7ーシュヴァルツ騎士団
コンコン。
ノックの音でリリアンは飛び起きた。
「どうぞ。どなた?」
「おはようございますお嬢様。メイドのラナでございます」
リリアンは寝起きの回らない頭で考えた。
(私専属のメイドだったかしら?)
「あの、私身の回りのことは自分で出来るので、申しわけないのだけど」
「あら!お嬢様、着替えをなさらずにお眠りになったのですか?」
ラナに指摘され、リリアンは口を噤むしかない。
(着替えどころか、お風呂にも入っていないわ)
何が自分のことは自分で出来るなのか。
ラナは優しく言った。
「お嬢様。お嬢様がご自分で色々出来ること、聞いております。ですが、私にお手伝いさせてほしいのです」
リリアンはそこまで言われると断れない。
ラナはにっこり微笑った。
「まずはお風呂にいきましょう」
「1人で出来ますから」
リリアンが言うと、ラナはあっさり引き下がった。
「ではこちらで待機しておりますね」
ついたての奥にだが。
ラナが用意してくれた花びらのお風呂は、薔薇の花びらではないため香りが強くなく、とても癒やされた。
手伝いをせず、引いてくれたのも彼女の気遣いだろう。
温かい湯と、ほのかに香る花の薫りでリリアンはすっなりラナに気を許した。
「お嬢様、お暇つぶしに公爵様のお話をしてもよろしいですか?」
ついたての奥からラナが言った。
「どうぞ」
リリアンは純粋に知りたかった。
「お嬢様が来てくれて私どもは大変喜んでおります。公爵様は、誰にでも気を許す方ではありません。むしろ、誰にも気を許さない方です。公爵邸にお客様が来られた事も片手で足りるほどです。年頃にもかかわらず、ご令嬢との噂もほとんどなく。夜会に出席されたとしても、公爵様にはどなたも近づけませんでした。」
ラナの熱弁は続く。
「そんな公爵様が!3日前にお帰りになるなり、ご令嬢を預かることになったと!1番良い部屋を準備するようにと我々にご命令なさった時、どれだけ私たちが喜んだことか」
(ーなるほど。だから執事があんなに私を見る目が微笑ましかったのね)
リリアンは一刻も早く誤解を解かなければいけないと思った。
「ラナ?誤解です。私は、その、公爵さまとそういう関係ではないわ。そして貴族でもありません」
ラナは戸惑う。
「えっでも·······」
たしかにリリアンは教会に居た数年間で、上流階級の礼儀や身のこなしを身に着けた。立ち居振る舞いが貴族のそれと思われても仕方ない。そして元は貴族であった。でも身分を捨てたいのだ。では何者なのか?と問われたら答えるのは難しいが。
ラナは戸惑ったものの、すぐに落ち着きを見せ言葉を選びながらリリアンに伝えた。
「そうなのですね。それでもお嬢様は公爵様の恩人とお聞きしております。この邸にいる限り、誠心誠意お仕えさせてください」
優しく微笑まれると、何も言えない。この数時間で、ラナはリリアンにとって傷付けたくない人になっていた。リリアンは観念して微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ラナは飛び上がって喜び、「ではお風呂のお手伝いをしていいですか」と言ってきたが、それは笑顔で却下した。
リリアンはラナにドレスを着せてもらい、邸内を散歩していた。クローゼットにたくさんのドレスがあったが、どれも動くのが大変そうだった。1番装飾の少ないものを選んだが、それでも今まで着ていたものとは違い過ぎて落ち着かなかった。
窓際に腰掛けた見覚えのある人影を見かけて、リリアンは駆け寄った。
「師匠。おはようございます。何を見てるのですか」
ビビに会うのは、昨日以来だ。何をして過ごしていたのか?
「やあ。もうお昼だけどね。見てご覧」
ビビは微笑って視線を邸宅の外に向けた。
白銀の鎧を来た兵士達が、稽古をしている。
「あれは騎士団ですか?」
「そうだね。シュヴァルツの魔術はとても興味深い。」
魔術の交えた訓練だろうか?剣の稽古をしている者もいる。ビビは好奇心いっぱいの目で見ている。
ビビは本来、以前居た小屋でも魔術の研究をしていた。最近は足が傷むからと編み物ばかりしていたが。
「見に行きますか?」
廊下の反対側からカインツが声をかけた。
「カインツ卿、いいのですか?邪魔にならないかしら」
「いいじゃないか。カインツ卿が是非にと行っているんだ。行こうリリアン」
ビビは率先して歩き出した。
影からこっそり除きたいと思っていたリリアンだったが、それは無理な話だった。
銀髪のエルフと、薄紫色の髪をした自分が並んで立っていて、目立たないわけがない。
リリアンは諦めて、正面に敷物を敷いてもらいそこへ座った。ラナと他のメイドがお菓子とお茶を持ってこようとしていたので、それはなんとか阻止した。
練習中に目の前でお菓子を食べながら見学など、出来るわけがない。
ビビはぐいぐい前に出て、騎士団の魔術師に質問攻めをしている。
ロヴェルはいるかな?と探してみたが、姿がない。カインツが傍に来た時に聞いてみた。
「カインツ卿、ロ·····公爵様はどちらにいらっしゃるの?」
「ロヴェル様はシュヴァルツ騎士団の精鋭と任務に行っておられます。今日か明日か、近いうちに戻られる予定なのですが」
「そうなのね」
いないことに、しょんぼりしそうになったので取り繕った。
「うわっ」
端の方で剣の稽古をしていた若い人たちが小さな悲鳴を上げた。どうやら怪我をしたみたいだ。
リリアンはスッと立ち上がると、すぐに駆け寄った。
切り傷だ。ひどくはないが、小さい怪我ではない。
「ヒール」
手をかざし、唱えると傷はすぐに消えた。
満足して前を向くと、ポカンとした団員の姿。
「せ、聖女さま?」
(いやいや、何言ってるのよ)
チラリとカインツを見ると、他の兵士と同じように感激しているだけだ。
カインツの助けは期待できないと思い、リリアンは立って自己紹介をした。
「突然失礼しました。私はここでお世話になる治癒師です」
着ているものがドレスだったので、思わずカーテシーをとってしまった。
(しまった)と思ったものの、もう遅い。
ビビは奥で笑いを噛み殺している。
騎士たちは、時期公爵夫人だの、天才治癒師だの、騒ぎ始めた。
カインツは前に出て、声を張る。
「リリアン嬢だ。閣下の命の恩人であられる。シュヴァルツにて預かることになった大切なお方だ。皆、失礼のないように」
(いや、治癒師と紹介してほしいのだけど)
リリアンはじろりとカインツに目で合図を送る。
ああ、と気付いたかのように見えたカインツが、ビビのことも紹介した。
「こちらはエルフのビビ殿だ。魔術の研究をしておられる。もちろんビビ殿にも失礼のないように」
「「「ハッ!」」」
騎士たちの力強い返事を聞いて、騎士団見学を終える運びとなった。




