プロローグ
プロローグ
厳かな声。響く鐘の音。
淡い風の中、こうして頭を垂れてそのありがたい御声を拝聴するのは何度目だろう。
年若い見習い天使たちの学び舎――蕾の園。
天使の卵が住まうこの場所から、天使になるための儀式に挑む資格者が選ばれる。大聖堂の中に居並ぶ白いローブ。己こそ名を呼ばれると、皆が期待に胸を膨らませひたすらに両手を組み、祈る。選出される人数に決まりはなく、時には一人も呼ばれないこともある。この度の天使への一歩を踏み出すことができるのは、果たして何人であろうか。
「エルシエル、前へ」
途端に起こるざわめき。声は次の名を呼ぶことはなく、代わりに鳴った鐘が選出の終了を告げた。ざわめきが落胆の溜息へと変わった。
祭壇の前へと歩み出れば迎えるのは麗しい女性天使。舞い散る花びら、日差しは金色。その中で天使は優しい笑みを湛え、静かに差し出された手の平には日差しに反射する聖水が満たされていた。膝を折り、額に聖水を受けるべく仰向き、祈りを奉げながら目を閉じる。ひやりとした感触が顔を流れ、額を柔らかな指が強く押した。試験を受ける準備が整ったことが告げられ、了解と感謝を込め、下げた頭に触れるものがあった。
優しく髪を撫でる感触に目を上げれば、花のような微笑があった。
「今度は大丈夫かしら、エルシエル?」
これは異例なことだった。儀式が終わったとはいえ、必要以外の声掛けなど本来ならあり得ない。感激で言葉も出ないエルシエルに彼女は「頑張ってね」と笑ったのだ。なんと光栄なことか。なんと畏れ多いことか。感極まって涙が溢れそうだった。
――大天使ジブリール様が自ら声をかけてくださるなんて!
「名前を呼んで頂いたの」
芳香漂う空を巨大な鳩が進む。大天使から声をかけられた栄誉を語ったエルシエルはその時の感動を思い出すたびに胸が震える。それは充分自慢できる事柄だ――唯一、己にとって。
「ただ、少し笑ってらしたような気がしなくもないんだけど」
「そりゃ十二回も試験を受けるなんてな、新記録だからな」
行く先は知らない。決められた場所までは巨大鳩が送ってくれる。既に顔見知りの鳩が笑うのに、エルシエルは失礼ねと言い返した。
「十一回よ!」
見習い天使が天使になるための最終試験。
――人間の世界において、決められた人間の心を満たすこと。
見習い天使エルシエル、十一回目の挑戦である。




