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5 「1番の」「お気に入り」

 



 ユーグ様は続ける。

「けれど最初は隠すつもりはなかったはずです。ライルは新しいハンカチを購入していました。アイツは次の夜会でそれを貴女に渡してお礼を言って、交際を申し込むつもりだったんですよ。でも結局、貴女に話しかけるタイミングが見つからなかったようです。まあ、ライルは常にたくさんの令嬢に囲まれてますからね。下手に動けないのも分かります。でもボヤボヤしていたら貴女が他の男と婚約してしまうかもしれない。焦ったアイツは、両親にどうしても貴女と結婚したいと打ち明けた。それで、侯爵家からの突然の婚約申し入れとなったわけです」

「なるほど。降ってわいたような申し入れで驚きましたけど、そういうことだったのですか」


 ちなみに新しいハンカチはいまだに頂いていない。それを渡せばゲロ吐き男だとバレるからですわね、きっと。ライル様は、もう正式に婚約が調ったのだから敢えて恥ずかしい事実を明かす必要はないと思っていらっしゃるのだわ。でも、そこを隠してしまわれたから、私は疑心暗鬼に陥ってしまって、とても不安だったのに……ライル様の恰好つけ!


「ライルの両親、私にとっては叔父叔母ですが、最初はとても驚いてましたよ。顔と家格目当てで寄って来る女性達にいい加減辟易していた息子が、ついには媚薬まで盛られて女性不信に陥るのではと心配していましたからね。そこへ突然『結婚したい女性がいる』って、思いつめたライルの告白でしょう。叔父も叔母も、びっくりしたようです」

「それはそうでしょうね……」

「でも一人息子が初めて本気で愛せる女性に出逢えたのだと、叔父も叔母もとても喜んでました」

 ユーグ様は笑顔でそうおっしゃった。


「それが、私でいいんでしょうか?」

 つい、本音がこぼれる。

「パニーラ嬢?」

「あ、いえ。何でもありません」

「パニーラ嬢。ライルは本気です。貴女はアイツから逃げられませんよ。ふふふふふ」

 ちょっとちょっと何ですの。その不気味な笑いは。



 翌日、私は侯爵家にお見舞いに行った。

「パニーラ。昨夜はすまなかった。貴女を送ることも出来ずに……本当に自分が情けない」

 ライル様は、容態は落ち着いていらしたけれど、気持ちが落ち込んでいらっしゃるようだった。まぁね。女に媚薬を盛られて婚約者のエスコートが出来なくなるなんて、殿方にとっては屈辱的ですわよね。

「ライル様のせいではありませんもの」

「う……ん」

 沈んだ表情のライル様……。私は思わず自分の手をライル様の手に重ねた。

「今度からはライル様のお側を絶対に離れないように致します。私が他の令嬢達に睨みをきかせますわ。貴方を守ります」

 ライル様は実に微妙なお顔をされた。

「あの……パニーラ。私は男だ。貴女に『守ります』と言われるのは、その……複雑な気持ちになる」

 え? 私の言葉のチョイス、ダメでしたか?

「ごめんなさい。私、昔から可愛い台詞が出て来ない女なんです」

 そう……それが私クオリティ……残念である。


「パニーラは誰よりも可愛い。女性らしくて優しい。それでいてしっかり者で芯が強くて。貴女は本当に魅力的な女性だ」

 ライル様は、私を真っ直ぐ見つめて、そうおっしゃった。

「ライル様……買い被りですわ」

「いいや。パニーラは素晴らしい女性だ。私の全身全霊が貴女を求めるんだ。誰にも渡したくない。貴女が欲しい。他には何も要らない」

 ん? 

「フィルマンのことは忘れてほしい。貴女が忘れてくれないと、私はアイツに何をしてしまうか分からない。できれば、貴女の妹の婚約者に酷い事はしたくない」

 ゲーッ!? 脅迫!? はい! ヤンデレ確定!

