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♯2 事件は敵を呼び寄せる

「よく来たな、勇者一行よ」

「あなたが魔王ね、討伐したげるわ!」

 勇者は、魔王と対峙していた。ちなみに、僕は勇者一行である。僕と勇者本人しかいないけどね。ちょっと人望が薄い勇者のようだった。

 僕たち、実は魔王を倒しに来たわけではない。目的は、魔王に捕らわれた姫の救出である。姫と言っても、国王の娘とかではない。一般庶民である村人さんの娘である。

 彼女が連れ去られた理由は、おそらく「神秘の力」だろう。姫は、庶民の娘でありながらも信じられない量の「神秘の力」を持っていた。それに魔王は目をつけたのだ。

「魔王……、姫をどうするつもりなんだ!!」

「生け贄にするのだよ。彼女の力があれば世界を支配することも可能だろう」

「絶対にやらせないわ!」

「なぜだ?彼女一人の犠牲で世界中が幸せになれるのだぞ?」

「何を……、言ってるんだ……?」

「神秘の力は人の信じる力がもとになっている。これが世界を覆い尽くせばどうなると思う?平和になるに決まってるじゃないか」

「しかし……」

「まだあるのか、勇者よ」

「平和のためとはいえ、人を平気で殺せるような奴に、この世界を支配されるわけにはいかないわ!」

「なら、戦ってくれよう」

「望むところよ!」

 魔王も勇者も剣を構える。両者の間に緊迫しった空気が流れる。


 どうして、どうしてなんだ!!

 なんでこんなことになってしまったんだ!!

 戦いではなく、もっと穏やかな解決方法もあったかもしれないのに……。


嘆く僕をよそに、魔王と勇者、その雌雄を決する戦いが始まった。



***


「これが今日の議題よ!」

 サツキがなんだか偉そうにホワイトボードに文字を綴っていた。


[議題;依頼が来ないので依頼してもらう方法を考える]


「どうしたらいいと思う?」

「サツキの意見は?」

 サツキもこの返答は予想していたのか、「そうねぇ」と考える。彼女はすぐに思いついたようで、顔をパッと輝かせる。

「すごい名案を思いついたわ!」

「なんだ?」

 サツキが顔を輝かせた時点で嫌な予感しかしないが、一応聞いてやる。

「依頼がないって言うのはつまり、事件がないってことなのよ」

「それで?」

 事件があってもサツキに解決してもらおうという変人はなかなかいないだろう。はるかのような逸材でもない限り。

 今彼女が何をしているかといえば、言うまでもあるまい。ジャガチを食っていた。

 ちなみに六本木は真面目に考えていたりする。たぶん議題とは関係ないことを。

「事件がないなら、自分で作ればいいじゃない!」

「犯人に任せろ!!」

 相変わらずぶっとんだ意見であった。

「そんな不満ならそっちで考えなさいよ」

 不満も何も、これを肯定してしまったら探偵部として決定的な何かが失われてしまう気がするのだが……。

「六本木、何かあるか?」

 僕は真面目に考えてるさわやか少年(ただし見た目に限る)に質問する。彼はこちらを見ると、さわやかに答えた。

「この学校はセーラー服ですけど、サツキさんにはブレザーのほうが似合うと思いませんか?」

 驚きの関係なさだった。黙殺することにする。

「はるかはどうだ?」

「もぐもぐ……パリパリ…………もぐもぐ……」

 一生懸命にジャガチを食っていた。なんだこの役立たず二人……。

「で、圭介はどうなのよ」

「ポスターかなんかで宣伝すればいいんじゃないか?」

「あなた、天才?」

 この程度で天才とは、探偵部はどれだけバカ集団なのだろう。結局それ以外には案が出なかったため、僕たちはポスター制作に取りかかろうとしたのだが……。

 突如、勢いよく扉が開いた。

 




「探偵部、私の「漆黒流星」の前に平伏し、ここを明け渡せ」



僕はとりあえず面倒なことになったと確信した。



「探偵部、私の「漆黒流星」の前に平伏し、ここを明け渡せ」

 探偵部に踏み込んだそいつは、中二チックなワードを交えつつ、言い放った。

 フェミニスト、というよりは変態の六本木がそいつに歩み寄り、声を掛ける。

「あのお嬢さん、一緒に食事でもどうですか?」

「どうしてそうなる!」

「あなたが可愛い女の子だからですよ」

 そう、女の子なのだ。部室への侵入者は華奢な女子だった。

 茶色い髪をツインテールにし、瞳の色は赤。おそらくカラーコンタクトでもしているのだろう。そして、右目には眼帯。中学生に間違えられそうなほど小柄で、ゴスロリを着用している。

「あれ? なんで制服じゃないの!?」

「校則見なさいよ、バカね」

「最近語尾で僕を罵倒するの多くない!?」

 僕は言われた通り生徒手帳を開く。  


○校則2ー11○

・制服の着用は義務ではなく、権利である。好きな格好で登校してよい。志木以外。


「僕以外!?」

 僕はこの学校に嫌われているのだろうか。僕が何したっていうんだ!!

「私の話を聞け!」

 侵入者はやたら偉そうに注目を集めると、自己紹介をした。

「私は、深淵の奥底に眠る三千世界の神である御主に唯一接見を許された常人とは一線を画する闇の力の使い手にして「漆黒流星」の異名を持つ組織内で最……」

「十文字以内で」

「……天王寺明日香」

 初対面から数分で扱い方を習得してしまった。

「おまえは何をしに来たんだ?」

 最初の言葉からだいたい予想がついていたが、僕は明日香に質問する。

「ジャガチさんの魅力に気が付いたんですか?」

「俺の惚れたとか?」

「事件ね!」

 部員三人は各々好き勝手なことを言っているが、明日香はこれをガン無視し、質問に答える。

「全ては五年前から始まった。あのころ、まだ闇の力を制御できなかった私はそれを封じていたんだ。しかし、そんな私に転機が来た。組織に勧誘されたんだ。私はその組織に入り、一生懸命修行した。食事を忘れるほどにな。そうして私はついに…………」

「ポスター貼りに行くか?」

「そうね」

 僕たちは明日香の横をすり抜け、廊下に出る。

「待て待て待て!」

 明日香が引き留めるので、しかたなく部室に戻る。

「簡潔に言え!!」

「これでも丸一日かかる私の武勇伝を一時間以内にまとめようと頑張っていたのだが」

「それはここに来た理由と関係するのか?」

「……………………ないな」

「ないんかい!!」

「わかった五分以内で……」

「関係ないなら話さなくていいよ!!」

「くっ、話さないと闇の力が押さえられなく……」

 明日香が右手を押さえて悶絶していた。演技だと思うけど。どんだけ話したいんだよ、こいつ。

「わかったよ、十文字以内で言え」

「……私、すごい」

 内容が完全に消えていた。

「結局、何しに来たのよ、あなた」

 サツキが質問する。僕もいい加減聞きたかった。

「ここを、返してもらいたい」

「ここが探偵部になるのは、信長の時代から決定していたわ」

「私は、卑弥呼の時代からここにいた」

 子供の喧嘩みたいな言葉の応酬だった。

「おまえ何歳だよ!!」

「十六歳」

「まさかの年上!?」

 衝撃!明日香は小さな先輩だった!

