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(『痛い痛い痛い痛い痛い痛い!』)
宙に投げ出されたカティの身体は重力に従って当然下方へと落下して行く。穴の底から湧き出る黒い粒は落ちる程数を増し千あるいは万にも届くかも知れない。
間断なく背にぶつかる黒い虫の幕に、カティは穴の底が見えなかったわけを知った。
深いだけで見えなかったのではない。
穴の中に無数に飛び交うゴキブリに隠されていたのだと。
カティたちが暗闇だと思っていたものは空間を埋め尽くす黒いゴキブリの集団だったのだ。
バリバリと音を立てながら、無数に重なるゴキブリの幕の中を落下すること数秒。いや、数十秒だろうか?
ふいに背にあたる粒の感触が消えた。
触れる程目前に漆黒の幕がブブブ、と音を立てて蠢いている。
そう認識するとほぼ同時に、カティの身体は柔らかい水の中に飲み込まれた。
冷たい水の感触に目眩とショックで自失していた頭が強制的に冷まされる。
「がぼっ!」
喉の奥に水が流れ込み、慌ててマヒした手足を必死に動かした。
霞んだ視界の先に狭く出っ張った岩場を見つけ、半分溺れながらも泳いで行く。
5メートル程の近い距離で助かったが、そう思うと同時に少し落下地点がずれていたら岩場に打ち付けられていたと気づいてぞっとする。
岩に手をかけアイテムボックスから毒消しのポーションを取り出すと痺れの残る指でビンを持ち、歯で蓋を捻り開けて一気に飲み干した。
しばらくそのまま水に浸かっていたが、身体が冷えてきたのと少し痺れが取れてきたのもあり、岩場によじ登った。
ゴキブリは水を嫌うのか、そばには寄って来ない。
カティはそのことにほっと息をついてゴロリと仰向けに転がった。
落ちて来ないところを見るとフラウは無事にゴキブリの群れから逃げ出したのだろう。
フラウのステータスなら橋から落ちでもしない限り大丈夫なはずだ。
上手く2階層まで逃げて、他の冒険者にでも助けを求めていてくれればいいが。
テディは・・・、まあ心配ないかな。
あれだけ逃げ足が早ければ。
少しだけテディを捨てた少女の気持ちがわかった気がする。
完全に主人を押し退けて自分だけ先に逃げてたから。
『さて、とりあえずは助かったけど、これからどうする?』
佑樹の声に、カティは頭上を飛び交うゴキブリの群れを刺激しないようゆっくりと身体を起こすと辺りを見回した。
果たしてここは何処なのか。
3階層から落ちたのだから4階層なのかとも思うが、それにしては長く落ちてきたようにも思う。
下が水だったから助かったものの、硬い岩や地面だったなら良くて骨折だのの大怪我、悪ければ即死だっただろう。
あるいは5階層まで落ちたのか。
岩場の脇にはいくつかの小さな横穴があるが、果たしてそれが通常のダンジョンの通路に繋がっているものか。
繋がっているとして、水場から離れればすぐにもゴキブリの餌食だろうし、かといってこのままここに止まっていてもいつかは食料もなくなり餓死するだけ。
水がある分まだ長く持ちはするのだろうが・・・。
(運が良ければフラウが助けを呼んで探しにきてくれるかも、だけど)
下に落ちた時点で死んだものと見なされる確率の方が高い気がする。フラウは諦めずに探してくれると思うが、ステータスは高くてもまだ幼いフラウでは上手く見つけられるかどうか。
少なくとも時間はかかるはずだ。
「自分でも、動いてみるか?」
救いはこのダンジョンが5階層と小さい規模だと言うことだ。
ダンジョン内の全てを歩いても大人なら一週間かからないものであるはず。
『ひとまずの問題は、あいつらだな』
(ん。けどちょっと思いついたんだ)
カティはアイテムボックスを開き、あるものを取り出した。
(多分だけど。水だけでなく火にも弱いんじゃないかな?)
そう言って取り出したのはリューレルートの王都で旅の荷物にと買っておいた松明と火魔法の魔方陣。
料理を作る際に使うアレである。
試しに火を付けゴキブリに向けて見ると、ザザ、と音を立てて壁際に蠢いていた一部が火を避けるように後退した。
『行けそうだな』
(うん)
横穴はカティのいる岩場の脇に2つ。
少し離れた岩場の隅に一つ。
ひとまず一番近い横穴を進むことにして、歩き出す。
『とりあえず迷ってる間に新しい魔法作っちまうわ。ゴキブリ対策に効きそうなのでいいよな』
(火魔法とか?)
カティの創造力が貧相なのかも知れないが、火で焼き払うくらいしか思いつかない。
『日本だと確か瞬間冷却させるスプレーとかもあったけどな。まあダンジョン内なら火事の心配もなさそうだし、火が妥当か。火炎放射みたいのかな』
(そっちは任せる)
ウーム、と唸りだした佑樹を放置して、カティは狭い横穴の中に身を乗り出した。




