《過去》 4
ジークの体も完治し、体力も戻ってきたある日。
「ジーク、出かけるわよ。支度して。」
「は?」
いきなりなセリスの言葉に、ジークはポカンと口を開けた。
「なあに?その反応。あなた今、すっごい間抜けな顔してるわよ。」
可笑しそうに言うセリス。それでもジークは返事をしない。
ジークはセリスの言葉の意味を掴めずにいた。
ジークの反応も無理は無い。彼がセリスの家で暮らし始めて数ヶ月。その間、ジークが体験したセリスの生活は、まさに世捨て人か隠遁者のそれだったのだ。
朝起きると菜園から野菜を収穫し、それで朝食を作って食べる。後片付けはジークの担当だ。
昼間では互いに思い思いに過ごす。ジークは読書か体力づくり。セリスはジークと読書だったり、森で薬草を採取したり、それを加工して薬を調合したりと日によってまちまちだ。ただし、買い物など、人里に下りることは一切無い。
午後はジークの魔力の修行に付き合い、夜は外で月光を浴びながらジークと話をしたり、星を眺めていたりする。
セリスの住居は人の姿など感じられぬ、鬱蒼と茂った森の中。険しい岩場などもある、恐らく険しい山の、奥深くであろう場所。ジークがここはどこかと尋ねても、『この世であってこの世で無い場所』とはぐらかされる。
だからジークは、セリスは人間と関わりたがらないのだと思っていた。
そんなセリスが突然出かけると言い出したのだ。
いつもの散策ならそう言うだろう。ということは、少なくともこの森を出ることは間違いない。
呆気にとられているジークを尻目に、セリスはウキウキした様子で指折り用事を挙げていく。
「まずは服でしょ。食器と家具も必要だし、後は・・・・・」
「わかったわかった。で、何が必要かな?目的地に着くまで何日くらいかかる?」
「え?」
「ん?」
ジークは記憶は無いが、常識は残っている。
自分がどこの誰かは思い出せなくとも、野宿のやり方は覚えている。
自分が今までどのように過ごしてきたかは思い出せなくとも、旅のやり方は解る。
この違いがどこにあるのかはわからないが、このことによりセリスを質問攻めにする事も無く、役に立ってくれている。
ただ、セリスと生活していると、時々無性に不安を感じる。
そう、今とか。
「なに?コレ。」
「転移陣よ。」
あっけらかんとした返事。
ただし、この間読んだ本には転移陣は発動に上級魔法士が最低3人、維持にはその倍必要だと書いてあったような。
頭痛をこらえながら、ジークは話を続ける。
「・・・・・ゴメン、訊き方が悪かった。コレはどこに繋がっているの?旅って普通、徒歩やら馬やら馬車で移動するものじゃあないの?」
「何よそれ。そんなのじゃあ、一生かかったってこの空間から出ることなんて出来ないわよ。
それと、行き先はムスペルの帝都リーベモーント、シルヴェスト城ね。」
「って、あの『青月城』?」
飛び出したのは、サラティルドの黄金宮と並び称賛される場所。
だがそれよりもまずジークが思ったのは。
「目的地が城ってどういうことだよ・・・・・」
彼も、なかなかズレた所があるようだ。
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シルヴェスト城はあえて言うなら純白の城だ。
さらに、湖の上に建っていることでその神秘性は増している。まあ、実際は湖の真ん中にある小島の上だが。
湖に太陽の光が乱反射し外壁に光の波を打つ姿も美しいが、その真価は『青月』の名の通り、夜にある。
星明りを映し出す湖面。月に照らされ浮かび上がるシルヴェスト城は、まるで夜空に浮かんでいるようだった。
優しい月光によってうっすらと青を帯びた姿は、まさに、幽玄の美、という言葉がふさわしかった。
――――――――――――――――――彷徨う詩人 ルーエナ 「慨歎記」より
ジークはぼんやりと、以前読んだ内容を思い出す。あの本の著者は詩人としてはヘボだがわかりやすく、旅行記としてはなかなか興味深くて面白かった。