「わ、忘れました! フィルマンのことは、ただ今を持ちまして綺麗さっぱり忘れ去りましたわ!」


「本当に?」

「本当ですわ」

 私の言葉を聞いて、ライル様は嬉しそうに笑った。いやいやいや、人を脅しといて何じゃい、その爽やかなキラキラ笑顔は!? うっ! イケメンが眩しい!

「良かった。あんなヤツより私を選んで良かったと貴女に思ってもらえるように何でもする。絶対に後悔させない。必ず幸せにする。大切にする。結婚して何年経っても絶対、絶対、パニーラを大事にする。これからは貴女を幸せにする為だけに生きるからね」

 うゎ~、お腹いっぱいだわ~。

 昨夜、馬車の中でユーグ様がおっしゃった、

「貴女はアイツから逃げられませんよ。ふふふふふ」

 という不気味な台詞が甦る……ぞわっ




 私とライル様、妹アリスとフィルマンの4人で、午後のひと時を我が家で一緒に過ごしている。お茶を飲みながら和やかに、他愛無いおしゃべりをしていた。のだが……

 アリスの一言で場の雰囲気が変わった。

「私、結婚して女の子が産まれたら『パメラ』と名付けたいの。可愛い名前でしょう?」

「却下だ」

 えっ? ライル様、何? 突然。

「ライル様?」

 アリスがきょとんとする。

「アリス。残念だったな。『パメラ』は、私とパニーラに女の子が産まれたら付けようと思ってる名前だ。譲れない」

「えーっ!? ライル様、横暴ですよ!」

 アリスが口を尖らせる。

 私は、ライル様が結婚する前から子供の名前を考えていることに驚きだわ。


「お姉様~。ライル様が横暴過ぎます! 何とか言ってくださいませ!」

「アリス。その名前は貴女の娘にあげるわ」

 私は微笑みながら言った。

「パニーラ! 『パメラ』は私たちの間に産まれる娘につける名だ!」

 ライル様ったらムキになっちゃって。そんなにその名前がつけたいのね。


「ライル様。実は以前から将来娘が産まれたらぜひ付けたいと思っていた名前がありますの。私が1番、気に入っている、それはそれは可愛い名前ですのよ」

 アリスが反応する。

「お姉様のお気に入り? 1番? ですの?」

「ええ、そうよ。アリス。だから『パメラ』という名は貴女とフィルマンの子供につければいいわ」

「パ、パニーラ……?」

 戸惑っているライル様に私は目配せをした。以前、ライル様には話したことがあるのだ。私の「1番の」「お気に入り」を欲しがる妹について。私の目配せで察したらしいライル様。私に頷いてみせた。


「お、お姉様。そのお気に入りの名前と言うのは?」

「アリス、聞きたい?」

「ええ、お姉様」

「では、アリスだけに特別に教えてあげるわ。まだライル様にも教えていないのよ、うふふ」

「お姉様! 嬉しい!」

「アリス、耳を貸してごらんなさい」

 私はその場で思いついた適当な名前をそっと耳打ちした。アリスだけに聞こえるように小さな声で。


「ね? とっても可愛い名前でしょう?」

「お姉様、私の子にその名前ください!」

 フィルマンが慌てて声をかける。

「アリス、いくら何でも調子が良過ぎるだろ」

「フィルマンは黙ってて! ねえ、お姉様、お願い!」

「でもね、アリス。私、その名前が1番気に入ってるのよ」

「お姉様~! お願い!」

「もう! 仕方のない子ね。アリスだから特別に譲ってあげるわ」

「ありがとう! お姉様!」

「じゃあアリス。私とライル様に女の子が産まれたら『パメラ』とつけるわね」

「はい! お姉様!」


 ライル様は俯いて肩を震わせている。フィルマンはそれを見てオロオロしている。もしかしてライル様が怒ってると思ってるのかしら? 

