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♯1 事件は唐突に起こったり起こらなかったりする

そうだ、探偵部に行こう

 これを読んでいるあなたは、監禁されたことがあるだろうか?

 多くの人は答えるだろう、否と。僕だってそんな大多数の一人だと思っていた。高校の入学式当日に誘拐され、監禁されるなんて予想だにしなかったのだ。僕はため息をつきながら今日のできごとを回想する。

 僕は今日、高校に進学していた。これからできるであろう新しい仲間、まだ名前すら知らない先生、そして学校生活の醍醐味である部活、それらに心を踊らせながら高校の門をくぐった。

 入学式は体育館で行われる。そこに今回の新入生百人強が集められた。特筆すべきことがない形式的な行事ばかりが過ぎていく。唯一印象的だったのは校長の話が一言で終わったことだ。いい感じに年老いたはげの校長は、「諸君、がんばってくれたまえ」とだけ言って壇上から降りた。世間一般では校長の話は長いものだと言われるが、その逆を突いた結果だろうか?時代の先を行くおっさんだった。

 その後もいろいろな行事が過ぎていき、帰宅の時間になる。教室内ではクラスメイトがいくつかのグループに分かれて雑談していたはずだが、僕は参加しない。相手の顔色を常に気にしながら話すなんて僕の性に合わないからだ。かと言って正直な意見をぶつけてクラスで居場所を失いたくはない。よって僕はまっすぐ帰途につこうとしていた。こんな性格が僕に友達ができない理由なのかもしれないが、当分修正するつもりはない。高校に入れば何かが変わる、そう思っていたけれど現実は甘くないのだ。僕の立ち位置は中学の時とほぼ同じになるだろう。

 校舎から校門にかけて部活勧誘の生徒が数多くいる。僕は入りたい部活がなかったのでなるべく彼らの目に止まらないように、声をかけられても丁重に断って校門を目指した。

人混みの中をかいくぐるようにして歩いていると、校門の辺りで鍵が落ちているのが見えた。人混みの中でほとんど見えなかった地面だが、それは不思議とはっきり見える。そのままスルーしてしまうのは後ろめたかったので苦労しながらもそれを拾い上げる。最初は新入生が落としたのかと思ったが、よく見ると文字が刻まれていた。

「探偵部」

 名前からして小説関係の部活だろうか?僕は部活勧誘をしてくる生徒の間をかいくぐり校舎に戻った。

 この高校には二つの校舎がある。学生棟と部室棟だ。他にも学生食堂があったり、体育館があったりするが大きく分けてこの二つ。もちろん僕は部室棟に踏み込む。

 探偵部は三階の一番奥という、かなり辺鄙へんぴな場所にあった。扉には確かに探偵部と書いてあったが、取って付けた感満載だ。コピー用紙にペンで手書き、セロハンテープで貼り付けてある。こんなところに誰か人がいるのか? すでに廃部になっているのではないか? という可能性が頭の中に浮かんだがすぐに否定した。それでは鍵が落ちていた理由が説明できないし、部室には電気が灯っていたからだ。

「失礼します」

 僕が扉をガタガタと音を立てながら開ける。すると、声がかかった。

「はじめまして!!私の名前は長谷川サツキ、探偵よ。事件があったら必ず私に報告すること!!」

 どうやら部室の主のようだ。女の子としては短い部類の黒髪で黄色のヘアピンが似合っている。僕をまっすぐに見つめるその眼差しはらんらんと輝いていた。彼女は一瞬見とれてしまうほど美人だったが、その印象はすぐに撤回せざるを得なくなる。

「あ、部室の鍵を持ってきてくれたのね!!」

 サツキと名乗る女子は僕から鍵を受け取ると、こちらに手を差し出した。

「これからよろしくね!!」

「は、はあ」 

 今の状況から考えるとのんきなことに、僕は彼女と握手をする。サツキはそのまま僕と握手していないほうの手で部室の鍵を閉めた。

「は?」

「ん?」

「どうして鍵を閉めたんですか?」

「あなたを逃がさないためよ?」

 

 そして現在の状況に至る。


「なあ、そろそろ出してくれないか?」

「入部してくれたらいいわ!」

「嫌だよ」

 既に一時間以上が経過している。もはや僕も意地で入るまいとしている節があった。最初は使っていた丁寧語も使う気をなくした。

「なら、入部したくなるように探偵部のことを教えてあげるわ!」

 僕を部室に閉じこめた、自称探偵の長谷川サツキはそう言い放った。

 この部屋は扉から見て縦方向に長い。中央には会議室にあるような長机があり、一番奥には社長席のような机がある。サツキは社長席の引き出しからファイルを出し、そこから一枚のプリントを引き抜いた。