ただ、あれに書かれていたのは外側だけで内側については全く触れられていなかった。たぶん中に入ることが許されなかったんだろうが、もし入れていたら、今自分がいるのが城のどこなのか、わかったのだろうか。
「ジーク、呆けてないでお茶をいただいたら?王室御用達だけあって、美味しいわよ。」
ジークの懸命な現実逃避は、セリスの無邪気な一言で台無しになった。
少しだけ、彼女の無神経さに苛立ちを感じたが、ジークがキッと睨んだ先でニコニコと笑っているセリスを見るとそれも萎んでしまった。
しぶしぶ目の前に置かれたカップを見つめる。優美な曲線と眩しい白さ、繊細な絵柄はそれがまぎれも無く高級品であることを悟らせた。
恐る恐るそれを手に取り、そっと口をつける
「あ・・・美味しい。」
一口味わった途端、思わず声が出た。渋みのある香りと、爽やかな味わいが絶妙だ。
茶葉と、これを淹れた人の腕が良いのだろう。茶道楽なセリスが誉めるだけあると納得した。
「本当、今年は当たりね♪後でお土産に包んでもらおうっと」
よほど気に入ったのか、浮かれているセリス。
そんな彼女の姿に苦笑するジークは、先程まで感じていた緊張がすっかりほぐれている事には気付かなかった。
「セリスッッ!!!!!!」
突然響いた声と同時にバタン!!と勢い良く扉が開け放たれ、何かが部屋へ飛び込んできた。
そのまま駆け寄ってくるそれに、セリスは1本だけ立てた指を向ける。すると、セリスが『止めた』のか、少年が自ら足を止めたのかはわからないが、それはピタリとセリスの前で立ち止まる。そして、満面の笑みを浮かべて抱きついた。
「久しぶりです、セリス!!来てくれたのなら早く言ってください!今回はどれくらいここに滞在してくれるんですか?僕との時間もとってくれますよね!?それに・・・・」
立て続けの質問は、セリスが相手の目の前に手のひらを掲げた事で遮られた。
「オウル、歓迎してくれているのはわかったけれど、それでは駄目でしょう?」
窘められた相手はハッとし、決まり悪げな顔で笑うと打って変わった優雅な仕草で頭を下げる。
「お久しぶりです、古の魔女殿。我らが城へようこそ。貴女の訪れを建国の時より変わらず、歓迎いたします。」
そう言うと差し出されている手をそっと取り、恭しく口付ける。
セリスの隣で目の前のやり取りを呆気に取られて見ていたジークは、ここでようやく闖入者が少年である事に気付いた。
背は座っているセリスより少し低い。ということは、ジークと同じ位、いや彼より少し高いくらいだろうか。薄い水色の髪に濃い灰色の瞳をした整った顔の少年だ。身に着けているものも、かなり上等。
位の高い貴族の子、とジークは推測した。
ジークの視線に気づいたのか、少年は彼を見て訝しげな顔をし、ジークがセリスの袖を引いて彼女の注意を惹くのを目にして顔色を変えた。
「「セリス、そいつ誰?」ですか!?」
綺麗に声が重なり、2人は思わず睨み合う。セリスはというと、目を丸くしたと思ったら次の瞬間、噴出していた。
軽やかな笑い声を上げる彼女に、再び二方向から「「セリス!!」」という抗議か向けられる。
何とか笑いを収めると、セリスは少年達に謝った。
「ごめんごめん。あんまりにも息ピッタリだったのが、可笑しくて。」
「涙を拭いながらじゃ全然説得力無いよ。それよりも、説明。」
ぞんざいなジークの言葉に、少年は声を荒げようとしたが、セリスによって止められた。
「いいのよ、オウル。
ジーク、彼はオウル。この城に住んでいるの。
彼の一族とわたしは代々懇意にしていてね。その関係で時々こうして訪問するの。」
「うん、質問が増えるだけなそれを説明と言って良いものか疑問だけど、まあ良いや。そこらへんは後で聞かせて。」
もうどうにでもなれと投げやりなジーク。だが、1つだけ確認しておかなければならない事に気付いた。
