33話 師、再会
日が傾き、黄金宮を照らし出す。
斜めに傾いだ柱の影が横切る回廊を、二つの影が歩いていた。
「なあ、あれは一体どういう意味だったんだ?」
周囲に人の気配が無いことを確かめてからジークは隣を歩くセリスに問いかけた。
「あれって?」
「さっきの・・・・あの人の言葉だよ。」
数刻前・・・・
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気まずい沈黙を振り払うように、セリスは席を立った。
「今日はここまででお暇させてもらうわ。また来るわね。」
「ええ。あ、そうだ。」
ポイとシェイナから投げ渡されたのは、金の指輪2つ
「それを使えば私が手を貸さなくてもここにこれるわ。念のため、ジークにも1つ、ね。」
その心遣いに感謝して、素直に受け取る。
「喚起は?」
「【光へ通じる道を】」
「そう、ありがとう。悪いけれど、もう1度道を作ってくれる?」
「良いわ。座標は?」
「私は城に詳しくないし・・・ジークに任せるわ。」
セリスとシェイナに見つめられる中、ジークはしばし記憶を探った。
「・・・確か、王の間の隣に控え室として使われている部屋があったはずだが・・・」
「ああ丁度、周りに人もいないわね。大丈夫よ。」
そう言った時には既に、ここへ来た時と同じ、闇が渦巻く道があった。
魔法士に必要な、詠唱も印も必要ない。意思の力で世界に働きかける、それこそが魔女の力だった。
「それじゃあ、また。」
来た時と同じくセリスの手を取り、ジークが闇へ踏み込む寸前、シェイナに声をかけられた。
それに込められた想いの響きに、思わずジークとセリスは振り返る。
2人の視線の先で、シェイナはふわりと微笑んだ。
「あなたには、こうして直接会ったらどうしても一言言いたかった。」
そうして次に彼女がとった行動は、ジークの度肝を抜いた。
「ありがとう。三年前、この地を守ってくれて。そして、愛しい私の子孫を助けてくれて。本当に、心から感謝します。」
そうして、シェイナは深々と頭を下げた。
驚いたジークが彼女へかける言葉を見つける前に、セリスはグイッと彼の手を引き、漆黒の空間へ引き込んだ。
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「世俗に関わることを嫌い、王にさえ同等かそれ以上の立場を貫く魔女。しかも彼女はセリスの対、つまり古の魔女なんだろう?それが頭を下げるんだ。気になるに決まっているだろう。」
「・・・・・言葉通りの意味よ。」
「なに?」
驚きに足を止めたジークより一歩前に出、振り向かず、足も止めずににセリスはただ呟いた。
「ラティルド王家は、彼女の血を引いている。」
それ以上口を開こうとしないセリスに、今はこれ以上聞き出せないと悟り、ジークは追求を諦めた。
しばし無言が続き、2人の微かな足音だけが耳に届く。
やがて、どこかの中庭に出た。
「あ・・・・・・・」
見覚えのある場所に、ジークの口から声が転がり出る。
静かな空気の中で、それは思いのほか響いた。
先程一方的に会話を打ち切ったことを気にしてか、気付かれぬようにセリスはチラリとジークを盗み見る。
しかし、微妙な表情でこちらを見下ろすジークとばっちり目が合ってしまった。
再び気まずく目を逸らす2人。
それでも歩みを止めずにいると、人の声が聞こえてきた。
「・・・・声?」
思わず呟くと、視線を感じる。ジークが再び、微妙な表情でいるのを感じた。
近づいていくと、声がさらにはっきりと聞こえてきた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
「いええええええええええええぃ!!!」
「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
暑苦しい雄たけびに、セリスの顔が引きつる。
こういう汗臭さを好む女性もいるのかもしれないが、あいにくセリスはその類ではない。
「ジーク、この先って」
「察しの通り、修練場だ。」
ここで引き返すかどうか、ちょっとだけ迷う。
引き返しても構わない。構わないが・・・・・・
「どうする?たぶん師匠がいるが。」
そう、この城にはザリアスがいるのだ。彼の性格から考えて、訓練をしているのを知っていて、黙って見てなどいないだろう。
自分のことを知っている人物。余計なボロを出す前に挨拶と釘は必須だろう。
「・・・・・行きましょう。一度は会っておかなければならないのだから。」
はたから見れば大げさな覚悟を決めて、セリスは足を踏み出した。
角を曲がって、そ~っと覗き込む。