「どうして、そんなにここにこだわるんだ?」

「悪魔の召還は、ここでやるのが最上」

 ああ、そういえば、サツキの話に一度だけ出てきたことあったな、明日香。悪魔を召還していた人だ。

 明日香は強気な瞳で僕を見つめる。しかしながら、その瞳には怯えも見え隠れしていた。動機が何であれ、ここは明日香にとって大事な場所だったのかもしれない。それをサツキは横取りした。だから取り返しに来た。改めて考えてみると、明日香はちっとも悪くないのだ。

 だから、僕は優しく問いかける。

「本音はなんだい?」

「……言わない」

 明日香はツンと目をそらした。

「そうね、私たちも暇だし、勝負よ!」

 それはサツキにしては破格の申し出だった。明日香に対して何か思うところがあるのかもしれない。

「あなたが勝ったらこの部屋をあげるわ。その代わり私が勝ったら全裸で校内を闊歩しなさい!」

 全然釣りあってなかった。

「その申し出、受けよう!」

 平気で社会的生命を掛けたよ、明日香!!



 そうして、僕たちと明日香の三つの勝負が始まったのだった。


「全裸闊歩って冗談だよな?」

「そりゃもちろん――」

「よかったサツキにも良心というものが……」

「――マジよ」

「殴っていいか?」

「サーセンした」



「この寛大な私が、勝負をあなたに決めさせてあげるわ!」

 すごく悪役チックにサツキが言い放った。明日香は不敵に笑うと、告げた。

「ふっ……、後悔するなよ?」

 なんだかこっちも悪役チックだ。となると正義は僕だろうか?

「早く決めろよ、おまえら……」

「まずは「衝突と飛翔のホワイトボール」で勝負だ!」

「日本語で」

「……バッティング」

 明日香は扱うのが簡単でいい。僕たちはバッティングセンターに移動することにした。明日香がなぜこれを選んだのかは謎だった。



「か弱い貴様らに情けをやろう」

 自ら首を締める傾向にあるな、明日香。あまり運動は得意そうでないのに。

 バッティングセンターについた僕たちは、明日香からルール説明を受けていた。ルールについては下に書こうと思う。

「何かしら?」

 サツキはうきうきしている。どんだけ全裸闊歩させたいんだよ、やらせないけど。

「貴様らの一人でも私に勝利したら貴様らの勝ちでいい」

 この競技のルールは簡単。機械が投げる時速百二十キロメートルのボールを百球受け、当てた回数が一番多い人が勝ちである。当てるだけでいいというレベルの低い勝負になった。まあどうせホームラン当てられる人なんていないだろうし、いいのだが。

「あ、圭介には審判を頼むわ!」

「え……、僕もやりたいんだけど」

「圭介が参加してこっちが負ける訳ないじゃない。だから審判。まあ、私だけでも絶対勝てるけど」

 サツキは自信があるようだ。しょうがないので僕は審判をすることになった。サツキからは「こちらに有利なようにやりなさい」と言われていたが、公平にやるつもりだ。


 かくして、勝負は始まった。


四人はそれぞれのバッターボックスに入る。まずは六本木を観察する。

「なあ、おまえわざとか?」

「本気ですよ」

 僕がなぜそう言ったかというと、六本木があまりにもボールを外しすぎていたからだ。というか今のところ一発も当たっていない。

 よく観察してみると、明らかに外しているとわかった。下に来たときは上を、上に来たときは下を振り抜いている。しかもフォームが綺麗だ。

 なるほど、そういうことか。

「なあ六本木」

「何ですか?」

「おまえ、経験者か?」

「残念ながら、童貞ですよ」

「いや、それを聞いたんじゃねえよ。知ってどうするんだよ」

「圭介さんは俺の童貞を奪えるということですね」

「僕どういうキャラ認識されてんだよ!!」

「ゲイ」

「死に晒せ」

「で、経験者っていうのは何ですか?」

「本気でわかってないのか……?」

「野球経験という意味なら、中学では野球部でした」

「なるほどね……、おまえが審判やるべきだっただろ」

「サツキさんがあなたを指名しましたから。俺は女の子に弱いんですよ」

「だから手を抜いてるって訳か」

「これで明日香さんの好感度アップが狙えます」

「僕が言わない限りスポーツの下手な情けない男という認識しかされないよな」

「報告お願いします」

「やらねえよ」

「金出します」

「すごい本気!?」

「一円ほど」

「なめてんのか」

「一億円」

「おまえ何者!?」

 この後も六本木は説得を試みてきたが、僕はそれを蹴り、はるかを見に行った。

  