「この城に住んでいるってことは、こいつは・・・・」
「ええ、そうよ。お父さんはこの城の主でこの国の主。つまり、この子はこの国の王子様ってこと。」
「へえ、王子って初めて見た・・・のかな?物語の王子とは全然重ならないけれど。」
「何だそれは!?セリス、この無礼な奴は何なのですか!?」
「ハイハイ静かに。彼はジーク。私の家の近くで倒れている所を助けたの。それから色々あって、今は私の弟子として一緒に住んでいるわ。」
「な・・・・・・・・・・・・・・!」
目をむいて絶句したオウルに、セリスはさらに言葉を重ねる。
「たぶん2人は同じ年頃だと思うから、仲良くしてね。
それじゃあ、わたしはあなたのお父上に会って来るから、その間ジークにこの城の案内でもしてあげて。」
そうしてさっさと部屋を出て行くセリスを見送り、残った2人は顔を見合わせる。
「まあ、とにかくよろしくな、オウル。」
ジークはそう言って握手をしようと手を差し出したが、返ってきたのは「気安く呼ぶな!」という、非友好的な言葉と視線だった。
オウルは、諦めたように手を下ろすジークを睨みつける。
「おまえ、どこの手の者だ!!オレですら許されなければ辿り着く事の出来ぬあの場所に侵入した上、住むことを許されただと!?一体、何を企んでいる!?」
苛烈な言葉にパチクリと瞬いたジークは、これが地か、と思いながら肩をすくめる。
「何者って言われても・・・憶えていないから答えようが無い。ついでに何も憶えていないから、何も企みようが無い。
侵入うんぬんはともかく、居候の件についてはセリスに訊いてくれ。
と、言うかセリスこそ何者?王様に先触れなしで会えるなんて。」
「あの方を気安く呼ぶな!彼女は本来ならば、お前など一生かかっても会うこと所か、その存在すら知ることはありえない方なのだからな!
まあ、お前がどうしても教えて欲しいと言うなら、考えないでもないぞ?」
「別に良いよ。」
腕を組んで尊大に言い放つオウルへの返答は、ひどくあっさりしたものだった。
「自分で訊いといてアレだけど、僕にとってはセリスが何者かなんて、そんなに大事なことじゃないから。
彼女は僕の命の恩人で、魔法の師匠。それだけ知っていれば十分だし、それ以上が知りたければ他人に訊くなんてまだるっこしい事なんてせず、自分で調べるだけだよ。」
言い切ってオウルを見やる。彼は腕を組んだポーズのまま、言葉を失っていた。
「それより、城の案内、してくれるの?そうでないの?
するのなら早く行ったほうがいい。したくないなら別に良いよ。ここで適当に時間潰しているから。」
言われた言葉に、オウルは我にかえる。世継ぎの王子として周囲に甘やかされていたオウルにとって、自分の地位を知ってもここまで態度を変えない人間はジークが初めてだった。
普段なら「無礼者!」と怒鳴っているはずなのに、そんな怒りはどこにも感じられない。胸の内にあるのは、戸惑いと、好奇心となぜか恥ずかしさと後ろめたさ。
だから、気付いたらこう言っていた。
「セ、セリスに頼まれたんだ、やるに決まっているだろう!!ついて来い、はぐれるなよ!!!」
「うん、ありがとう。」
そこから離れた一室。
元気良く歩き出す2人の少年の姿に、セリスは思わず微笑んだ。
術を使って様子を見ていたが、心配なかったようだ。
「嬉しそうですね、どうしましたか?」
声をかけられ、目の前に座る人物へと意識を戻す。
「ちょっとね。子供って、機会を与えれば自分で吸収してどんどん成長してくれるから。それが嬉しくて。」
「それは、貴女の新しい子供ですか?それとも・・・・・」
「ふふ、秘密。後で自分で確かめると良いわ。」
そういうと、セリスは浮かんだ笑みを隠すようにカップを傾けた。
本編で名前だけでてきたオウル君、ここで出ました。(いろんな意味で)ジークのライバルです
にしても、子供らしい可愛さってどこ行った・・・・




