イリニ1
実季子がペラスギアに来て、20日ほどがたった。
-実際には、此方の世界では日付を永遠に366日まで数えるだけだそうで、1週間とか、1か月などの概念はないそうだ-
実季子の身の回りの世話と、スケジュール管理をしてくれているのは、宰相補佐シメオン・キラートの妹、イリニ・キラートだ。
ダークブロンドの髪を一つにまとめて上げて、城の侍女のお仕着せを着ている。
実季子よりも、少し年下の彼女は明るく人懐っこい性格で、優しいグリーンの瞳で微笑みながら、いつも実季子を気遣ってくれる。
ご多分に漏れず背の高い
-180センチあるらしい-
彼女だが、人狼族の中では、一般身長らしい。
気遣いの出来る彼女は、いつも実季子と話したり、実季子が用があると察する時は、少しかがんだり、腰をおとしたりしてくれるので、首が痛くなって困ることもない。
実季子の世話を誰がするのかとなったときに、アルカスは、わざわざイリニの母でアルカスと、エラトス兄弟の乳母であるソフィアの所に行って頼んでくれたらしい。
---実季子が此方に来ることになったときに襲って来た、黒いコートで目深にフードを被った線の細い男とは、恐らく先の戦で争ったプレギアースの王、ドマクの手の者であろうと推測されたからだ。---
身元が確かで、信用がおけ、口が堅く、腕に覚えもあり、更に実季子の世話を任せるに不安のない女性は、イリニしかいないといったらしい。
イリニから、『ミキコさまは、アルカス様に大切にされておいでですね〜』
と、嬉しそうに言われた。
実季子は、当然お風呂も1人で入れるし、着替えも自分で出来る。
専属侍女など大袈裟だとアルカスに言ったが、実はそんなに甘くなかったのだ。
此方のドレスは、小さなくるみボタンが、ズラッと背中側についたデザインや、何枚も服を重ねるから、何からどう着て良いのか分からない。
髪を結うのも1人では出来ない。
天然パーマでクルクルに巻いた髪を、ゴムで一つにまとめたり、バレッタやクリップで適当にまとめ上げるくらいしかしていなかった実季子にとって、朝から髪を結い上げ、ドレスを着て、化粧を施すなんて事は1人では無理だったのだ。
また、実季子の世界とは文化が違い戸惑うことも多い。
そんな実季子のフォローをして、常にそばにいてくれる頼れる人物が必要だった。
実季子の専属侍女として城に上がったイリニは、城の一角に部屋があるらしい。
ただ、夕食が終われば、特に主だった予定もなく、お風呂に入るのもその後着替えるのも自分一人で困らない実季子は、手伝いを必要としないため基本的には、イリニの仕事は夕方で終わる。
そのため、夜は王都の城近くにある自宅に帰っている。
イリニに聞いた話だと、シメオンもよほど仕事で遅くならない限りは自宅に帰っているらしい。
時間があると、兄であるシメオンのことや、アルカスやエラトスと遊んだ幼い頃の話、時には恋バナなんかも話してくれる。
彼女は、好きな相手がいるらしい。
今まで、好きになった人くらいはいたけれど、最近、とんと恋愛にご無沙汰、しかも、経験値と呼べるほどのものもない実季子にとって、羨ましい話だ。
そして、教養や、歴史、帝国の概要などの勉強をしている実季子だが、イリニがいると色々な分からないことを教えてもらえる。
彼女は、宰相補佐シメオン・キラートの妹。
キラート侯爵家の娘なのだ。
当然のことながら、実季子が学んでいるほぼ全ての事は習得済みだ。
しかも、講師達が勿体振って小難しく話す内容も、イリニに聞けば、噛み砕いて分かりやすく話してくれるのでとても理解しやすい。
わざわざ実季子のためにつけてくれている講師達のことを悪く言うつもりはないが、出来ればもう少し砕けた言葉で話してくれると良いなと感じざるを得ない。
こちらの世界に来て、日にちが経ったが、エラトスは変わらず、実季子を見かければ威嚇してくる。
シメオンはとても礼儀正しく接してくれるが、ビジネスライクな関係からは抜けない。
アルカスも実季子のことを気にかけてくれて紳士的ではあるが、表情の乏しい彼は、何を考えているのか今ひとつ分からない。
しかも、この帝国の皇帝陛下だ。
どう接して良いものやら、正直、距離感を計りかねているのだ。
その点、侯爵家の娘とは言え、歳が近く同性でもあるイリニは、実季子とも屈託なく話が出来て、こちらで気を許せる人のいない実季子にとってありがたい存在になった。
イリニは実季子のお茶の時間に、厨房にティーセットを取りに行ったが、いつもの厨房スタッフがいない。
キョロキョロしていると、メイドのお仕着せを着た年若い女の子が入ってきた。
イリニと同じ頃に、ラキア領からやって来た子だ。
「イリニさん、厨房スタッフは皆、建国祭の晩餐会の打ち合わせをしてるのよ。
いつものお茶の用意は、奥の作業台に用意してあるって言ってたわよ。
それと、シェフがクッキーをくれたの。
ひとつあげるわ」
働き者で、愛想のいい彼女は、誰かに何かもらうと、こうして近くにいる人にお裾分けしているのを見かける。
イリニは、彼女に礼を言い、貰ったクッキーを口の中にポイッと放り込んだ。
甘い物には、目がないのだ。
母に見られたら、行儀が悪いとお小言を食らうところだが、厨房には誰もおらず、イリニだけなので許して貰おう。