「…………」

 こいつは六本木以上の逸材だった。

「パリッ、パリッ……、もぐもぐ…………、パリッ」

「せめてバット持とうよ!!」

 はるかはジャガチを食べながら、飛んでくるボールを観察していた。なんなんだよ、こいつ。

「え?私はちゃんとやってますよ?」

「どこが!?」

「これは眼力でボールを曲げる競技ですよね?」

「どうしたらそんな勘違いを!?しかも人間業じゃないよ、それ!!」

「ちょっと曲がってます」

「それは少なくともはるかの力じゃないよ!!」

「ジー…………、パリッ、パリッ……、もぐもぐ」

「続けるの!?続けちゃうの!?ちゃんとボール打とうよ!!」

 やはりというか何というか、六本木とはるかは戦力外だった。すると使えるのはサツキだけか。


「…………」

 サツキの前はスルーした。



「逆に、すごいな」

 明日香を見た感想はそれだった。

 カスッ

 カスッ

 カスッ

「はっはっはっ、私の偉大さに気がついたか、このビッチが!」

「僕は女じゃないわ!!」

「ボッチが」

「真実を突いてきた!!」

「マジなのか?」

「言わないで、言わないでぇ!!」

 カスッ

 カスッ

 カスッ


 明日香はぎりぎりボールをバットに当てている。フォームは不安定で、バットに振られている感じはするが。


 カスッ

 カスッ

 カスッ


 何がすごいかって、バットとボールがかすれるくらいのぎりぎりの場所に毎回当てていることだ。明日香がこの競技を選んだ理由がわかった気がする。

 もしかしてこいつ、野球部にいたら結構逸材なんじゃないか?ホームランこそ打てないが相手のピッチャーを半永久的に投げさせることができる。

「わわっ!」

 スカッ

 インコースに来たボールを明日香は必死で回避し、バットに当たらなかった。避けなくてもデッドボールにはならなかっただろう。結構ビビりだな、こいつ。

「今のはすさまじい球だった。まさか私が回避することになろうとは」

「普通にインサイドの球だったよ!!」

「インサイドの球……。なるほど、私が避けざるを得なかった訳だ」

「アクセントはイじゃなくてサだよ!!かっこよくなっちゃってるじゃねえか、インサイドの球!!」

「だが、私に同じ技が効くと思うなよ?」

「あ、インサイドに来た」

「わわっ!」

 また避けていた。



「結果発表ーーー!!」

 サツキがこの叫びとともに、ホワイトボードを持ってきた。

「どこにあったんだそれ!!」

 僕は思わず聞き返す。ここは部室ではなくバッティングセンターである。

「携帯式ホワイトボードよ、八折りにして持ってきたの」

 初めて見たよ、携帯式ホワイトボード。

「まずはあんた!」

 サツキが指さしたのは明日香。彼女は自信満々に言い放った。

「貴様に当てられるかな?」

「ちゃんと発表しようよ!!」

「……九十五回」

 結構好記録だった。インサイドには五回しか来なかったのかな?

 サツキはホワイトボードに九十五と記す。

「じゃあ、はるかと六本木は?」

「「0」」

 二人の声がハモった。サツキはポカーンとしている。結局最後まで当たらなかったんだな。いや、当てようとしなかったのか。

「圭介は?」

「僕は審判だろ」

「0回ね!」

「0分の0な!!」

 サツキは一通り記し終わると、自信満々に言い放った。

「私の勝ちよ!」

「何回だったんだ?」

 まあ、予想できるが。

「九十九回」

「一回外したんだな」

「バットが折れちゃって」

「ボール怖っ!!」

 とにかく、こちらが一勝ということになった。

「私が……、負けただと……」

「いや、しょうがないって」 

 死に際のラスボスみたいなうめき声をあげる明日香を僕はなぐさめてやる。 

「うぐ……、ぐすん」

 メンタル弱いな、こいつ。その様子がまるで構ってもらえない子供のようだったので、僕は明日香の頭を無意識になでていた。子供は癒されるし、好きだ。明日香は癒されるというよりは疲れるけど。

「私に……、触るな!!」

 そういいながらも、明日香は僕の手をどけようとしない。僕は彼女が落ち着くまで頭をなで続けた。



 ちなみに明日香が負けた理由は簡単だ。だって勝てるわけないよね、バントに。



「次の勝負は……、手押し相撲だ!」

 明日香が堂々と宣言する。チョイスが微妙だった。他になにかあるだろ、なにか。

 誰も反応しなかったため、明日香が不安げだ。

「私の命令が聞けぬというのか!」

 寂しそうに言うものだから、ちっとも威厳がなかった。 特段反対する理由もなかったため、これをやることにした。


「圭介には審判を頼むわ!」

「また僕は参加できないのか……」

 サツキの部長命令により、僕は再度審判になった。いい加減、競技をやらせて欲しい。

「最終兵器は温存しないと!」

「僕はどちらかと言えばインドア派なんだけど……」

「だからこそよ!」

「?」

「次の競技はゲーム辺りにするつもりだから」

「競技決めるのあっちだろ……」

「…………」

「…………」

「さて、ウォーミングアップでもしようかしら~」

「言い訳くらいしろよ……」


 三本勝負で多く勝った方が勝ちらしい。編成としては、六本木、サツキ、はるかの順だ。柔道などができるはるかは期待が持てるため、最後になった。


 六本木、敗北。

 

 特に言うことがないので描写は割愛する。あえて言うならば、明日香と手が触れるたびに六本木が顔を輝かせていたのが印象的だった。さすが変態。


 次はサツキの出番だ。

「…………」

「…………」

 両者はにらみ合って動かない。相手の出方を窺っているようだ。


 待つこと一時間。


「…………」

「…………」

「いい加減始めようよ!!」

 僕の突っ込みに明日香がこちらを向いて返答する。

「ふっ、これも作戦のうち」

「隙ありっ!」

 瞬間、サツキの腹パンが明日香に突き刺さる。

「ぐはっ」

 明日香が吹き飛ばされ、足が所定の位置から離れた。

「ウィン!」

「いや、この競技、手以外触れちゃだめだから」

「なんで!?」

「当然だろ!!」

「くっ、私に一撃を与えられる奴がいるとはな……」

 無駄にダメージを受けた明日香が中二セリフとともに立ち上がる。腹を押さえて涙目だった。

 僕は審判として二人を所定の位置につかせた。

「よーい、始め!!」

 今度はにらみ合うことなく、二人の試合が始まる。両者はお互いの手を押しあい、相手の足を動かせようと頑張る。

「ふっ、貴様なかなかやるな」

「あ、ハエがいるわ!」

 サツキはその言葉とともに明日香の顔の目の前で手を打ち鳴らした。

「わわっ!」

 明日香は驚いて尻餅をつく。明日香、敗北。彼女はどうやら中二セリフを吐くとき油断しているらしかった。そして相変わらずのビビりだ。


「わたし、頑張ります!」

 はるかはそう言うと、所定の位置につく。明日香も準備を終えたのを確認すると、僕は試合をスタートさせた。

 

「さあ、どこからでもかかってくるといい」

 相変わらず自信満々に明日香が言い放つ。背が低いためか、全く威厳がなかった。

「パリッ、パリッ、パリッ……、もぐもぐ……」

 はるかも相変わらずマイペースにジャガチを食べ続けていた。

「試合しろって、はるか!!」

「パリッ、パリッ……、もうすぐエネルギー補給終わりますので」

 はるかにはどれだけのエネルギーが必要なのだろう。驚きの燃費の悪さだった。

「ふう……食べ終わりました。本気で行きますよ!」

 突如、はるかのフックが僕の鳩尾にクリティカルヒット!!

