事件---1
ここから大幅に書き直してあります。
以前読んだことがある方は、ここから読み直していただくことをおすすめします。
一年後。
瑞希と織姫は、山間イチの傭兵兼狩猟者のパーティーとして名を馳せていた。
一真が姿を消してすぐは大いに荒れていたものだが、それを見かねたシスター、セレナイトがパーティーに加わってからは、かなり安定して仕事をこなせるようになっている。
ちょうど今も、三人は一週間に渡る亜豚間引きの依頼を達成し、山間への帰路を辿っているところだった。
全身鎧を着込み、背中には“大帝”と呼ばれるようになったあの大剣を背負った瑞希に、緑色のローブを羽織り、茶色い斜め掛け鞄を提げている織姫。
瑞希の表情はより凜々しく引き締まり、一挙手一投足には実力者に特有の重みが備わっている。
織姫の方はボブスタイルだった髪の毛が肩甲骨の辺りまで伸び、頭の横の髪をハーフアップにまとめていた。行動がふわふわしているところは変わらないのだが、女性的になったその髪型と生来の優しげな目許から、何でも受け止める包容力を醸し出されている。
そしてもう一人、シスターセレナイトは、その身を修道服に包んでヴェールを被り、身の丈よりも少し大きい程度の木製の杖をつくといった風体だった。織姫と同じく茶色い鞄を肩から提げ、二人に歩調を合わせてゆったりと歩みを進めている。
周りの植生が変わってきたことに気付いて、思わずといった様子で瑞希が口を開く。
「この景色も懐かしいねぇ」
穏やかな笑みを浮かべたセレナイトが、その言葉に応えた。
「一年近くも過ごした町を、一週間も離れていたんですものね」
「亜豚の間引きなんて、あんまり気持ちの良い仕事でもないしねー。確かにこの木々を見ていたら、リフレッシュできるよね」
織姫が続ける。
その身体に日の光を浴びて、めいっぱいののびをした。
心底気持ちよさそうに、織姫の目が細くなる。
他の二人もそれを見て、自然に顔が笑み崩れた。
この一週間、慣れない環境やいつ襲われるか分からない不安と戦っていたがゆえに、見慣れた山間周辺の植生は、三人に安心感を与えるのだった。
とはいえ三人はこの一年間、傭兵として戦い抜いてきたという経験がある。
安堵を抱えながらも、路面の状況に気を配ったり、不自然に枝が折れていないか確認したりなど、一切の警戒を怠っていない。
彼女等がこの世界の住人たちにほどよく馴染んできた証だった。
その結果、何ごともなく、無事に山間の村に辿り着く。
三人はまずギルドに顔を出して、依頼達成の報告と道中に集めた素材の換金を行った。
一週間の成果はかなり膨大で、それら全ての用事が終わった頃には、とっくに陽は沈んで、活動ができない時間帯になってしまう。
三人はそのまま、ギルドの酒場を利用しての慰労会を開くことにした。
ウェイターに適当な料理などを注文し、丸い卓の上に適当に見繕った料理を並べる。
瑞希と織姫は果実酒を、セレナはジュースをそれぞれ手に掲げる。
他の二人の視線を受けて、瑞希が咳払いをした。
「んんっ! 今回も無事、依頼が達成できましたー。オークを討伐しに行くなんて初めてのことだったけど、セレナちゃんの優秀な回復魔法と織姫ちゃんの素敵な危機察知能力のおかげで、大きな怪我もなく五体満足に帰ってくることができました」
「みずきちゃんの的確な引き付けと水魔法の拘束があってこそだよ~!!」
「前衛として、ミズキさんほど頼りになる方もなかなかいませんからね」
二人の反応に、むず痒そうに背筋をくねらせる瑞希。
「えーい、茶化すな茶化すな! ……とーにーかーく! 今回の依頼達成を祝って、乾杯!」
「「かんぱーい!!」」
一気に杯をあおる三人。
ほっと息を吐いた拍子にちょうど目が合い、三人してくすくすと笑い合う。
誰からともなく料理に手を伸ばし、腹を満たし始めた。
チーズの一欠片を口に入れた瑞希が、強すぎるチーズの香気に涙目になりながらも口を開く。
「けどさー、なんか言われてたよりも簡単に依頼がこなせた気がするよねー……」
ミックスナッツをちびちびとつまんでいたセレナが、それを受けて視線を上げ、口の中のものをジュースで飲み下してから言葉を返す。
「それ、ミズキさんの剣技とオリヒメさんの直観があってこその感想なんですよ?」
「……そうなの~?」
燻製肉にしゃぶりついていた織姫が食いつく。
「ええ。普通の村人からすれば、オークは恐怖の代名詞。一匹姿を確認したら周囲に十匹はいると思え、と教えられるほど身近で、その上災害にたとえられるほど強い魔物なのですよ」
「うへー……。どっかの黒光りする昆虫みたい……」
「あーでもたしかに、わたしがはぐれもののオークを見定めて、それにしかケンカをしかけなかったもんね~」
「お二人の力量は、それぞれ一国の騎士団や魔術部隊に匹敵すると言っても過言ではありません」
「え~! それはないよぉ!」
「あはは、それは確かに盛りすぎとしか思えないかなー」
「いえ、真実なんですって!!」
「「あはははは」」
楽しい食事は、食べ物も飲み物も、いつもより多く摂らせてしまう。
ついつい杯を重ねて、瑞希も織姫もそれなり以上に酩酊していた。
ダン!!
目の据わった瑞希が、杯を卓に叩き付ける。
彼女の怒気に合わせて、杯の中の酒がゆらゆらと躍った。
杯に手を添えたまま、背もたれに勢いよく背中を預ける。
「一年経っちゃったよ」
眉間にシワを寄せて天井を仰ぎながら、吐き捨てる。
織姫の唇が、への字に歪んだ。
セレナはそっと立ち上がり、二人の間に割り込むと二人の肩をはっしと抱き寄せる。
二人の頭を豊満な胸に埋めさせ、希望とエネルギーを送り込むかのように全力を込めて抱え込む。
二人は力なく、されるがままになっている。
三人で、言葉もなく抱き合っていた。
涙は一滴も流れていないのに、その三人のまとう空気は、何よりも雄弁に悲しみを物語っていた。
瑞希が首を振ったのを機に、三人の距離が開く。セレナは自分の席に戻り、二人の瞳を覗き込みながら切り出す。
「あえて訊くね。……カズマくんとの間に、何があったんですか?」
その名前を聞いた途端、織姫の双眸から涙が溢れ出す。
瑞希の、表には出てこない感情と共鳴して、後から後から涙が噴き出していた。
その瑞希の方は、表面上はただただ超然と、無表情で燭台に立つ蝋燭の焔を見つめていた。
ポツリと呟く。
「なんてことないよ。ただ、バカな女が、……女たちが。ろくでもない男に引っ掛かったってだけ」
瞳に映る火影に合わせて、やりきれない感情が熾のように揺れる。
「もう一年経ったし、時効だよねー……。セレナちゃんには一年も黙ったまんまだったし、今から話すね」
時効などという、普通であれば加害者が使うような言葉をもらし、瑞希が織姫に視線をやった。
織姫はひたすらにこぼれ出る涙を袖口で拭いながら、うん、うんと頷く。
その袖は、涙を吸いきらないほどに濡れていた。
「あんまりっ、……楽しい話じゃないんだけど。………はぁ。ちょっとだけ付き合ってよ」
なんとか涙を抑え込んだ織姫と二人で、セレナをしっかりと見返しながら、瑞希は訥々と昔語りをはじめた。




