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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第5章 建国祭
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建国祭の準備

 実季子は、現在、凄く忙しい日々を送っている。

 理由は、日々の勉強と、クレオン達技術士とのやり取りに加えて、王都タブラで開かれる建国祭の晩餐会と、舞踏会の準備のためだ。

 急遽食事のマナーと、ダンス、国の歴史に、貴族のマナーや顔と名前なんかを覚えましょうと言う内容の授業まで増やされたのだ……。


 イリニの事があってから、宰相補佐のシメオンはやたら実季子に構ってくるようになった。

 それまでは、礼儀正しいけれどあっさり対応だったのに、何かあればミキコさま、ミキコさまと、絡んでくる。

 その結果、シメオンから見て、建国祭で皇帝陛下のお客様として、表に出せる代物じゃないと判断されたのだろう。

 最初、一般教養、人狼族の歴史や習性について、ペラスギア帝国の概要について学ぶように言われたときは、それもそうか勉強はしておくにこしたことないなと、シメオンに礼を言い、他にも足りないところがあれば指摘して欲しいと、勉学に勤しんでいた。

 そこまでは良かったのだ。

 詰め詰めスケジュールでもなかったし。

 ところが、建国祭があると聞かされ、シメオンには、城にはお客様も大勢いらっしゃいますと言われ、不安になった。

 これは、建国祭の間は、引きこもった方が良いのかも知れないと思った実季子は、足らないところばかりだろうから、なるべくお客様に会わないように出来れば良いんだけど……と言う旨のことをシメオンに言ったのだ。

 すると、

「なるほど、そのご不安を払拭できるように、私もできる限りお手伝いいたします。

 ダンスも習っておきましょう。急に誘われた場合、焦らずに済みますね。」

とニッコリされ、

「建国祭ですので、歴史の知識もあれば、城でお客様とお話になられたときに、ミキコさまがお困りにならないでしょう。」

と更にニッコリされ、

「陛下の近くにいれば、貴族と顔を合わせる機会もございます。

 顔と名前、その家が治める土地の知識もあれば、皆、ミキコさまを賞賛するでしょう。」

と来た。

「我が皇帝陛下は、ペラギアス始まって以来一番の勤勉家でおられます。

 ミキコさまが勉学に励んでおられるお姿を見れば、陛下のミキコさまに対する尊敬の念は深まることでしょう。」

 いつも大袈裟な事を言って実季子を丸め込むシメオンの言葉に、眉をしかめつつも、アルカスに褒められるかもと思うと、自然と頬が緩んで何でもやる気になってしまう。

 私は、何てチョロいんだとセルフツッコミを入れながらも、もう一月以上もこの勉強漬けの生活を送っている。

 ここまで真面目に勉強に励むのは、受験生だった頃以来だ。

 それでも、日々真面目に取り組む実季子の知識は、素晴らしい勢いで底上げされているし、食事のマナーも、行儀にうるさかった母に厳しくしつけられていたので、どうにかそれなりにはなっている。


 ダンスだって、基の運動神経が良いのだ。

 やれるはず!!と思って始めたのだが、一向に踊れない。

 ステップは直ぐに覚えた。リズム感だって、そう悪くない。

 しかし、実季子は小さいのだ……そして、この国の人間 -人狼- は大きい。

 あまりの身長差に、首があがって、肩が凝る。

 相手は、なるべく腰をおとしてくれるが、中途半端な姿勢が何時までも持つわけもなく、終いには、実季子の体が持ち上げられて宙に浮くことになるのだ。

「もう、嫌!!ダンスはしない。ってか、無理。

 この国に、私とダンスできる相手がいないんだからダンス習っても無駄!」

 とうとう切れた実季子は、そう言い捨てて椅子にドッカリと腰掛けた。

 何せ、身長差が40センチ以上あることもざらなのだ。

 踊れって方が無理がある。

 ダンスの講師は、困ったように眉を寄せたが、こればっかりはどうにもならない。

「分かりました。シメオンさまには私の方からご報告しておきます。

 一先ず、本日の練習は終わりと致しましょう」

 彼女はそう締め括ると、腰をおとして貴婦人の礼をし、部屋を出て行った。


「ミキコさま。お疲れ様です。喉が渇かれたでしょう?お茶に致しましょう。」

 

