4話 お茶会のその前に(本編12.5話裏話)
あの乱闘劇から五日後。
サラはリーバス男爵家の所有する馬車に揺られていた。
その手にはグレイス公爵家を示す百合と剣の印璽が施された封筒が握られている。
差出人は『アラン・グレイス』となっているが、内容は『グレイス公爵と公爵夫人が改めてお礼を言いたいのと、アンリエッタとお茶でもどうか』という内容だった。
(ゲームでも公爵家訪問はあったけど、まさかこんな早くだとはねー…
確かゲームではサラの社交界デビューの日の朝に呼ばれるはずだったんだけど…
やっぱり私が転生して記憶があるせいでの補正なのかな?)
あの日アンリエッタとアランと別れて自分の乗ってきた馬車に戻り、邸に帰りつくとすぐ自室に篭って出来事を紙に書き出し整理した。
概ねの流れはゲーム通りだったが、何箇所も違う事があった。
例えば、アンリエッタの髪型が違っていた事。
アンリエッタからの友人発言がなかった事。
むしろ拒否しているようにも見えた事。
あの場所に何故かアランがいた事。
あの男達が落とし、なんとなく拾った『鍵』が重要な物だったらしい事。
結局『アンリエッタを助けて友人になる』という目的は果たされたが、あまりにも違いすぎる筋書きがサラの心をざわつかせた。
そしてサラはただの転生ではなく、サラ自身の記憶がある事にも気付いた。
ゲームでは出ていなかった『サラ・リーバス』の幼少期の事。
リーバス男爵領での出来事や友達。
リーバス男爵や男爵夫人である父と母。そして使用人達。
男爵領を出てタウンハウスに来た後、父の友人のクラム子爵の一人娘とのお茶会。そして二度目のお茶会が今日だった事。
ゲームでは一切語られていないはずの内容が自分の脳内にあったと知ったとき、一瞬眩暈がしたが頭を振って堪えその事細を紙に書き記した。誰かに見られても平気なようにと日本語で。
そして全てを把握して出た可能性は二つ。
一つはアンリエッタも転生者の可能性。
もう一つは自分が転生した為に歪んだであろう世界の補正の可能性。
(できれば転生者だったらいいなぁ…そしたらお互いにゲームの内容を知ってるって事だから協力できるし。
今日の公爵家訪問イベントでわかればいいんだけど…どう切り出すかな)
広くはない馬車の中で外の風景を見ながら手の中の封筒の印璽を指先でなぞる。
見覚えのある大きな邸が視界に映ると、これから起こるであろう出来事にドキドキと鼓動を強める胸を抑え深呼吸する。
「女は度胸…やってやれないことはない」
前世での口癖のそれを口の中で小さく呟くと強くなってきていた鼓動は段々と落ち着いていく。
「さて。鬼が出るか蛇が出るか。出来れば天使様に出てきて頂きたいわね」
大きな邸の前で止まった馬車。
御者が馬車から降りて近付く音がする。
サラは馬車の扉が開くのを笑顔で眺めていた。
◆◆◆◆◆
(えーと…どうしてこうなった?)
サラは公爵家のタウンハウスに着くや、何故かアンリエッタの家族と多分全員いるのではないかと思う数の使用人一同にエントランスで迎え入れられた。
流石にその数は予想していなかったサラは吃りながらも何とか挨拶を済ませ、今は公爵家長男でアンリエッタの兄であるアラン・グレイスの腕を取って広すぎる廊下を闊歩している。
そう。『闊歩』だ。
エントランスでアランに「少しの距離ですが、エスコートさせて頂けますか?」と言われて手を差し出された。そしてその手を取った。そこまではいい。
問題はその歩く速さだった。
普通の令嬢ならば着いていけないだろう速さでアランは歩を進めていた。
それに追いつくためにサラは大股で、出来る限り優雅に歩かなくてはいけなくなった。
普通の令嬢であればエスコートする男性にゆっくり歩いて欲しいと伝えるか、腕を離して『ついていけません』と態度で示す物だが、サラは前世の性分がかなりの負けず嫌いだったのと運動を得意としていた為その速度に合わせる方を選んだ。
(この位の速さなら余裕。てかこの位なら前世で家から駅まで歩く速度とあんまり変わらないし)
同じ速さで歩くサラにアランは尚も速度を上げる。
クンッと上がった速度を知らせるように腕が引っ張られサラは一瞬だけ眉を寄せた。
(私に対する挑戦か?…いいわよ。やってやろうじゃない!元体育会系運動部員を舐めんな!)