「ぐはっ!!」

「わたし、やっぱ強いですね!」

「相手は僕じゃないよ!!」

 確かに一瞬、意識飛んでたぜ。

「え……、違うんですか?」

「僕は審判だよ!!相手は明日香!!」

「なるほど!パリッ、パリッ……、もぐもぐ」

「本当に燃費悪いな!!」 

 


 今の勝敗は一対一。つまり、はるかと明日香の勝負が勝敗を分ける。

「ふっ、私に勝てるとでも?」

「えいっ!」

 中二セリフを吐く明日香の手を押すはるか。

「わわわっ!」

 明日香は尻餅をついた。しかし、負けではない。彼女はすぐに立ち上がり、自信満々に言い放った。

「だから勝てぬと言っただろう。これが私の最終奥義、【脚足固定ステップシフト】。貴様にこれが……」

「えいっ!」

 はるかに押されて明日香が尻餅をつく。しかし、足の位置は動いていない。使用頻度の高い最終奥義だった。

「ふっ、ならば見せてやろう私の最終奥義を!」

 明日香は再度立ち上がり言った。いったい何個あるんだろうか、最終奥義。

「えいっ!」

「その攻撃を待っていた!!」

 押し出されたはるかの手に明日香の手が当たる直前、はるかの手の動きに合わせるように明日香の手が引かれた。よってはるかはバランスを崩し、前のめりになる。この隙を明日香が突いた。

「私の最終奥義、【飛光雷斬フライングサンダー】!」

 大層な名前の付いた技だが、実際に行ったのは、バランスを崩したはるかの手を思い切り押したことだけだ。

「「はるか(さん)」」

 六本木とサツキの声が重なる。はるかはこのまま負けると、その場にいる全員が思っていただろう。しかしながらはるかにとっては違ったようだ。

「何!?」

 明日香が驚きの声を出す。僕たちも驚愕していた。

「世界が逆さまですね~」

 はるかが変なことをつぶやいているが、それは放っておこう。とにかくはるかはブリッジをしていたのだ。足はもちろん動かさずに、体を反らせて手を後ろについていた。

 しかしどう起きあがるんだろうな、これ。

「パリッ、パリッ、パリッ……、もぐもぐ……」

 はるかはまたジャガチを食べている。あれ、何かがおかしいような…………。

「って、なんでその体勢でジャガチ食えるんだよ!!」

「えっ?わたし、もともと手なんてついてませんけど?」

「何だって!?」

 よく見るとはるかは足のみで体重を支えていた。どうなってるんだよ、こいつの体。というか仕事しようよ、物理法則!!

 そして、はるかのジャガチ補給、こと燃料充填が終わる。彼女は足の力だけで立ち上がった。本当に人間か?

「なっ……、まさか……、貴様は…………」

 明日香が再び衝撃を受けていた。まあ、明日香だけじゃなくてこの場にいる全員が驚いていたが。

「えっと……、【魔王サタン】?いやこれじゃださいな……。ん~と……」

「ちゃんと名前決めてから言おうな!!」

 僕は明日香に思わず突っ込む。意外と少なかったりするのだろうか、明日香の中二語彙。

「では、再開しましょうか!」

 満面の笑みとともにはるかが言った。もはや恐怖しか感じない。

「くっ……、それならこちらにも策はある」

 明日香は不敵に笑う。そして、一言つぶやいた。

「ジャガチ、一年分」

「負けました!」

 はるかが足の位置をずらした。負けである。本気すぎるだろ、明日香。万単位でお金を掛けるようだった。

「嘘でしょ……」

 サツキが呆然とつぶやく。これでまた振り出しに戻った。全ての勝敗は、次の勝負で決まる。



「最後の競技は、じゃんけんだ!」

 明日香が相変わらず自信満々に言い放つ。

「却下。もっとちゃんとしたものにしようよ!!」

 僕はすかさず否定した。最後の勝負としてださすぎるだろ、じゃんけん。

 明日香はむうっ、とむくれたがすかさず案を出していく。

「ク○ィッチ」

「ハリー○ッターでやれ!!」

「霊力勝負」

「僕たち持ってないよ、霊力!!」

「魔法決闘」

「いい加減ファンタジーから抜け出して!!」

「陸上水球」

「それはもはや水球じゃなくて別の競技だよ!!」

「格闘」

「痛いのはだめ!!」

「三角ベース」

「人数が明らかに足りないよ!!」

「デスケットボール」

「何その不穏な競技!!」

「バスケットボールで相手をKOしたら勝ち」

「もちろん却下!!」

「セパタクロー」

「ほとんどの読者は知らないよその競技!!」

「これ以上思いつかないな」

「なんでもっと普通の競技が思いつかない!!」

 明日香からは他に案が出なさそうだったので、僕は他の人に頼ることにした。

「じゃあ六本……いや、なんでもない」

 まず六本木に案を出してもらおうと思ったが、こいつからはまともなものが出る気がしない。さて、はるかにでも……。

「徒競走とかどうですか?」

「六本木には質問してないよ!!」

「地の文を読みました」

「どうやって!?」

「まあ、いいじゃないですか。ささいなことです」

「すごく気になるよ!!」

「徒競走で決定ということでいいですか?」

「なぜ徒競走?」

 六本木にしては普通の競技なので僕は少し驚いていた。こいつならもっと変態的なものを出してくると思ったのに。

「ブルマ姿が見られるじゃないですか」

「この学校、ブルマじゃなくて短パンだぞ」

「マジですか」

「マジだよ」

 やっぱ訂正する。こいつやっぱ変態だ。

「さて、はるかにでも……」

「水泳なんてどうでしょう?」

「なぜ聞いてないのに答えるんだ、六本木。却下!!」

「なぜですか!?」

「おまえが出す案は変態的なものしかなさそうだから全却下」

「存在ごと否定されましたね、俺」

 嘆く六本木を置いて、次ははるかに質問することにする。

「はるか、何か案あるか?」

「パリッ、パリッ、う~んとえふね……、もぐもぐ」

「飲み込んでから言え!!」

「もぐもぐ……、ごっくん。ジャガチさんおいしいですよね!」

「僕の質問に答えようよ!!」

「え?答えましたよ?ジャガチさんの魅力について一時間語れっていう要請ですよね?」

「うん、全然話聞いてないなおまえ!!」

「ジャガチさんはそもそもですね…………」

「語らなくていいよ!!」

「あ、これ一時間じゃ無理そうですね。三時間くらいくれないと……」

「いいよ、話さなくて!!」

「三十分のダイジェスト版がよかったですか~?」

 はるかからはそもそも案が出なかった。こいつの話を聞かないスキルには驚くべきものがあるな。

 ジャガチさんの魅力を語りだしてしまったはるかを置いて、僕はサツキの案を聞くことにした。

「サツキは……」

「ボクシング!」

「だめだよ!!」

 速い、速すぎる!!質問し終わってないのにサツキが案を出してきたが、速攻で却下。なんでこうデンジャラスなんだろう?

