実季子の仕事
翌日には、筆頭技術士であるクレオン・ステファノがやってきた。
彼を見て、実季子ははじめ、人狼族ではないのかと思った。
背の低い実季子に比べれば、かなりの長身だが、アルカスやエラトス、シメオンと比べても、かなり線が細い。
身長も低めな方だと思う。
焦茶色の目にかかりそうな程伸ばされたボサボサの頭に、目が悪いのかメガネをかけている。
人狼族は、狼なだけあって皆物すごーく目が良い。
小さな虫も見つけるし、遠くにいる人も誰だか分かるらしい。
なのに、メガネ。
おまけに、愛想が全くない。
「私は、筆頭技術士のクレオン・ステファノです。
シメオン様から、此方に来るようにとの指示で参りましたが、私には任されている開発途中のプロジェクトが幾つもあるので、忙しい身です。
出来れば、完結にお話をして下さることを……ゴフゥッ。」
そう言った彼の脇腹を、一緒に来ていた技術士補佐だというペトラ・サマラスが、渾身の肘鉄で突いて黙らせた。
「ミキコさまでいらっしゃいますね?
初めまして。私は、技術士補佐のペトラ・サマラスと申します。
本日は、お時間を頂きありがとう御座います。
此方のクレオン筆頭技術士は、仕事は出来るのですが、言葉が不自由でして……
ホホホホホ。
私が変わりに、通訳を務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」
ペトラは、グレーの髪の毛を一つに三つ編みにして肩の横に流している。
髪よりも濃いめのグレーのつり目を、興味深そうにキョロリとさせて実季子を見ると、ニッコリとクレオンとは対照的に愛想良く微笑んで、礼をする。
実季子も、なるべく丁寧に礼をした。
簡単な、マナーは習ったが、まだ慣れていないので上手く出来たか自信がない。
「ミキコ・ツキモリです。伺っております。
此方こそ、有意義なお話が出来るのを楽しみにしておりました。
よろしくお願いします。どうぞ、お入りください」
二人が訪れると聞いていたので、開発中の秘密事項が関係する話が出るかもしれないと思い、侍女達には、用があれば呼ぶので、下がっていて欲しいとお願いしていたので、部屋には誰もいない。
お茶の入れ方を、先日マナーの授業で簡単に教えて貰っていたので、チャレンジしてみる。
でも、いつもは侍女が入れてくれるので、全く練習する機会が無かったため、上手く出来たかこれも自信がない。
どうぞと、茶を勧めると、クレオンは、チラリとこちらを見ただけで、手を付けようともしない。
焦げ茶のボサボサの髪をかきあげて、頭をぼりぼり掻きながら、面倒くさそうに椅子にふんぞり返って座っている。
そんなクレオンをペトラはギロリと睨むと、
「いただきます」
と言って、お茶を一口啜った。
さて。どう話を進めたものか。
悩んでいると、ペトラが口火を切ってくれた。
「今回、私どもは、シメオン様からのご指示でお部屋にお邪魔しましたが、シメオン様は、以前にミキコさまから伺ったお話に非常に興味を持たれていたようです。
メモを取って参りましたので、其方を見ながらお話をさせて頂いても構いませんか?」
「はい。勿論です」
答えながら、彼女は、コミュニケーション能力が高そうだなと、感心した。
「えーっと、耳慣れない言葉でしたので、果たして合っているのか分からないのですが、ミキコさまのお国では、明かりは、デーキによって火が灯されていたとか。
それから、離れた相手に連絡を取り合う機械があったと聞き及んでおります。
また、移動手段は、馬や馬車ではなくデーキや、ガリンと言った燃料を使って動く、人が操作できる乗り物があったとか」
以前に、シメオンに実季子の世界の説明をした際に、離れたところにいる人との連絡を取り合う手段として、電話があることや、移動手段として、ガソリンという燃料をエネルギーとして動く車や、電気を使って動く電車という箱型の乗り物などがあると言う話をしたことがあった。
シメオンはその話を覚えていたのだろう。
「大変興味深い話です。
詳しく伺いたいのですが、ミキコさまもお忙しいということで、時間を制限されています。
一先ず、本日は2時間以内でとのお達しですので、出来れば今、私がメモに取った話をもう少し詳しくお話願えればと思いますが、如何でしょうか?」
そっか
私の元の世界の話をするとややこしくなるから、違う国から来たって設定なんだ
それにしても、一言言っておいて欲しいなぁ……
心の中で愚痴りつつも、実季子はペトラに返事をした。
「分かりました。説明が下手で、分かりづらいかも知れませんが」
と、前置きする。
「先ずは、電気についてざっくり説明しますと、灯りを付けたり、機械を動かしたり、また、乗り物なども動かすことの出来るエネルギーの事です。
そのエネルギーを、灯りを付ける機械に流すことによって、灯りを灯すことができます。
また、電話と言った機械を各家で、若しくは各自で持っていて、電話と電話を繋ぐ、電波と言う空気中に放射される目には見えない波を、送る側と受ける側で繋げることによって、離れた相手と話すことが出来ました。」
実季子は、簡単な絵を紙に書きながら説明した。
嫌そうに仰け反り返っていたクレオンもテーブルに置かれていたティーカップを横に退けて、実季子が描く絵を覗き込んでいる。
「また、車輪がついていて、人が乗れる箱型の乗り物に電気や、ガソリンと言ったエネルギーを動力にして人が操作して動かし、移動手段としていました。
馬、単騎がおよそ30㎞程の早さが出たはずなので、その倍の速さ60㎞程の速さで走っていました。
もっと、早いスピードを出すことも可能です。