薄桃色に紅が塗られた上唇をペロリと舐めてすぐにその速度に合わせて歩幅と歩き方を変えたサラはその口元に笑顔を貼り付かせた。
心中ではかなり悪い言葉遣いだがその微笑と歩調は優雅で完璧な『お嬢様』の行動をしている。
歩みの途中で一瞬左上にあるであろうアランの視線を感じたがそれも気付いていない振りで、後ろから聞こえてくる数人の走る足音にも気付いていない振りをしつつ見覚えのある扉の前まで速度を落とさずに歩き続けた。
(確かあそこが応接間だったはず…)
同じ扉が幾つか並ぶ中でゲームの記憶を思い出しながら歩くと応接間だと思った部屋の前でアランはピタリと歩みを止めてその扉を開ける。そしてそれに合わせるようにサラも止まると後ろから全力疾走してきたらしいメイドがぜえぜえと苦し気な呼吸で応接間の扉に手を付いた。
通常の邸ならば、家人や客が自ら扉を開けるなんて事はしない。
公爵家であるグレイス家も普通ならば後ろ、もしくは前を使用人が歩き応接間の扉を開けて家人や客を通す物だ。けれどアランの歩速は成人男性でも『早い』と感じる物で、目の前のメイドの少女が全力疾走しなくてはいけない速さだったのも仕方が無いと言える。
「…す…すぐ…お…お茶っ…のっ…ご用意っ…を…っ」
「ちょっとアンリが来る前にサラ嬢に聞きたい事があるから、とりあえずアンリが来るまでは茶はいいから、誰も入らないようにしておいてくれ」
息を整えながらも自分の仕事を全うしようとするメイドに人払いをするよう伝えるとサラを先に中へ促し、その後に続いてアランも応接間に入り扉を閉めた。
(あぁ、やっぱりゲームの中と同じだわ…)
先に応接間に入ったサラはキョロキョロと周りを見回し、ゲームの中で入ったことのある部屋の調度品やカーテン、ソファにテーブル、そして窓辺に飾ってある花までもゲームと照らし合わせる。
(花も一緒…って事は、やっぱり公爵家訪問イベントで間違いないか)
「とりあえず椅子にどうぞ。お茶は後でアンリが来たら入れさせるから」
応接間の中央に置かれているソファの入り口側をサラに勧めるとアランは奥の窓側のソファに腰を下ろして若干足を開き、両肘を両膝に乗せるように前屈みになって両手を組んだ。
促されるままサラは勧められたソファに腰を下ろすと、先程エントランスで見せた優しげな微笑を消したアランは海の底のような青く冷たい瞳でサラの瞳を見詰めた。
「さて、ちょっとアンリが来る前に聞きたい事があるんだが」
先程までと打って変わった雰囲気にサラも笑顔を解き真っ直ぐにアランを見返す。
(ここからが問題ね…)
ゲームと若干変わっているストーリー。
実際、この公爵家訪問イベントでは、アランはエントランスで公爵夫妻と一緒に『いらっしゃい』と伝えてそのままどこかへ行ってしまうだけだったはずだった。
それが今目の前にいる。
(ここでアラン様の機嫌を損ねでもしたら全部パーになる…)
妹が大好きなアランの事だ。
アランの御眼鏡に叶う人物では無いと判断されたら今後アンリエッタとの付き合いもなくなるだろうし、サラの目的…夢は叶わず終わってしまうだろう。
「まず、キミの本当の目的は何だ?アンリの友人になって何がしたいんだ?」
緊張したサラに問われたそれは『兄』として当たり前の事だった。
『グレイス公爵家』はかなり上位の家柄でしかも公爵家なだけあって領地も広大。もちろん資産も多く、その上王族とも親密で、アンリエッタは第一王子の第一妃に一番近い令嬢とも言われている。
その為に過去アンリエッタに近付いたであろう人達のほとんどはその家柄と王族への目通り、そして兄であるアランへのアプローチの為だと考えずとも判る。
(まぁ、そう考えるわなー)
ゲームではアンリエッタからの『友達になって宣言』が、サラからの『友達になって宣言』になってしまった。
何か裏で考えているのでは?と思うのは当然だろう。
ならば、とサラは嘘偽りない微笑みを浮かべた。
「私は、アンリエッタ様と友人になりたいだけですわ」
(これは本当の事だもの。嘘発見器に掛けられたって問題ないわ)
訝しげに見るアランは、続けて次の質問をする。
「ではあの時、あの場所にいたのは何故だ?キミも捕まっていたわけじゃないだろう?」
「あの時は、たまたまあの場所にいて…その時にあの男の人達に見付かってしまって…」
「たまたまでいる場所ではないだろう?」
「あの…私…究極の方向音痴らしくて…」
流石は王宮騎士と言えど軍人で、段々と尋問するような口調で質問するアラン。
それに対して答えるサラは『方向音痴』の所でほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにその薄紅に染まった頬を両手で包んで下を向いた。
(たまたまってのは嘘。でも方向音痴は本当だもんねー。但し『サラ』の場合だけど!