「サッカー!」

「最後の勝負はインドア系にするんじゃなかったの!?」

「ツ○ッター!」

「インドアだけどそれでどう勝負しろと?!」

「ソリティア」

「一人でしか遊べないよ!!」

「これしか思いつかないわ!」

 サツキは自信満々に言い放った。

「誇ることじゃないよ!!」

「これが探偵部クオリティー」

「本当に使えないな、探偵部員!!」

「圭介は何か案あるの?」

 サツキの問いに僕は答えられない。なぜなら、思いつかないからね。使えない探偵部員の中には自分も入っている。

 だから僕は半ばヤケクソになって叫んだ。

「もうPKでいいよ!!」

 それに対し明日香はなぜかおびえた表情を向けた。

「PK……、まさか少年は私を殺す気か?」

「なぜそうなる!!」

「Player kill略してPKだろう?」

「サッカーのPKだよ!!」

「まさかボールを凶器に……」

「違うよ!!」


 翌日の放課後、僕たちは近くのサッカーグラウンドに集合していた。競技が決定した時点でかなり遅い時間だったからだ。

 ちなみにこの場所は僕たちが貸し切っていたりする。資金はサツキ提供だ。恐ろしい経済力を持っているな、サツキ。

 PKは僕たちと明日香の五本勝負で、こちらは四人で代わりばんこで蹴ることにしていた。明日香は当然一人だ。


「ふっ、私の恐ろしさをとくと思い知るがいい」

 明日香が相変わらずの中二セリフとともにボールを所定の位置に置く。キーパーは六本木。いろんな意味で負ける確率が高い組み合わせだ。

 気合い十分の明日香とただ爽やかな笑みを浮かべる六本木。彼が明日香の胸元を凝視していることを本人は知らないだろう。ほとんどないけどね、彼女の胸。

「行くぞ、私の最終奥義【裂岩跳弾アースライン】!」

 最終奥義を惜しげもなく出した明日香の足が地面をえぐる!!そのままボールが飛ぶことはなかった。

「あ、痛っ……、ふっ、まさか私の最終奥義が破られるとはな……」

「実際ただの自爆だったけどね!!」

 明日香はただ蹴る場所をミスっただけだった。

「ふふふっ、私にはまだ三段階の進化が残されているんだ。これで勝ったと思うなよ?」

「早く蹴れって」

「……はい」

 僕の言葉を素直に聞いた明日香はボールの後ろに立ち、最終奥義を使わず蹴った。

 ボテボテのボールだった。

 やっぱり明日香はスポーツが得意じゃないと結論付ける僕をよそに、ボールはゴールへと向かって行く。

「なんてすばらしいボールなんでしょう!」

 六本木は棒読み甚だしく言うと、ボールに向かって手を伸ばそうとする。かなりわざとらしい演技だった。

「あ……」

 僕がある意味呆然とする中、ボールはゴールにたどり着く前に止まった。

「んと……」

 六本木がコメントに困る、といった様子を見せる中、明日香は必死で取り繕った。

「今のは外してやったんだ、感謝しろ」

「あ、ありがとうございます……」

 六本木が棒読み気味に感謝していた。


 次は六本木が蹴る番だ。六本木の使えなさはわかっているはずなのに、サツキは蹴る人を変えなかった。その理由はすぐわかったが。

「行きますよ、明日香さん」

 六本木はそう言うと、弱いボールを明日香の正面に蹴った。彼女にキャッチさせて喜ばせるつもりなんだろう。しかしながら明日香の行動はさらにその上を行っていた。

「くっ、なんて球。発動、私の最終奥義「ゴッド○ンド」」

 明日香はついにパクリ技を用い始めた。彼女は手を前に突きだしてボールを受け止めようとする。

(あ……)

 僕たちがある意味呆然とする中、ボールは彼女の股をくぐり、ゴールに入った。

「くっ、まさか私の最終奥義が破られるとは……。やるな、貴様」

「そんなことないですよ」

 六本木は照れるように答えていたが、それは謙遜ではなく事実だった。僕たちは明日香に対する認識を再び改める。

(こいつ、絶望的にサッカー苦手だな……)  


 二ターン目。明日香は普通にシュートに失敗した。そして、はるかの蹴る番である。

「全力でゴールを決めてやりますよ~!」

 はるかは気合い充分。ジャガチ補給も済ませ、万全の状態だ。

 一方、明日香は完全に怯えていた。彼女の気持ち、痛いほどわかる。はるかのシュートはそもそも理論的に止められないような気もする。ブリッジ状態でジャガチを食べていたくらいだし。