 イリニは、あれからまだ戻って来れない。

 軍で取り調べをしているエラトスに聞いたところ、刑が決まるのも、執行されるのも通常よりもかなり早かったという。

 裏で、何らかの力が働いたと考えるのが妥当だが、誰の力が働いているのかを突き止めるのには時間が必要らしい。

 証拠もないので、完全な無罪放免とまでいかないらしく、どこかで落とし所を作れないか悩み中と、返ってきた。

 

 世話係がいなくなってしまったので、イリニの代わりに、彼女の母で、アルカスとエラトスの乳母だったソフィアが実季子の世話を焼いてくれている。

 ソフィアも人狼族の女性なので、イリニ同様背が高い。

 イリニと同じ薄いグリーンの瞳で、元は彼女もダークブロンドだったのだろう。

 今は、色が薄れてグレーがかった茶色い髪をきっちりとまとめ上げている。

 彼女は懐も深くて、優しく、厳しい。

 実季子にとってペラスギアでのお母さんのような存在になりつつある。

 

 更に、アルカスは、実季子に専任の護衛も付けた。

 イリニが操られて、実季子がプレギアースに狙われていると踏んでいるからだ。

 軍の将軍のアピテ・メルクーリ。

 イリニを軍で取り調べるとエラトスが言ったときに、イリニを連れて行った淡いブラウンの柔らかそうなウェーブがかった髪の、明るいグレーの瞳で目礼してきた人だ。

 彼は、アルカスが皇帝に就任する前、軍の元帥職であったときに、副官の地位にいた。

 アルカスの腹心の部下だそうだ。


 将軍だなんて、そんな偉い人を専任にしちゃっても良いのかな?


 エラトスに聞いてみたが、

「兄上は一旦言ったことを翻したりしない。兄上が、言葉にした時点で決定なんだよ。

 一応、軍の元帥は俺だけど。

 こと、ミキコの事に関しては、軍のことだろうが、天気のことだろうが、兄上に決定権があるんだよ。

だから、逆らったところで無駄なの」

と、言われてしまった。


 自分のことなのに、どうしてアルカスに決定権があるの?

 天気のことってナンダヨ?


 と思ったが、今の実季子は、この世界で一人では生きていけない。

 完全にアルカスにおんぶに抱っこなのだ。文句など言えるはずもない。


「ミキコさま、どうぞ。」

 アピテがティーテーブルと椅子を用意してくれて、そこにソフィアがお茶と焼き菓子を出してくれる。

 礼を言って椅子に腰掛けると、絶妙なタイミングでアルカスが部屋に入ってきた。

「ミキコ、ダンスは無理だって?」

 何時になく上機嫌で訪ねてくる彼に、少し口を尖らせながら、頷いた。

「良い。ダンスなど踊らなくとも、舞踏会の時は、私と一緒にいれば良いのだ。

 そうすれば、踊りに誘われることもない」

 そう言いながら、アピテが用意した実季子の目の前の椅子に腰掛ける。

「ミキコ、明日は共に城下に行こう」

 珍しい。陛下が、嬉しそうだ。

 眉間にいつもの皺はなく、ちょっぴりだけど口角があがって、目尻が下がってる。

 実季子もなんだかウキウキしてきて、笑顔で答える。

「何処に行くの?」

「仕立屋に行って、ドレスを作ろう。その後、甘味を食べに行くか?好きだろう?」


 どうしちゃったの?

 こんなに嬉しそうな陛下は、初めて


 ドキドキして、心の中の嬉しいが溢れそうだ。

「フフフフフ……」

 気がついたら、笑っていた。

「ドレスは、既製品をお城に持ってきてくれていたでしょう?

 陛下が、外に出ると危ないからって。なのに、城下に行っても良いの?」

「建国祭のドレスは、流石に採寸せねばならないからな。

 店に行けば、布地も見られるだろう?ミキコが好きな布を選んで良いぞ。

 それに、この国において、私以上の護衛はいない。安心しろ」


 窓から差し込む陽の光を受けて、アルカスの金色の目がキラキラ輝いて見える。



 ホントに何て綺麗なんだろう

 ずっと見ていたい

 青白く内から光るような銀の髪も、目元に影を落とす長い睫毛も、高い鼻梁も、低い声も、硬く大きな掌も

 全部ステキ

 アルカスを見てると、ドキドキが止まらなくなる

 こんな気持ちを何と言うんだろう?

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