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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第3章 始まる
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始まる日常

 翌日から実季子は、シメオンに一般教養、人狼族の歴史や習性について、ペラスギア帝国の概要についてを学ぶようにと講師をつけられた。

 早速、掃除なり、イモの皮むきなりをするんだと思っていた実季子は、首を傾げる。

 

 実季子はコッチの世界では赤ん坊と一緒だ。

 先ず、一日が何時間なのか知らないし、1年は何日なのかも分からない。

 季節に四季があるのかも分からないし、この帝国(くに)に人間がいるというのにも驚いた。

 人狼しかいないのかと思っていたのだ。

 人口の3割ほどが人間で、中には魔術を操る人間もいるらしい。


 見てみたい

 楽しみになってきた


 実季子は三人の兄達の影響か、好奇心旺盛でそれなりに行動力もある。

 因みに、この世界には、時間はちゃんと時計があって、一日は24時間。1年は366日だそうだ。

 大陸の南東にあるので、かなり温暖だけれど冬もあるし、国の北側に行けば雪も降り積もるらしい。

 なるほど、自分はこの帝国(くに)の基礎知識さえ、ろくに知らないのだと認識を改めた。

 ありがたく、お勉強させてもらうことにする。


 アルカスは、政務が忙しいらしく、全く会えない日もある。

 しかし、忙しいなりに時間を作ってくれているようで、朝食を一緒に食べようだとか、夕食を共にしようだとかの手紙が届けられる。


「今日は何をした?」

 アルカスは、とても洗練された所作で、実季子の三倍くらいの量をサクサクと口の中に運ぶ。

 -決して、実季子が小食なのではない。その辺の霞を食べてるかの如くのOLの倍以上食べる-

 アルカスも実季子が側にいると体調が良く、食欲も旺盛だ。

 以前は、どうにか胃に食べ物を流し込んでいたが、今はその大きな体を維持するだけの量、つまりたくさんの量を食べている。


「はい。陛下」

 初日以降、実季子がアルカスを陛下と呼ぶ度に、アルカスは眉間のシワを一層深くしていた。

「今日は、ペラスギア帝国について学びました。

 以前に、シメオンさんから簡単な説明はされましたが、もう少し詳しく。

 キリル大陸の南東にあると言うこと、タブラ、ラキア、ウピロス、アッティーハー、ペロポソの5大領地を統治している。

 と言うことまでは、説明して貰っていましたが、それぞれの土地を王家と4大公家が治め、更にその土地の細分化された地域を各貴族が治めていると言う説明を講師の先生がして下さいました」

 食事の手を止めて、一生懸命離す実季子に、アルカスが頷き返す。

「王都であるタブラを皇帝陛下が。

 ラキアを先帝の弟君であらせられる、カラノス・ペラスギア様が。

 ウピロスを陛下のお母様のお兄様であらせられる、エケモス・クセナキス様が。

 アッティーハーを先住民族の長であらせられる、アウゲ・ミューシア様が。

 ペロポソを海の民族であらせられる、キプス・パパドプロス様が治めておられると言う内容でした。

 因みに、共通語のペラスギア語の他に、各地方ではそれぞれの土地の言葉が残っているという内容も教わりました。

 陛下は、キリル語の他に4言語が喋れるって言ってましたよね?

 それって、ラキア語、ウピロス語、アッティ語、ペロポソ語の4言語ですか?」

 話が出来るのが楽しくて、ベラベラ喋る実季子の話に頷きながら、アルカスは1つ付け加える。

「そうだ。更に、タブラは、古タブラ語を話す年寄りもいるからな。

 古タブラ語でも、ある程度のコミュニケーションは取れる」

 実季子は、目を見開いてぱぁっと明るい笑顔で笑う。

「すごい!私、陛下と言語共有出来て、すごくラッキーでした」

「ラキ?」

 アルカスが怪訝そうな顔をしたので、実季子は、言い直した。

「幸運だと、言う意味です」


 食事も、和食で育った実季子にしてみれば、少しスパイシーだが、とてもおいしい。

 何より、実季子はこの世界で、知り合いと呼べる人が少ない。

 アルカスは、表情は乏しいが何かと気を遣ってくれて、実季子が過ごしやすいように手を尽くしてくれている。

 そんなアルカスと話していると、緊張はするけれど、淋しさが和らぐのも事実だ。

 勿論、アルカスやシメオンが手配していてくれるお陰で、常に侍女が実季子の近くにおり、困ったことがあると直ぐに対処してくれる。

 と言うか、困る前に色々と動いてくれるので、何にも知らない世界にいるのに、そう不自由を感じることもない。

 掃除をしたり、調理の補助をしたりと言った仕事をするのだと思っていたのに、シメオンから一先ずは、この世界の常識を習得してからの話だと言われ、それもそうかと納得して勉強に勤しんでいる。

 何とも有難い待遇だ。

 しかし、張り合いが足りないというか、時間が余る。

 というか、……早い話が寂しいのだ。


 元の世界では、仕事があって、勤務歴も7年目ともなれば、役職社員の補佐の仕事は出来ていた。

 プロジェクトの中核に、組み込まれることも珍しくないし、自分の裁量である程度まで仕事を進めることも出来る。

 勿論、残業も出てくるし、お付き合いなんかもある。


 更に、兄達は、何かにつけて、実季子を実家に呼び寄せては構ってくる。

 忙しくも充実した毎日を送っていたのに、勉強の時間以外は自由時間で、着る物の世話も、食事の世話もしてくれる人がいる。

 でも、誰も親しげに話をしてくれたりはしないのだ。

 そんな中で、アルカスだけが、実季子の他愛ない話し相手になってくれる。

 アルカスと一緒に過ごす数時間を心待ちにする程度には。


 アルカスにとって、実季子と過ごす数時間は、癒やしの時間だ。

 表情がクルクル変わる実季子は、見ていて飽きないし、裏を読むことをせずとも、そのまま思ったことを話し、思ったことを伝えてくる。

 政務を行う上で、日々やり合わなければいけない狸共とは違うのだ。

 肩に力を入れず、ゆっくりと食事を味わい、

 -それでも、実季子には凄く早食いに見えるが-

 実季子の顔を眺めて、実季子の話を聞く。

 疲れや、遣る瀬なさや、体に染み込んでいる哀しみが、実季子によって浄化されていく気分だ。

 

 このままこの世界に

 自分のそばにいてくれないだろうか?

 

 しかしそれは、不可能なことなのだと、実季子に会う時間が終わる度に、アルカスは自分に言い聞かせた。

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