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 3階層へ続く階段は2階層へのそれよりもずっと長かった。

 50段以上螺旋状に続く階段は2階層と同じ水晶に覆われていて、やはりきらきらと光っている。


「なんかちょっと寒いな」


 ひんやりした冷気が階下から流れて来るのに、カティは背を震わせ呟く。

 その少し前を降りるフラウはというとテディにベッタリ引っ付いていてふわふわの毛が暖かそうで、ちょっとうらやましい。


 そうしてたどり着いた3階層は2階層と同じく水晶に覆われているもののその水晶が氷のように冷たく、全体を冷気が吹き抜けているようだ。


「なんかヤバイなここ」

「フオフオー!」

「すごいです」

『どうする?渡るか?』


 階段を降りた先は、広大な鍾乳洞のような空間。

 天井からは水晶の氷柱が垂れ下がり、地面には十歩め歩かない先に巨大な穴が立ち塞がっている。

 横幅は先が見えず、奥はずっと先に地面が見える。

 中央にいかにもギシギシグラグラいいそうな吊り橋が一つあり、時折奥から吹き抜ける風に頼りなく揺れていた。

 足下は壁からせりだした崖のようになっており、人が10人もいれば狭く感じるだろう。

 ここで魔物を待って戦闘するというのは、いささか心許ない。

 橋の向こうに見える地面は広いが・・・。


(これ渡るのはけっこう怖いな)

『かと言ってここに残ってるのもどうかとも思うがな。いっそ戻るか』


 それが一番なのかも知れないが、せっかく降りてきたのを何もせずに戻るというのももったいない気がする。

 見たところ橋の周りに魔物の姿もないし。


(一応ちょっと行ってみて、ヤバそうだったらすぐ戻るか?)


 ついそんなことを提案してしまう。

 穴を除き込んで見ると、底が見えない程深い。

 まだ残り2階層あるばずだが、穴の底が4階層なのだとしたらずいぶん下るのだろう。

 あるいは最下層まで抜けているのか。


 カティたちは話し合いの末、ゆっくりと橋を渡り始めた。

 体重の軽いテディを先頭に万が一橋桁が抜けた時はすぐに手を出せるようにカティがその後ろを歩く。

 特に何事もないまま橋の半ばまで来た時、テディがピクピクと鼻を鳴らして立ち止まった。


「どうした?」

「・・・フオー!」


 いきなり方向転換しようとしたテディにぶつかられ、カティは激しく揺れる橋の片側に押しやられて慌てて縄にしがみついた。テディはそんなカティには目もくれず、カティを押し退けたいきおいのままフラウの脇を通りすぎ、一目散に橋を戻って行く。


「何か来ます!」


 フラウの叫びに、手すりにしがみついたまま顔を上げる。

 どこからか、微かに羽音が聞こえた気がした。

 ブブブ・・・という鳥というよりは虫の羽音に似ている。

 だが、周りには何もいない。

 だとすれば穴の奥だろうかと、縄の隙間から下を覗くが深い穴の底は暗く、見通せない。


『戻れ!』


 頭に響く佑樹の声に返事も出来ぬままとにかく踵を返した。

 フラウもまたカティを気にしながら前を走り出す。

 グラグラ揺れる橋に足を取られながら、カティもまた走り出した、その時。

 小さな昆虫のような何かが頬を掠めた。


 ブブブ、と耳元で鳴る羽音。

 2センチ程もない黒い陰が穴の底から次々と湧き上がってくる。

 10や20ではない。

 その数は恐らく100以上。


「いいいいい!」

『うげっ・・・!俺こいつだけはダメなんだよ!』

「黒い虫さんですー!」


 ブンブン羽音を響かせ穴の底から次々と湧き上がってくるのは、テカテカと黒光りする見覚えのあるフォルム。

 頭からは2本の触角が微かに揺れている。


 比較的サイズは小さいが、その姿はおぞけを誘わずにはいられない。


『よりによってゴキブリかよっ!』


 珍しく心底からの佑樹の叫びが頭を打つ。


「『切り裂け!』『切り裂け!』『切り裂け!』」


 狂ったようにカティはカマイタチを放ち続けるが、的が小さすほとんど当たらない。


「ああああぁ!『切り裂け』『切り裂け』『切り裂け!』」

『走れ!走れ!頼むから早く!』


 フラウは蛇咬剣を振り回して相当な数を削ってはいるが、それ以上に湧いてくるのであまり意味をなしていない。

 まさに焼け石に水だ。

 まだ半分も戻っていない内に、辺りは黒い粒で埋め尽くされた。


「クソっ!なんだよこれっ!いたっ?!」


 身体にまとわりつくまさに黒い悪魔なそれがカティの肌に服の上から噛みついてくる。

 痛みとともに響く痺れにカティは焦り、両手で払っていく。


「『切り裂け!』『切り裂け!』ああああぁ!もう気持ち悪いし痛いしもう嫌だ!」

「ぴりぴりしますですー」


 あと10歩程で地面にたどり着く、そう思った時、カティは身体の異常に気づいた。

 痺れが全身に広がっている。そう気づいた時には足が縺れ、目眩がした。

 ぐらりと傾いだ足が、縄の隙間から滑り落ちる。

 引きずられた身体が縄の隙間を抜ける。

 痺れて上手く動かない指は縄を掴もうとして、失敗した。


「ご主人さま?!」


 叫んで腕を伸ばすフラウに「ダメだ!」と叫び返す。

 力があるとは言えカティと同じくマヒした身体のはずのフラウでは助けようとしても一緒に引きずられて落ちてしまう。

 それでも伸ばされたフラウの腕はカティに届かなかった。


 縄の隙間を抜け、宙に投げ出されたカティの身体はそのまま深い穴の底に飲み込まれていった。



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