「ライル殿、申し訳ない。アリスは昔から我が儘なんです」

「い、いや、いいんだ。気にするな」

 ライル様、笑いを堪えてるから声が震えてますわ。


 その後、アリスとフィルマンは二人で街に出かけた。アリスの買い物にフィルマンが付き合わされるようである。


 私とライル様は我が家の庭を歩いている。

「ライル様。私、最近気付きましたの。アリスとフィルマンは思った以上にお似合いのカップルだと」

「確かに、私もあの二人はお似合いだと思うな」

「うふふ。そうでしょう」

「もう、フィルマンに未練はないの?」

「ええ。アリスの我が儘に振り回されているフィルマンを見ていたら、もう将来の義弟おとうととしか見ることが出来なくなりました。彼と私は同い年ですけれどね。ふふふ」


 ライル様が私の肩を抱き寄せる。

「私とパニーラもお似合いだと思わないか?」

「ライル様は素敵過ぎて、私には勿体ないですわ」

「パニーラ。愛してる。そんな冷たいこと、言わないでくれ」

「ライル様は本当に私でよろしいのですか?」

「パニーラじゃないとダメだ。必ず幸せにするから、私を愛してくれ。頼む」

「ライル様……」

「パニーラ。好きだ。貴女だけだ」

 そう言って、私に口付けるライル様。

 うぉ! イケメンのキスって、すごい破壊力ですわね。何だかもう、全てを委ねてもかまわない気がしてきましたわ。アブナイアブナイ。


 深呼吸をして心を落ち着かせた私。

「ところでライル様。まだ私にハンカチをくださらないのですか? あの時お貸しした物の代わりに、新しいハンカチを買ってくださったのでしょう?」

「ハンカチ? ……えっ!? なぜ、それを!? どわぁ~!? まさかあの時のことを!? ぐわぁ~! あの格好悪い姿を!? うぉ~! パニーラ! あれは私じゃない! あのゲロ吐き男は私じゃないんだ! い、いや、私だけど私じゃないんだぁ~!」

 悶え過ぎですわよ、ライル様。私はイケメン百面相を堪能した。





 翌年、私とライル様は結婚式を挙げ、夫婦になった。

 ライル様は宣言通り、妻となった私のことを、それはもう大事にしてくださる。いつも何よりも私を優先し、精一杯愛して下さるライル様。想像してみてほしい。とびきりのイケメン夫が全身全霊を傾けて愛してくれるのだ。絆されない妻がいるだろうか? いつの間にか私は、ライル様のことを誰よりも愛しく想うようになっていた。

 結婚から1年後に女の子が産まれ、勿論ライル様はその子に「パメラ」と名を付けた。どうしても私の名前「パニーラ」に似ている、その名を娘につけたかったのだそうだ。

「だって『パ』と『ラ』が被るんだよ!」

 と嬉しそうなライル様……う~ん、何故それがそんなに嬉しいのか、いまいち理解できないが、ライル様が満足そうなので良しとしよう。

 さらにその翌年には男の子にも恵まれた。

 いつしか社交界で、ライル様と私は仲睦まじい夫婦の代名詞となっていた。いやん、恥ずかしいですわ。


 妹アリスとフィルマンは、私とライル様が結婚した3年後に式を挙げた。

 アリスは、もうすぐ初めての子を出産する。出産予定日が近付き、何故かアリスよりもフィルマンの方が緊張している。こちらの夫婦も仲のよろしいこと。


 私と妹は、現在も家族ぐるみで楽しく付き合っている。

 アリスは人妻となった今も我が儘だ。相変わらず私の「1番の」「お気に入り」を欲しがる。いつまでも子供のようね。フィルマンに窘められても聞いてはいない。さすがアリス。




 けれど、彼女が私の本当に大事なモノを奪うことはない。

 私の真の「1番の」「お気に入り」は、妹には内緒なのだから……


 ライル様は、今もこれからも、ずっと私だけのモノだ。













 終わり

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