと涙ぐむ佐間田さん。
早く彼と共に樹海を出ていけば、と思ったのだけれども。
そこで何かの泣き声が聞こえてくる。
「ううっ……ううっ……」
どう見ても何等かの怪談が関わってくるように思えてしまう。隣に非現実の結晶みたいなのがいるのだ。
幽霊など存在していてもおかしくない。
しくしくすすり泣く声に一番最初にパニックになったのはリヴィアだ。
「ひぇえええええええ! も、もしかして幽霊!?」
「その怖がりでよくここに来れたな!?」
こちらが騒いでも泣き声は消えやしない。啜り泣き。しかもかなり幼い感じだ。佐間田さんもドラマが想像できてしまっていた。
「も、もしかして一家心中に巻き込まれた少女の幽霊とか……!?」
「佐間田さん、静かにしててください! 余計怖くなりますって!」
幽霊かどうかと思って声のする方へ。恐る恐る。河の流れから少し離れてしまいそうな気もするけれども。動いた方向は覚えておこうと思いながら、進んでいく。
すると、金髪の少女の影が。
「えっ、外国人?」
佐間田さんの言葉に対し、振り返るのは褐色のかなり可愛らしい女の子。涙を顔に浮かべているところが更にその様相を魅力的にさせている。
その姿を見て、ハッと声のような音を出したのはリヴィアだった。
「もしかして……トーラ!?」
「リヴィア……知り合いなのか!?」
「トーラちゃん! 何でこんなところにいるの!?」




