33
横穴の中は1階層のようなむき出しの岩肌に緑色に光る苔が生えていた。
ただそれを覆うように黒い粒が蠢いているので、光りはその隙間から漏れるだけで中は薄暗い。
穴の広さは大人が屈んでようやく一人通れるほど。
カティでも少し腰を落とさなくては頭を打ちそうだ。
横幅も僅かに信号を倒すだけで肩が壁に、というか壁に這うゴキブリに触れてしまう程度。
緊張感満点ではある。
(ひいぃぃぃ・・・)
松明の火を奥に翳すと、一応見える範囲では穴は一定の広さを保って奥へと続いている。
やっぱり他の横穴へ、という考えがちらりと頭を過るが、外から見たところ他もサイズは大差ない。
ゴキブリは火があるととりあえず襲っては来ないようだ。
だが、じっと動かずギチギチと威嚇音を出している。
(嫌だなあ)
カティは半泣きでそろりと穴に足を踏み入れる。
『ちなみにこいつについて鑑定して見たけど聞くか?』
あまり聞きたいとは思えないが、カティは小さく首肯した。
聞いておいた方がいいこともあるかもなので。
『ゴキブリじゃなくブラックデビルって魔物みたいだな。麻痺性の毒を持ってて万単位の群れで動く習性を持ってる。毒で獲物を動けなくさせて内臓に幼虫を植え付ける。で、幼虫は餌食を中から食い散らして外に出てくるわけだ』
(・・・聞かなきゃ良かった)
『ポイズンスライムのスキルが役にたったな。あれがなけりゃピクリとも動けなかったところだ』
ポイズンスライムのスキルというと毒耐性(小)か。
たいして役に立たないかと思っていたが、案外役に立っていたらしい。
松明のおかげで横穴の中では魔物に襲われず、やがて少し広い部屋のような空間に突き当たった。
岩と岩の隙間から抜けて、カティはようやく一息が付けたと身体を伸ばす。
魔物に襲われないのは良いが、横穴は途中から狭さを増し、ギュウギュウに縮こまって這いように進んできたのだ。
身体に触れるガサガサいう感触は思い出したくない。
(うう、絶対トラウマになるっ・・・)
部屋の中はいくつもの柱が立ち並び高い天井を支えていた。
壁は横穴と同じく岩肌がむき出しになった洞窟らしいものだが、苔が生えておらず松明の火があっても薄暗い。
救いは先ほどまで周囲を覆っていたゴキブリが見当たらないことか。正確にはブラックデビルというらしいが、カティの中ではあれはゴキブリだ。
狭いところや穴に生息するのだろう。
カティはとにかく出口を探そうと辺りを見回して、息を飲んだ。
(なんか、ヤバくないか?)
周囲に満ちる何かの息遣い。
グルル、という音はもしかしなくても魔物の唸り声ではないだろうか?
それも一つや二つではない。
『一難去ってまた一難ってやつか』
んな呑気なこと言ってる場合じゃないっての!
カティは頭の中にそう怒鳴って、腰に差したナイフの柄を握った。




