8ーロヴェルの帰還
夜、ふかふかのベッドで横になったものの、リリアンは眠れなかった。
今日は昼過ぎまで寝ていたからだ。とはいえ、そろそろ日付が変わるので寝てしまいたい。
眠れそう···と思った時、外がざわつき始めた。
窓を開け様子を伺うと、どうやら任務に出ていた騎士団が帰還したようだ。
リリアンが注意深く見ていると、綺麗な金髪が見えた。しかし所々赤黒くなっている。
(え?あれは血?)
リリアンは身を乗り出し、ロヴェルの姿をもっと確認しようとした。
「ぅわ」
手が滑り、落ちそうになったところでラナが後ろに引っ張ってくれた。
「お、お嬢様、私の寿命を縮めたいのですか?」
蒼白になったラナの声も震えている。
「ご、ごめんラナ。ありがとう」
「お嬢様に何かあれば、閣下に合わす顔がありません」
ラナはリリアンの寝着を整えながら言った。
「ラナ、公爵様はお怪我をされたの?」
ラナは一瞬躊躇したが、教えてくれた。
「はい。ですが、大したことはないとおっしゃっておられます。気になるようでしたら、明日の朝お会い出来るか聞いてみましょうか?」
リリアンは気付かされた。
(そうか。怪我をしたのを見て、簡単に駆け寄れる相手ではないのだわ。)
会う約束を取り付けて、それに許可を貰えたら会える存在。
リリアンは無意識に握りしめていた手の力を抜き、「そうしてくれる?」と言ってベッドに戻った。
ラナが部屋の明かりを消し、足音が聞こえなくなると、リリアンはガバっと起き上がった。
なんだか無償にイライラしている。
(教会に居た時もこうだったわ。目の前で怪我した人が居ても、私は治せなかった。)
教皇として、各地を巡礼することもあった。道中、貧民街で病気の人、怪我をしている人。治せるのに、治せない悔しさ。
なるほど、上流階級のロヴェルでもそうだったのね。公爵であるがゆえに、弱みをみせないために気軽に治癒師も呼べない。
(だから、私はこういうのがいやなのよ!)
自由に。患者を選ばない、出来ることをそのまましたいの。
リリアンはベッドから出ると、何も羽織らず部屋から静かに出た。
しばらく廊下を進むと、執事のバルトが部屋から出てきた。思わず隠れたものの、すぐに見つかってしまった。
「お嬢様?こちらで何を」
「えっと、眠れなくて」
リリアンはどうごまかそうか考えていたが、バルトの持った洗面器を見て、血の気が引いた。
バルトが持っている洗面器の水は真っ赤に染まっていた。
リリアンはバルトに目で訴えた。バルトは何かに納得したように頷き、先ほど出てきた部屋の扉を静かに開けてくれた。
リリアンが部屋の中に入ると、ロヴェルがベッドに仰向けになって横になっていた。片手で目を抑えている。
「バルト?下がれと言ったはずだが」
「私よ」
ロヴェルは目を見開いて固まった。
「リリアンか?こんな時間に男の部屋に来てはいけない」
「どんな時間だろうと、治癒師が患者の部屋に来ることの何がいけないのよ」
「いや、しかし、寝着じゃないか。バルトを呼んでくれ」
「あなたが今、下がらせたでしょう。いいから大人しくしなさい」
ドタバタとロヴェルが後ずさるので、リリアンは四つん這いになり、覆いかぶさってなんとかロヴェルを止めた。
「まてまてまてまて」
ロヴェルは変わらず抗議を続けている。
リリアンは怪我を診ることしか頭にない。
「動かないでって言ってるでしょう!」
ロヴェルは観念したのか、動かない方が双方にとって良いことと判断したのか、身動きすらしなくなった。
リリアンは頭を見ようと動いた。
「リリアン。分かった。大人しくするから一刻も早く降りてくれ」
懇願するロヴェルを見ると、なんとまあ真っ赤になっている。
リリアンはロヴェルに覆いかぶさった自分の姿に気付き、土下座したい気分になった。
ふわりとベッドから降り、気を取り直して怪我を診せてもらった。
額に切り傷と、左腕に深めの切り傷があった。脇腹からも出血している。
(あんなに強いのに、どんな怪物と戦ったらこんなに怪我をするのよ)
手をかざし、治癒を施す。
「······ありがとう」
ロヴェルはポツリと言った。
「邸宅はどうだ?部屋は気に入ったか?不便なことはないか?」
「部屋が広すぎて不便だわ」
思ったまま言うと、ロヴェルは目を丸くして微笑った。
「はは。そうか。それは考えてもみなかったな」
小屋ではあまり表情を見せなかったロヴェルだが、こんな風にも笑うのか。
思えばロヴェルも緊張していたのかもしれない。暗殺されかけて、カインツと2人、馴染みのない土地に居たのだから。
(なのに私の薬草探しに付き合ってくれたのね。ロヴェルは良い人だわ)
治癒が終わると、ロヴェルは力尽きたように眠ってしまった。
(当然よね。またかなり出血していたし体力が尽きても不思議じゃないわ)
静かに部屋の外に出ると、バルトが控えてくれていた。
「公爵様の怪我は治療しました。出血が多かったみたいだから、数日は安静になさってください」
リリアンが言うと、バルトは深々と頭を下げた。
「お嬢様、ありがとうございます。痛みに耐えてしまうお方なので助かりました」
リリアンもにっこり微笑って自分の部屋に戻った。