「……ふっ、こここれで、あああ当てられまい……、大丈夫だよね……、ポール折れたり……、しないよね……?」

「PKはキーパーの体にボールを当てる競技じゃないからね!?」

 思わず突っ込んでしまったが、本気でPlayer killしかねないからな、はるか。

「行きますよぉ~!」

 言葉こそ浮抜けた感じだったが、はるかがボールを蹴ろうとする様は、まるでプロのようだった。フォームが綺麗だ。

 はるかの足から比喩ではなく本気で弾丸のような球が打ち出される。

 その球はゴールネットを揺らすことはない。

「「「え……?」」」

 僕たちが唖然とする中、ネットが軽く破られた。

「代わりのゴール用意しなきゃですね~」

「とりあえず、はるか出場停止ね!」

「ええ~!」

 サツキから突然、出禁をくらったはるかが驚いているが、至極真っ当な判断だと全員が思っていただろう。  


 はるかの凶行があったものの、あれも点数に加算された。三回目のキックは僕になる。言うまでもなく明日香はゴールを外していた。

「ふふっ、雑魚が!」

 明日香の言葉がはるかの時と大違いだった。

「ポールに隠れながら言うことじゃないよ!!」

 ポールの後ろからでは説得力が全然なかったが。

「これでも私にはサッカー経験があるのだ!」

「どのくらい?」

「六年ほど。どうだ、恐れおののいたかっ!」

「まずはポールに隠れるのをやめようか!!」

 僕の言葉に渋々うなずいて、明日香がゴールの中央に立って、ふんぞりかえる。

「よく聞け、愚民ども。私はチームメイトから「ベンチの帝王」と呼ばれるほど実力があったんだ」

「それ絶対バカにされてるから!!」

「監督にはチームの最終兵器と呼ばれていた」

「監督優しいね!!」

「ちなみに一回も試合に出たことがない。私の実力が発揮できる試合がなかったんだ」

「実力が低すぎてね!!」

「小学生たちと中学生の私が一緒に遊んだときは、実力を押さえるのが大変だった……」

「小学生のほうがな!!」

「あの時は負けてやったんだ」

「負け惜しみお疲れさま!!」

「それにしてもあの幼稚園児は強かった……」

「まさか負けたのか!?」

「地球は、恐ろしい所だな……」

「おまえが弱すぎるんだよ!!」

 明日香は僕の突っ込みをものともせずゴール中央でふんぞり返っている。僕はボールを所定の位置にセットした。

「三歳児と鍛えた私の真・最終奥義、見せてやろう!」

 明日香は三歳児並みらしい。

 僕はなんだか明日香相手に本気を出すのもどうかと思ったので、弱いゴロをゴールに放った。

 その時、明日香が動いた。

「私の真・最終奥義、【前提崩壊アイデアコンバーション】!!!」

「なにっ!?」

 僕が驚愕する中、明日香はゴールポストをつかみ、全力で横に…………、動かせなかった。

「私の真・最終奥義が破られるだと!?」

 明日香がゴールの重さに絶望するなか、ボールはゴールに入った。


「これで私たちの勝ちね、さっさと退散するといいわ!」

 サツキが堂々と宣言する。一方、明日香はただうなだれていた。

「くっ、なんてことだ……。私が敗れる日が来るとは」

 明日香はおもむろに顔を上げる。彼女はそのまま僕たちを見回すと、ふっ、と自嘲するように嘆息し、グラウンドを去っていった。

 僕たちはしばらく明日香がグラウンドを去るのをただ見ていた。しかしながら、僕はある可能性に気づいた。もしそれが正しいのだとしたら……、僕たちはなぜ気づいてやれなかったのか、という後悔が押し寄せ、思わず明日香を追いかけていていた。

 「おい、明日香!!」

 僕の声に気がつき、明日香がこちらを向く。

「私は勝負に負けた。全裸闊歩でもなんでもする」

「いや、それはしなくていいから」

「探偵部にはもう、関わらない」

 明日香の偉そうないつもの口調が抜けていた。

「明日香……」

「……さようなら」

「なあ」

 孤独に歩きだした明日香の肩に僕は思わず声を掛けていた。

「なあ、探偵部に入らないか?」



 勝負に敗北した明日香はグラウンドから去った。彼女に勝ったことは探偵部としては喜ぶべきことだったのかもしれない。しかしながら僕は、いや、あのサツキでさえも素直に喜んではいない。

 考えようによっては、僕たちはひどいことをしていたのかもしれないのだ。

 

 僕たちは、明日香から居場所を奪ったのだ。


 僕はここでハッと気づく。明日香の中二行動。あれは普通、人から疎まれるたぐいのものだろう。その場合、こんな可能性が考えられる。


 もし、明日香に友達がいないのだとしたら。

 もし、明日香がクラスに居場所がなかったとしたら。

 もし、悪魔召還が孤独な一人遊びだったとしたら。

 もし、部室が明日香にとって大切な物だったとしたら。

 もし、探偵部に来た目的が部屋の返還ではなかったとしたら。

 もし、もし、もし…………。


「もし、明日香が探偵部に居場所を求めていたのだとしたら!!」

 最悪だ。僕はいまのいままで、明日香は部屋の所有権を争う目的で探偵部に来たのだと思っていた。しかしそれは違う。彼女は別にあの部屋じゃなくても一人遊びはできたはずだ。部室棟の空き部屋はあそこだけではない。だから、違う。彼女はただ僕たちと遊びたかっただけかもしれない。だって、僕たちと勝負をしている間、とても生き生きしてたじゃないか、明日香。もしそうだとしたら、僕たちは言葉の表面だけを見て、明日香にひどいことをしていたんじゃないか?

 だとしたら、彼女をこのまま帰らせるわけにはいかない。彼女を再度、孤独に突き落とすわけにはいかない。


 僕は、思わず走り出していた。


 しばらく走っていくと、一人帰途についていた明日香を見つけた。その背中は明日香の背丈以上に小さく見える。僕は声を掛けた。

「おい、明日香!!」

 明日香はピクッと肩を揺らすとこちらを向く。一瞬、彼女の表情は明るかったものの、僕だとわかった瞬間、醒めていた。

「私は勝負に負けた。全裸闊歩でもなんでもする」

「いや、それはしなくていいから」

「探偵部にはもう、関わらない」

「――っ」

 事務的だった。彼女の声はどこまでも事務的なものだった。僕との会話を事務的に処理しているようだった。

「明日香……」

「……さようなら」

 事務的でありながらも彼女の瞳にはわずかな感情が読みとれた。それは孤独への恐怖と諦め。以前の友達がいなかった僕に似ている気がした。僕には文彦などわずかばかりの友達はいたが、基本、一人だった。その頃の僕ならこのまま何もしなかっただろう。明日香を見送ることしかできなかっただろう。でも今は違う。

 僕にはもう、楽しく笑いあえる友達がたくさんいるのだ。

 だから、僕は孤独に歩きだした明日香の肩に思わず声を掛けていた。

 

 彼女に、友達ができてほしいと思った。


「なあ、探偵部に入らないか?」

 明日香は驚いたようにこちらを向くと、驚いたことを取り繕うように不自然な事務口調になって聞き返す。

「……なんで?」

 それは……、と一瞬言葉に詰まった。言葉が思いつかない。悩んだ末、僕は素直な感情を吐き出すことにした。

「明日香の居場所になりたいからだ」 

 彼女の瞳が見開かれた。しかし、明日香はそれを隠すように後ろを向くと、そのまま告げる。

「私は、友達を作らない主義なんだ」

「僕はもう、明日香の友達だよ」

「友達になるには……、契約が必要だから圭介は友達じゃない」

「違う。友達はなるものじゃない。いつの間にかなっているものだ」

 明日香は手を握りしめ、その拳は震えていた。肩も、不自然に力んでいる。

「私は……、私はっ!」

「……明日香?」

 彼女の前に回り込もうとすると、明日香は僕が背中側にくるように方向を変える。

「私はっ、中二病なんだぞ」

「もう知ってるよ。でも僕は明日香の友達だ」

「悪魔を呼び出そうとするほど……、バカで、きもくて、どうしようもなくて……」

「自分をそんな卑下するな。僕は明日香の友達だ」

「運動も死ぬほどできなくて……、のろまで……」

「知ってるよ。それでも僕は友達だ」

 明日香は急にこちらを向いた。彼女の感情の奔流に押され、のけぞる僕。しかし、明日香の様子を見て、気圧されている場合ではないと思い直した。

「私はっ、私は私は私はっ、友達が一人もできないような……、救いようのない人間なのにっ!!!」

 明日香の目からは大量の涙があふれ出ていた。涙や鼻水で顔がグシャグシャだった。そんな必死な彼女に、できるだけ優しく僕は言ってやった。


「それでも僕は、明日香のことが好きだ」

 

