9ー朝食
翌日、また日が高い所まで登って起きてしまったリリアンは、朝食兼昼食を食べに広間へ降りてきた。
座って料理を待っていると、ビビがあくびをしながら入ってきた。
「師匠も寝坊ですか?」
リリアンは自分のことは棚に上げてにやにやして言った。
「ああ。やっぱりここは面白い」
眠たそうだが、表情は晴れやかだ。どうやら遅くまで魔術の研究をしていたらしい。
リリアンの隣に座ると、おもむろに言った。
「リリアン。私は研究室を貰って魔術の研究をすることにしたよ。本当は一度エルフの里に帰ろうかと思っていたんだけどね、やめた」
初耳の情報が多くて、リリアンは絶句した。
(え?今なんて?エルフの里へ?)
エルフの里は人間には入れない。
「師匠······私を置いて行くつもりだったんですか」
思わず目に涙が溜まる。
「ああ。シュヴァルツならリリアンも安全だろう。だが、エルフの里は一度戻ると時間の感覚が鈍るから心配だったんだ。100年や200年があっという間に過ぎるからな」
(いや師匠、それ一旦帰られたら私死んでる)
「ーリリアン?」
室内の空気がピリリと下がった。部屋の入口にロヴェルが立っていた。
靴音を響かせながら一直線にリリアンに向かって歩いてくる。
「ー泣いてるじゃないか」
目が座っている気がする。
「誰のしわざだ?」
ものすごい形相のロヴェルと、ちょうど料理を運んできた料理長が出くわしてしまい、慌てて首を降る。
「ははは。私だよ閣下。リリアンは私に置いて行かれると勘違いしたのさ」
ビビは笑いながら言った。
リリアンはジトリとビビを見る。
(いや師匠、勘違いじゃないですよね?私を置いてくつもりだったんじゃないですか)
薄情な師匠に恨み事を言いたかったが、ロヴェルの驚きの登場で涙は引っ込んでしまった。
「師匠、人間は100年も200年も経ったら死んでしまいますよ。次からは相談してください」
「わかったわかった」と、わかってなさそうにビビは返事をしている。
ロヴェルはリリアンとビビを交互に見て、「ふむ。ならいい」と納得していた。
「公爵様はもう昼食は召し上がりましたか?」
リリアンは聞いた。何も食べてないと言うものなら、何か食べさせないといけない。まだ顔色が悪い。
「なぜそう呼ぶ?ロヴェルでいい」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
その場にいた使用人、メイド、執事のバルトも目を見張っているようだ。
リリアンは慌てた。
「いえ、そういう訳には。身分が違いすぎますし」
「そうか?」
(そうでしょ!)
「あなたは恩人だから良い」
そう言ってリリアンの向かいの席に座った。
「軽く食べよう。スープをくれ」
リリアンは呆然と固まっている。
(え?いいの?公爵様なのにそんな距離感で)
「本人が言うなら良いんじゃないか?なぁロヴェル殿」
ビビはまだ微笑っている。
「ああ」
ぶっきらぼうにロヴェルは返事をした。
運ばれてきたスープを飲みながら、心と身体が温かくなった。
(そっか······いいんだ)
昼過ぎ、リリアンはロヴェルの部屋へ向かった。バルトに邸宅の中を好きに歩いて良いと許可を貰っているし、ロヴェルの体調も気になった。
コンコン。
「入れ」
リリアンがドアを開けると、正装に身を包んだロヴェルが立っていた。
金糸で飾りが施された漆黒のテールコートを羽織っている。
正装したロヴェルは、後光でも差しているのかという美しさだ。
呆然と見惚れるリリアンにロヴェルは首をかしげた。
「どうした?用事があったんじゃないのか?」
リリアンは我に返った。
「体調がまだ悪そうだったから様子見に······どこか出掛けるの?」
「ああ。皇城から呼び出しだ」
「えっ」
(皇城·····ロヴェルに無理難題を押し付ける皇帝がいるところ?)
「大丈夫なの?またどこか戦争に行かされるの?」
ロヴェルは少し驚いたようだ。
「なんだ、心配してるのか?戦争は今は起きてないから大丈夫だ。少し報告に行くだけで、すぐ戻る」
そう言ってロヴェルはリリアンの頭をぽんと撫でた。
リリアンは嬉しかったが複雑だ。
(え、子供扱いされていない?そういえばロヴェルは何歳なのかしら)
「そうだ。護衛を付けると言っただろう」
ロヴェルが手をスッと上げると、部屋の入口に人影が現れた。
「カインを付けようか迷ったんだが、カインは少し抜けているところがあるからな。エドガー卿だ」
部屋に入ってきた騎士は一礼した。
藍色の髪をすっきりと束ねた、騎士にしては細身の青年だった。深い緑色のきりりとしたツリ目が印象的だ。
「エドガー卿は若いが、シュヴァルツ騎士団では一二を争う実力者だ。剣と同時に魔術も扱える」
淡々と言うロヴェルに、 エドガーは少し照れたように笑う。
「では私は行く。エドガー卿、頼んだぞ」
「ハッ。お任せください」
テールコートを翻し去って行くロヴェルは、やっぱり遠い人に見えた。
「お嬢様、本日のご予定はありますか?」
リリアンは言われて考えてみたものの、思いつかない。
(私はこの邸宅で何して過ごそうかな)
ぼんやりと、騎士たちの怪我を治しながら暮らしたいなと思っていた。
「もう少し動きやすい服がほしいのだけど」
「それでしたら、街へ行きましょう」
エドガーの提案で、ラナを含めた数人で街へ出掛けることになった。