ただ、整備された道でなくては危ないのと、早さが出る故に事故が起こりやすく、事故が起こった場合は、人の命が奪われることもまれではありません。
一応、ペトラさんのメモに関しての説明は、簡単ですがこんな感じです」
本当は、クレオンやペトラのしている開発について聞きたかったが、秘密保持の観点から簡単に話せないことも多いだろうし、今日会ったばかりの人間に対して、ベラベラ喋ってくれるとも思えないので、尋ねるのは控えることにする。
実季子の説明が終わると、クレオンが間髪入れずに尋ねてきた。
「ミキコの話を聞くと、我が国における魔力がデーキというエネルギーに相当すると思う。
現在、魔力は液体状やジェル状、固形状などにして使用している。
今は、灯りも火を灯して光を採り入れているが、近いうちに、この魔力を可視化したものによって簡単に光が灯り、危険でない物を開発中だ。
ミキコの国では、デーキはどのような形にして供給されていたんだ?」
「私達の国では、電気を通す線を各家庭や建物など、電気を生産した場所から需要がある場所まで繋いで、線を通して供給していました」
「なるほど、便利だが、そこまで整備するには膨大な時間と金がかかるな。
将来的には考えられる1つの選択肢としてあげておくとして、やはり見える形で扱いやすく加工して供給した方が良いな。
ミキコ、灯りを付ける事の出来る機械についてだが……」
初対面で胡散臭そうに実季子を見ていたクレオンだが、人が変わったように接してくる。
メガネの奥から覗く茶色の瞳がキラキラしている。
ペトラは、苦笑いしながらクレオンをチラリと横目で見ると、実季子に向かって肩をすくめてみせた。
結局その日は、2時間以内なんて言っていたが、気が付けば夕方だった。
シメオンに言われて実季子を呼びに来た侍従がのぞきに来たときには、ティーテーブルだけでは足らず、部屋にあった他のテーブルを持ってきてくっつけ、ティーカップは邪魔になるので、端の方に片付けられ、3人が書き散らかした紙が部屋のあちこちに散乱していた。
「ミキコさま、本日は執務室の隣の部屋でお夕食を召し上がるとのことです。
ご案内致しますので、お部屋においで下さい」
「あっ、はい。分かりました。ありがとう御座います」
クレオンとペトラに向き直る。
「今日はありがとう御座いました。とても有意義なお話が出来て、充実した時間でした」
丁寧に挨拶すると、クレオンが実季子に被せ気味に言った。
「ミキコ、明日は忙しいのか?出来れば今日の続きを話したい。
と言うか、私の下で働け。お前なら、直ぐに技術士になれるぞ」
現在、実季子のスケジュールは、シメオンに決められている。
シメオンに聞いてみないことには、返事が出来ない。
しかし、一緒に働こうと誘われるなど、ある程度認めて貰えているのだと感じて嬉しかった。
事実、とても充実した時間だった。
「ありがとう御座います。クレオンさん。
どの程度までお手伝いできるか分かりませんが、調整できないか聞いてみます。
ちょっとお時間貰えますか?」
「分かった。良い返事を待ってる。じゃあな。ミキコ」
片手をあげたクレオンに、実季子は微笑んだ。
「じゃあ、私、今日はこれで。
クレオンさん、ペトラさん、今日は本当に、ありがとうございました」
実季子は礼をすると待っていた侍従について出ていった。
シメオンは、侍従の報告を聞いてこめかみがズキズキと痛んだ。
我が国の筆頭技術士は、仕事はとてつもなく出来るが、他が全く、全く駄目だ。
ミキコさまを呼び捨てとか。
これが、あの面倒くさい、嫉妬深い、朴念仁の耳に入れば、先ずは自分に嫌味を言ってくるに違いない。
しかし、クレオンに言ったところで、どうせ仕事以外の話など聞かないのだ。
早急にペトラ技術士補佐に釘を刺しておいた方が良いだろう。
シメオンは、こめかみをグリグリ親指で揉みながら、ペトラを呼ぶように侍従に言付けた。
アルカスの執務室の隣の部屋は、休憩したり、来客を通して応対したり、簡単に食事をしたりと様々なことに対応できるように整えられている。
テーブルには、食事の準備が整えられており、アルカスが席に着いていた。
「ミキコ、今日は、まだ執務が終わらなくてな。ここで食事を取ることにしたのだ」
実季子は、食事をとりながら、早速、今日、クレオンに打診されたことをアルカスに話した。
「なるほど。そんなに、あのクレオンに気に入られたか。
残念ながら、クレオンの部下にすることは出来ないが、スケジュールが空いているときにクレオン達の仕事の手伝いをするのは問題ないだろう。
ただ、クレオンも気紛れに手伝われても困るだろうから、きちんとミキコのスケジュールと照らし合わせた方が良いな。
今、ミキコに専属の侍女をつけようと思っているから、侍女が来たら、彼女にスケジュール管理も頼めば良い」
アルカスは、そう言いながら何時もの如く凄い量を美しい所作でペロリと食べた。
「ところで、陛下に聞きたいことがあったんです」
アルカスは、食事を続けながら目で続けるように促す。
「陛下って、幾つなんですか?前に、私の歳は聞いたでしょう?
だけど、私は皆の年齢知らないなって思って」
「私か?私は、35だ。エラトスが32。シメオンは、36だ。私達は乳兄弟でな。
子供の頃は、一緒に育ったようなものだ。
シメオンの下に妹が一人いてな。いつも4人で遊んでいたよ。
実は、その彼女にミキコの侍女について貰えるよう頼んでいる。
シメオンのように、意地の悪くない良い子だよ」
アルカスは、昔を懐かしむように、ほんの少し表情を和らげて、実季子に言った。