「え、ん、ふぇ? ん……、んと……、大魔王は世界に破滅を邪気眼暴露が世界混乱…………」

「あれ、明日香がおかしくなった!?」

 僕の言葉に対し、明日香が返した反応は不思議なものだった。泣いていたせいかもともと頬が赤かったが、今は首筋まで真っ赤になっている。その上、時々こちらを窺い、目が合うとすぐにそらされる。

「私は……、私は……、あの……その…………」

「熱でもあるのか?」

 不審に思って僕は明日香の額に手を当ててみる。

「ひゃっ!?」

 明日香は大幅に飛び退くと、相変わらず顔が赤いまま、言葉を紡いだ。

「んと……、ままままずは、と、友達からって言うか…………何というか……」

「何言ってるんだ? 僕たちもう友達じゃないか」

「いや……、それは…………そうなんだけど、そうじゃなくて……」

 明日香はいったいどうしちゃったんだろうか。僕はただ明日香を友達として好きだって言っただけなんだが……。

 明日香は少し決心したような表情になると、ちょっと恥ずかしそうに目を泳がしながら、言った。

「私も……、け、圭介のことが好き」

「そうか。ありがとな」

「う、うん……」

 明日香は少し釈然としない、という表情をしながらも笑顔を見せてくれた。


 たとえ明日香に友達が少なくても、今はとりあえず彼女が笑顔になってくれてよかった。


「もう圭介、急に走り出してどうしたの……よ?」

 しばらくして、探偵部の面々が集まった。なぜか明日香は僕の背中に隠れる。

「ふっ、人質を返して欲しくば負けを認めるんだな!」

「事態をややこしくするなよ明日香!!」

「別にいらないし、そいつ」

「なんでそんなに冷たいの、サツキ!?」

「自分で考えるといいわ」

 サツキはツンとそっぽを向いてしまった。とりあえず僕はいままでの経緯を話すことにする。

「ってことがあったんだけど」

「鈍いんですね、圭介さん……」

「ん? 何言ってるんだ、六本木?」

「いえ、気がついてないならいいです」

 六本木がなんだか変なことを言っていたが、気にしないことにする。

「で、明日香と友達になってくれないか?」

 明日香が不安そうに僕の制服のそでを掴む。これにサツキは呆れるように答えた。

「何言ってるのよ、圭介。友達はなるもんじゃないって言ったのはあんたじゃないの」

「そういえばそうだった」

「はるかはどうだ?」

「ジャガチさんをくれる人は大歓迎です」

「もっと精神的なつながりを持とうよ、はるか!!」

「もとより、私は明日香ちゃんの友達ですよ」

「そうか。六本木……、はいいや」

「俺にも言わせてくださいよ、あなたの友達だって!」

「おまえの答えは予想ついたからな。聞いてもつまらない」

「おもしろさで人のセリフを消さないでください!!」

 僕が珍しくボケにまわっていた。とりあえず、これで明日香の友達は四人だ。

「よかったな、明日香」

「ありがとう……、圭介」

 彼女は頬を紅く染めながら返答した。

「はいはいはい、二人でいい雰囲気になってないで、こっちに注目!」

 サツキのこの言葉に、明日香がなぜか、また顔を赤くしていたが、僕には意味がわからないかった。

 とにかく、サツキの話を聞くことにする。彼女は明日香に向かって何か言うようだ。僕たちがサツキに注目した意味って何だったんだろう?

「明日香、探偵部に入らない?」

 それは僕がさっき聞いてうやむやになったままの言葉。明日香はこれに対し、ちょっとひねくれたことを言った。


「一つ、条件がある」



「で、何でこうなってんだよおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「よく来たな、勇者一行よ」

「あなたが魔王ね、討伐したげるわ!」

「なんですっかりなりきっちゃってんの、サツキ!?」

「うるさいわね……。黙ってなさいよ、奴隷!」

「僕の役割って付き人だったよね?!」

まあ、嘆いてもしょうがないから、ちょっとあらすじでも語っておこう。


 僕たち勇者一行は国王からある命令を受けてここにいる。 

 僕たちは魔王を倒しに来たわけではない。目的は、魔王に捕らわれた姫の救出である。姫と言っても、国王の娘とかではない。一般庶民である村人さんの娘である。ちなみに、この役ははるかだ。

 ついでに言っておくと、「うちの娘を……、助けてくれぃ」の一言しかセリフのない村人役は六本木が担当していた。ちなみに魔王と勇者の邂逅から始まるため、裏設定にしか存在しないセリフである。

 彼女が連れ去られた理由は、「神秘の力」を持っているから、とのことだ。姫は、庶民の娘でありながらも信じられない量の「神秘の力」を持っていた。それに魔王は目をつけたのだ。

 よって姫を救出し、ついでに魔王を討伐することが僕たちの使命である。

「魔王……、姫をどうするつもりなんだ!!」

 うっ……。ちょっとなりきりさんの気持ちがわかった気がするよ。完全に感情移入しちゃうと抜けられないな、これ。

「生け贄にするのだよ。彼女の力があれば世界を支配することも可能だろう」

「絶対にやらせないわ!」

「なぜだ?彼女一人の犠牲で世界中が幸せになれるのだぞ?」

「何を……、言ってるんだ……?」

「神秘の力は人の信じる力がもとになっている。これが世界を覆い尽くせばどうなると思う?平和になるに決まってるじゃないか」

「だけど……」

「まだあるのか、勇者よ」

「平和のためとはいえ、人を平気で殺せるような奴に、この世界を支配されるわけにはいかないわ!」

「なら、戦ってくれよう」

「望むところよ!」

 魔王も勇者も剣を構える。両者の間に緊迫しった空気が流れた。

 

