番達の楽園(つがい、それは運命の二人。悲恋)2
―――この世界の人々には、|番と呼ばれる運命の片割れがいる。それは例外などなく、生まれるタイミングの差や出会うタイミングの差はあれど、殆ど必ず出会えると言われる片翼だった。
けれども極一部の人々、それは本当に不幸な偶然としか言い表すことなど出来ないタイミングで番と出会えなかった人々が居る。
そう、それは僕の片割れである彼女のように……。
彼女の死の原因は、自殺だった。
僕の片割れである彼女は、二十歳の誕生日を迎えても番―――僕と出会うことが出来ず、自分の両親には『過去に番無しが住んでいた修道院へ行く』と嘘を付き、夜明けを待つことなく、自室で一人首を掻き切った。
僕は、僕は何をしていたんだろう? ずっと探し求めていた、自分だけの番。魂の片割れ。そんな存在を、僕は出会った直後に失った。
僕が部屋の扉を空けた瞬間、彼女は既に自分の喉にナイフを当てていて、目が合った瞬間、ほんの一瞬の間に彼女の首から血が噴き出した。多分、僕は叫んでいたのだと思う。ぐらりと倒れる彼女を抱き止めようと手を伸ばすけれど、短い腕は空を掻き、彼女は音を立てて床に倒れ伏した。
目が合って、直ぐに分かった。彼女だと。彼女こそが僕の片割れだと。
彼女の首を必死で押さえつけるけれど、大きな血管を切ったからなのか、血は止まらず、彼女は眩しそうに目を細めるだけで、僕を誰とも認識してはいないようだった。当然だろうけれど、彼女の目から光が失われたのは直ぐの事で、僕は覚えたばかりの彼女の名を悲鳴のように叫び続けた。
僕の叫び声が余程酷かったのか、彼女の両親が部屋に駆けつけたのも、本当に直ぐのことだった。
彼女の両親は廊下に座り込み、這う這うの体で彼女の体に手を伸ばす。無意識に彼女を守ろうとして僕が彼女の両親を睨み付けると、彼女の母親が悲鳴を上げて倒れ、父親はパニック状態に陥り、遠巻きに見守っていた使用人達がすぐさま彼女の両親を介抱する。
僕をこの屋敷に連れてきてくれた役人は、呆然とした様子で立ち尽くすばかりで、僕は必死で彼女を守ろうと、既にこと切れた彼女の躯をただひたすらに抱きしめていた。
*
彼女の遺体を身綺麗に整えて、冷たい土の下に埋める。それがあまりにも辛くて、僕は喉が枯れるのも構わず泣き叫んだ。張り裂けそうな僕の心が痛むのは、きっとそれが僕にとっての罪だからだろう。
「こんなはずじゃ無かった」
頭を抱えてそう懺悔を繰り返す役人に、僕は首を横に振った。
彼が居なければ、僕は彼女と出会うことは出来なかっただろう。それが例え、彼女の人生の中でほんの一秒にも満たない間でも。僕は出会えて良かったと、絞り出すようにそう言った。
僕の母親は、僕の嘆き悲しむ様を他所に、自失した様子でぼんやりと僕を眺めていた。彼女の遺体を埋葬した神聖なこの場に、僕と彼女との繋がりを引き裂いたも同然の存在がこの場に居ることがどうしても許せなくて、僕はあらん限りの絶望と怒りを込めて僕の母親を罵倒した。
僕の母親は、僕が二歳の時に愛しい番を亡くしている。早くに番を失った母親は、再び番と出会うことが出来ると言われている、たった十年すらも待つことが出来ずに、僕の存在に固執した。本来であれば僕は、五歳になったのと同時期に番を探すパーティーに出席出来る筈が、幼い頃から番と出会えるのは十歳になってからだと教え込まれていて、今か今かと指折り数えてその日を待っていたのだ。
―――皮肉なことに、その事実を知ったのは、僕を彼女の屋敷に連れて行ってくれた役人が僕の家を訪ねてきたことがきっかけだけど。
僕の母親は、自分が再び自身の番と出会えるのかどうか、不安を抱えていたらしい。だから番の血を引き、いずれは自らも番を得て遠くへ行く僕を手元に起きたがり、ずっと嘘を付いて居た。
役人は、長く番と出会えない人間が居ることを長年疑問に思っており、幾つかの情報によって番と出会うパーティーに出席していない子どもを探す役目を担っていたらしい。それは国からの命令であり、同時に番と出会えていない人々にとっての救済措置でもあったようだ。
そして、そこで僕と出会った。
母親は、さも自分だけが苦しんでいるかのように言葉を並べ立て、自分の行いを正当化しようとした。長年番を失っていた母親にとって、僕という存在は母親と番とを繋げる細い糸でもあったのだろう。
けれどだからといって、僕を隠すように育て、ましてや本来であれば出席出来ていた筈のパーティーにすら出さず、僕と僕の番との繋がりを断ち切ろうとした言い訳になる筈もなく。母親は事情聴取を受け、その身柄を彼女の住む王都に移された。
役人はその間、様々に手を尽くしてくれ、僕と同じような境遇の子どもを救いだし、そしてそれぞれの番と出会えるよう全力でサポートしてくれていた。殆どの子どもが、番と出会うことが出来たらしく、彼女のように二十歳とまではいかなくとも、既に番と出会う年からは優に五年は過ぎている、彼女と同じように自分の番と出会えることを半ば諦めていた十五歳の少年も、その中に混じっていた。
僕は中々出会えない番の存在に、ただただ焦燥感だけが募っていた。どうして出会えないのかと、そればかりが頭を過り、まだ見ぬ自らの番を夢想しては、いつ出会うとも知れない番を恋い焦がれていた。
彼女の存在を知ったのは、僕が母親と離されて一月が経った頃のことで、彼女は王都では名の知れた有名な『番無し』という存在だった。
会ってみたい、と切望したのは、多分僕にとっての運命を感じたからなのだろう。彼女が出席していたパーティーに出席しようとして間に合わず、彼女の屋敷を訪れたのは、役人が彼女の両親に無理矢理面会を捻じ込んでくれたお陰だった。
彼女の両親は、半ば諦めた表情だったけれど、藁にも縋る思いでもあったのだろう。僕が彼女の部屋を訪問することを許してくれた。
役人は途中まで付いてきてくれていたけれど、僕の意思を尊重して離れた場所で待機してくれていた。
―――そして僕は、彼女と出会った瞬間に、彼女を喪った。
後一日早ければ。いや、一刻でも早ければ。
そうすれば彼女だってきっと気付いてくれた筈だ。僕が彼女の目を見て気付いたように、僕が彼女の番だと。魂の片割れだと、気付いてくれた筈だ。
すべては僕の所為だ。僕が無知だったばかりに。僕が、彼女ともっと早く出会えるための努力をしていなかったが為に。僕は永遠に等しい時間を過ごすことになってしまった。
けれど僕は死ねない。彼女が耐えに耐えた二十年という月日を、僕自身が否定する訳には行かなかった。
今度は僕が待つ番だ。僕のために、ずっと僕を探し続けてくれていた彼女のために、僕はいつか彼女と出会うその日まで、ずっと待ち続ける。彼女の居ない世界を、番を喪った色褪せたこの世界を、生き抜くのだ。
それが僕に出来る、彼女への贖罪だった。
「待っていて。今度こそ、僕があなたを見つけるから。僕があなたを見つけて見せるから」
だからどうか、僕のためにもう一度、その姿を見せて欲しい。
それは、十歳を迎えた僕の心の叫びでもあった。