嘘を付く時は本当を混ぜてって何かの本で読んだけど、これで本当に信じて貰えるのかしら?)
チラリとアランを見やると、眉を寄せ何かを考えている様子だった。
多分ここ五日でサラの身辺調査でもしたのだろう。
嘘と本当を混ぜた事によって、アランが騙されているというのが見て取れた。
「よくそれで逃げられたな」
呆れたような、感心したような声で呟くアランに恥かしそうな表情を作ったままのサラは俯いていた顔を上げた。
「あの…恥ずかしいのでアンリエッタ様には言わないでくださいね。本当は、王都の中心の噴水を目指して走っていたつもりなんです…でも出たのはあそこで…」
「相手は5人いたんだろう?」
「えぇ。何があったのかお二人が仲間割れを始めて…他の三人が止めるのに必死になっていたので…」
思い出しながら語るサラの瞳がふいと揺れた。どうやって嘘を付こうか思案しながら話したのがいけなかったようだ。
「嘘だろ?」
即座に飛んでくるその声は鋭かった。
(あちゃー…やっちった…どうやって誤魔化すか…いや、むしろ本当の事でも言ってみる?…でも令嬢が大立ち回りしたなんて聞いたら普通は引く…でもアンリラブなこの人なら、逆に『妹の護衛』として許可しそうなもんだし…)
「……アラン様には嘘は付けませんわね……確かに仲間割れは嘘です……あの…お呆れにならないでくださいね?…」
小さく溜息を付いて嘘を肯定したサラは、懇願するように身体を前に出しアランを見詰めた。
「呆れるかどうかはわからないが、本当の事を教えて欲しい。場合によっては他言しないと誓おう」
「…………私が倒しましたの…逃げる間だけの足止めでだけでも…と……証拠はありませんが…証言はアンリエッタ様がしてくださるかと…」
結局『本当の事』を伝える事にしたサラは、恥じらいを持ちながらも倒したという事実を伝えた。
赤くになって俯くサラに、思いもしなかった言葉を言われたアランは唖然と目の前のか細い少女を見やる。
(まぁ、そりゃぁ信じられないわよね。一見大人しそうな美少女が、成人男性、しかも荒くれ者の5人を倒したとか言っても。でも信じる材料も証言もあるから、アラン様に疑われる事はこれで少しは無くなるはず。そして初めに嘘を言った理由も、頭の良いアラン様ならば判るでしょうし)
『貴族令嬢が大立ち回りをした』と言う事実。そして『男を倒した』と言う事実は、もし万が一にも社交界にでも広がりでもしたらサラの今後の婚姻は無くなるだろう。
『貴族令嬢とは慎み深く清くあれ』と言われるこの世界で、大立ち回りをした令嬢なんて嫁の貰い手が無くなるのは当たり前の事だ。
過去にはやきもちで婚約者の頬を軽く叩いただけで婚約破棄。その後の婚約の申し出が無くなり一生独り身を貫いた令嬢もいたくらいだ。サラの行動は、いくら人を助けるためとは言え令嬢としては失格と言われるだろう。
ふむ、とサラの言い分を聞いて頷くアラン。
その表情は先程までよりは緩んだようにも見える。
(信じて貰えたみたいね)
コンコン。と小さなノックの音が応接間の扉からする。
続いて扉の向こうでアンリエッタの声が聞こえた。
それがサラへの質問という名の尋問の終了の合図になった。
「サラ嬢、改めてアンリを助けてくれてありがとう。妹を宜しく頼みます」
信じたらしいアランに満面の笑みで微笑まれ、その美貌に赤かった頬を尚も真っ赤に染めたサラは無言で頷いた。