 ここが部室で、剣が段ボールだと言うことを知っている僕からすると、なかなかシュールな光景だったが。


「ふっ、はっ、はっはっはっ、私が戦うまでもない。行け、我が配下ども!」

 …………………………。

 ………………………………。

 ……………………………………。

「あ、いなかった」

「「…………」」

 魔王の無計画さにあきれる僕と勇者だった。

「行け、ケイスケよ!」

「まさかの勇者一行からの引き抜き!?」

「油揚げあげるぞ?」

「僕はキツネかっ!!自分で戦えよ!!」

「ふっ、私をここまで怒らせるとは……」

「ただの自爆だよ!!」

 

 もうわかってると思うけど、僕たちは謎の寸劇をやらされているのであった。明日香の入部条件である。


 なんで寸劇にしたんだか……。



「しょうがあるまい。見せてやろう、私の【漆黒流星】を!」

 魔王が手を天に突き出す。するとそこに黒い力が集まる……、ということはないが、これは想像で補完する所だ。魔王の手に黒い力が集まったかと思うと、彼女はふっ、と笑い手をこちらに向ける。するとその漆黒に染まった手から無数の矢みたいなものが発射された(多分)。

 勇者はそれを次々と剣で切り払っていく(想像)。しかし付き人、つまり僕には防御手段がない。

「ぐあああああ」

「付き人!?まあいいわ。もともといらなかったし」

「勇者冷たっ!?」

 倒れる演技の最中にも関わらず、僕は思わず突っ込んでいた。勇者としてその態度はどうなんだろうか?

 ここって物語的には勇者が動揺して魔王がそれをあざ笑う場面なんじゃないか?

 むしろ魔王である明日香がこれに動揺してちょっと声を揺らしながら展開を進める。

「え、ちょっ……、ゆ、友軍に刺されて倒れるといい、勇者よ。殺れ、えと……なんて呼べばいいのかな……?」

 僕にもそれはわからないが、とりあえずゾンビみたいに立ち上がってみる。

「……承知した」

 ゾンビなんて見たことないというか、そもそも現実世界には存在しないので、想像だが、ゆっくりと勇者に近づいてみる。

「付き人……あなたは変わってしまったのね……」

「……勇者、殺す」

「付き人……、さっさといつものあなたに戻るのよ!」

「……僕は……魔王様が全て…………」

「付き人!あなたを殺したくないわ!」

 お、サツキ、ちゃんと勇者してるじゃないか!!さっきのは嘘だったんだね!!サツキにも勇者としての自覚がーー、

「あなたを殺すなんて面倒じゃないの!」

「そっちかよ!!」

 ーーありませんでした。勇者はさらに容赦なく続けた。

「しょうがないわね……、さっさと死になさいな、付き人よ!」

「待って下さい!」

 その状況を変えたのは一人の少女。しかし通りすがりの女の子ではない。僕たちが救出するはずの、村人さんの娘だった。



「貴様、どうやって脱走した!?」

 魔王が驚愕を露わにする。当然だ、彼女は捕らえられていたはず。つまり独力で脱走してきたのだ。

 姫、ことはるかは律儀に返答する。

「えっとですね~、全てはジャガチさんがついに世界進出した所から始まったんです」

「それがどう関係するんだよ!!」

「私はそれが嬉しくてしょうがなかったのです、終わり」

「日記かっ!!どうやって抜け出したか説明して!!」

「全てはジャガチさんなんですよ、圭くん」

「もはや意味がわからないよ!!」

「いいじゃないですか、脱出方法は読者さんにでも考えてもらいましょう」

「少なくとも寸劇は読むものじゃないよ!!」

「魔王さんが鍵を掛け忘れていただけですけどね」

「しょうもねえな、魔王!!」

 結局、全ては魔王のミスだったらしい。全然ラスボス感のない魔王だな。魔王は自分が置いてけぼりな状況に不満を覚えたらしく、物語を進めにかかる。

「で、私は何を待てばいいのだ?」

 いや、待てと言われたのは多分勇者のほうなんだが……。

「東京オリンピックです」

「年単位で待てと!?」

「東京パラリンピックでもいいです」

「同時開催だよ!!」

 明日香は完全にはるかのペースに乗せられていた。情けないぜ、魔王。

「待てませんか?」

「この寸劇いつまで続ける気だ!!」

 魔王がついにメタ発言をしてしまった。これに対しはるかは、不敵にほほえんだかと思うと、言った。


「私の「ホワイトウェポン」で地球ごとあなたを葬ります、魔王!」

「むしろおまえが魔王に見えるよ、はるか!!」    

「私の戦闘力は五十三万です。到底魔王に勝ち目なんてありません!」

「なぜ捕まってたんだろうね、姫!!」

 なぜかはるかが敵に見えてきた。

「冥土の土産に教えてやろう」

「なんでそんなに余裕なんだろうね、魔王!!」

 ある意味追いつめられている魔王は余裕ぶった表情で語る。

「これを私の全てだと思うなよ」

「そんな余裕あなたにあるように見えませんけど?」

 魔王があっさり虚勢を見破られていた。姫がこのまま舌戦で勝利できそうである。

「おまえは知らないだろうが、私はまだ100%の力しか出していないのだぞ」

「全力ですか!!」

「くっ、さすが神秘の力の使い手……」

「あなた本当に魔王ですか!?」

「……魔王さまへの侮辱、許すまじ」

 なんか魔王があっさり舌戦で敗北した、というか自爆したので、ゾンビこと僕がはるかと戦うことにした。

 僕は相変わらず緩慢な動きで姫に向かって歩き出す。

「付き人さん……」

 

 こうかは、ばつぐんだ!!


 そういえばはるか、勇者の猛威から僕を守るために来たんだっけ。よって、僕が攻撃することで彼女を不利に立たせることがっ!!


「生きてるゾンビって矛盾してますよね……」

「ぐはぁっ!!」

 

 つきびとは、ちめいしょうをうけた!!


 だめだ、ゾンビとしてのアイデンティティが、アイデンティティがあっさり持っていかれた!!だめだ、このままでは戦えない!!

 ゾンビって、すでに死んでるから倒れないっていうチートを使えるけど、生きてるじゃん、僕!!

「付き人さん!!」

 姫が心配そうに駆け寄ってくる。致命傷を与えたのは君だけどね。

「魔王と付き人を倒すのはこの私よ!」

 すっかり蚊帳の外になっていたサツキが宣言する。

「やらせません、勇者さん!」

 なぜか助けるはずの姫が勇者と敵対していた。 

「かかってこい、姫!」


 その後、かくかくしかじかで姫は勇者を討ち果たし、世界の平和は守られたのだった。




 あれ?何か間違っている気がするけど多分気のせいだよね。


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