思った以上に広い場所のあちこちで、金属を打ち合わせる音が響いている。
その中央で行われている模擬試合に、自然と目が引き寄せられた。
見覚えのある、大剣を持った壮年の男性が、相手を次々とのしていく。
武器の重さを感じさせない軽やかな身のこなしもさることながら、何よりも目を惹くのが・・・
「・・・・楽しそうだな、師匠。」
ジークの呟きどおり、その男性――――ザリアスの全身から溢れる、心底楽しげな気配。
その年齢に似合わぬ子供のような様に、変わっていないと2人は揃って苦笑した。
ジークは二年半、セリスは三年ほど会っていない事になるが、彼が彼である所以は健在らしい。
そうして離れた場所で眺めている2人を、ザリアスのほうが先に見つけた。
「おい、そこに居るのはもしかしなくてもジークか!?」
「いいえ、違います。」
物凄く楽しそうな声に、条件反射で答えるジーク。
修行時代に散々面倒事に巻き込まれ、培われた勘が警鐘を鳴らしている。
しかし、野生動物並みの直感を持つザリアスには通じない。
「嘘つけ!そんな真っ黒な髪、お前以外にいる訳ないだろうが!」
「はぁ、いますよ。ここに。」
「あ゛あ゛?」
誤魔化すことを諦めた弟子にずかずかと歩み寄ったザリアスは、ようやくセリスに気付く。ジークの影になって見えなかったらしい。
にこやかに笑うセリスをまじまじと見る。
「はー、お前とは違うが、確かに真っ黒だな。にしても、どっかで見た、よう、な・・・」
そして思い至った瞬間、ぎょっと目を見開く。
「ま・・・・・・」
「お久しぶりです、ザリアス殿。セリスです。お忘れですか?」
すかさず驚愕の叫びをさえぎり名乗る。そんなセリスに、ザリアスはパクパクと口を開け閉めするだけだ。
これは驚きだけでなく、セリスがとっさに声を封じたせいでもあるが。
落ち着くのを待って術を解く。
「はぁ・・・やっぱり、貴女なんですね、魔女殿。」
「その呼び方はこの地では当てはまりませんよ。今のわたしにもね。セリスで十分です。」
「名前でなんて呼べませんよ、俺には荷が重過ぎる。」
「ではいつかのようにお嬢ちゃんとでも。あと、敬語も要りません。」
「皮肉ですか、それは。・・・・・・・・わかりましたよ、いや、わかった、だな。
まったく、その髪と瞳の色はまだしも、若返るなんて、相変わらず非常識だな。一瞬、誰だかわからなかったぞ。」
「好きでこの姿という訳ではありませんがね。」
サラリと言われた言葉に重いものを感じて、ザリアスは思わず口をつぐむ。
思わず、それまで黙っていたジークに矛先を向けた。
「で、てめぇは二年間も消息不明で何やってたんだ、不肖の弟子。」
「いきなりそれですか。相変わらず柄悪いですね。そんなんで、ちゃんとこの城に馴染めてるんですか?」
「うるせぇ、契約内容に『言動が無礼でも目くじら立てない』って含まれてんだ。つべこべ言わせねェよ。向こうもそれを利用して色々していたみたいだしな。というか、訊かれたことに答えろ。」
「黙秘権を行使します、というのは冗談ですから。そんな怖い顔しないでくださいよ。
一年、あの家に居て、その後は旅ですね。家にいる間も、鍛錬はしてましたよ。」
「よし、なら腕は鈍ってないか、確かめてやる。」
「・・・・・・師匠、俺は今日、隊商護衛の仕事を終えて、その足で王宮に行き、王族の面々と食事をし、商談までまとめてきたんですよ!?厄介な人とも会ってきたし!いい加減、疲れてるんです!!」
「いまさら王族やら何やらを気にするようなか細い神経してないだろうが。
最近ひよっ子どもの相手しかしてなくて、退屈だったんだよなー。」
「それが本音でしょう!?結局自分の欲求優先ですか!?」
「おら、お前ら怪我したくなかったら場所あけろ〜」
長身のジークがさらに見上げなければならないザリアスは、嫌がる弟子を無理やり引きずって訓練場に出て行く。
剣を振るえば周囲のことなどお構いなしな人間が「本気」を出そうとしているのを察知し、皆がさっと場所を開けていく。
ぽっかり空いた中心で、やっと開放されたジークはやれやれと体を解した。
明らかに気乗りしない風情のジークの耳に、ザリアスの声が届く。
「お前はまだ、あの人を追ってるんだな。」
恐らく互いにしか届いていないであろうそれに、知らずジークの顔が強ばる。
それでも、平然を装って言葉を交わす。
「これでも俺は一途なので。」
そうか、とだけ返される。
そして、ザリアスの空気が変わった。
「ならせめて、並び立てるほどに強くないとな。」
「違いますよ。」
ジークがまとう雰囲気も一変する。
「守り、支えられるほどに、です。」
剣を構え、向かい合う。
一拍間を置き、師弟は同時に地を蹴った。