「それは?」

「部則よ」

 長机の椅子に気だるげに座る僕に向かってそれを突きつける。


○探偵部部則○

 一つ、手段は選ばない。

 一つ、金銭は取らない。

 一つ、秘密は守らない。

 一つ、解決は保証しない。


「どう?これで入りたくなったでしょう?」

「もうなくなっちゃえよ、探偵部……」

「ないない尽くしだけど、それでも探偵部はがんばるのよ」

「こんな嫌なないない尽くし初めて見たよ!!」

 唯一まともなのは金を取らないことだろう。当然だけど。しかもこれは部則じゃなくて依頼諸注意のような気がする。

 僕だって何もせずに閉じこめられているのは苦痛だったので、話を振ることにした。

「なんで探偵部室は内側からだと鍵が必要なんだ?」

「人を閉じこめるためよ」

「そのためだけに!?」

 なんて奴なんだ。ちなみに外側からは鍵で開ける必要はない。つくづく意味不明だ。

「そろそろ出してくれよ」

「入部したらいいわよ」

「拒否権は?」

「ないわ」

 うん、聞く前からわかってた。

 サツキは、でも……、と満面の笑みで続ける。

「百歩譲って、私の奴隷になる権利くらいなら保証してあげなくもないわ!」

「いらねえし一歩も譲られている気がしないわ!!」

「え……、いらない……の?」

「何で不思議そうな顔なんだよ僕にそんな趣味はねえよ!!」

 そんなこんなで言い合いを続けていると、不意にチャイムがなる。


 メロディは「さんぽ」


 ちっとも帰らせる気がない曲だった。サツキは急にシリアスな顔になって窓際に歩いていく。社長椅子を窓の方向に向けて黄昏の空を眺め始めた。

「探偵部ってね、部員は私だけなの」

「お、おう……」

 急にそんな話をされてこっちも調子を崩される。

「私ずっと一人ぼっちだった。だけど、あなたが来たの。ただ鍵を届けに来ただけだけど、それでも部室に来てくれたのよ!それだけで私は嬉しかったけど、できればずっといて欲しいと思った。探偵部に入って欲しいと思った。閉じ込めちゃってごめんなさい。どうしてもあなたに入って欲しくて……」

 うん、絵面的にも字面的にも感動の場面だよ。ヤンデレ風味ではあるけど。ちょっと、入ってもいいかもとは思った。しかし、一つ質問させてもらおう。

「おまえって何年生?」

「……高一よ」

「今日はね、高校の入学式なんだよ」

「……そ、それで?」

「ずっとって、今日一日ですらねえじゃねえか!!」

「チッ」

 危ない。罠に引っかかる所だった。

「ん?ちょっと待て!!」

「何よ?」

 サツキは社長椅子に座ったままこちらを向く。

「この部活、いつ学校の許可もらったんだよ!!」

 もう一度言うが、長谷川サツキや僕は今日入学した。



 おそらく全ての学校において部を立ち上げるには先生の許可がいる。

 その時に基準を満たしている必要もあるのだ。ただ部活を立ち上げればいいというものではない。僕は生徒手帳の二十七ページを開いた。


○部活動設立基準○

 一、部員が三人以上であること。

 二、顧問がいること。

 三、校長の許可をもらうこと。


「えっ、部屋を占領するだけじゃだめなの!?」

「一つたりとも満たしてねえのかよ!!あと、占領したってなんだ!!」

 つい、生徒手帳を机に叩きつけてしまった。

「ここで悪魔を召還していた天王寺さんには悪いことをしたわ……」

「追い出したのかよ!?」

 悪魔を呼び出していた天王寺さんも相当アレだな……。

「ふう……、そうだわ!」

 サツキが突然叫んだ。

「今度はなにさ……」

「本人がだめなら、家族を落とせばいいじゃない!」

「それは本気でやめろ!!」

 僕の家は共働きである→電話には家にいる妹が出る→一瞬で落ちる→BADEND が容易に想像できるのだ。たぶん妹は、「お兄さんを探偵部に入れていい?」「うん」と二つ返事で落ちるだろう。僕の妹は純粋なのだ、否定という言葉が彼女の辞書にはない。

「あ……。あなたの電話番号知らなかったわ……」

「おまえが無計画で助かるよ……」

「教えてくれない?」

「誰が教えるか!!」

 おそらくこいつは、長谷川サツキは頭より先に手が動く種類の人間だ。用意周到でなくて助かる。だけどそれは探偵としてどうなんだ。

「さて、じゃあそろそろとどめと行きましょうか」

「最初から出しとけよ……」

 ここまで温存した意味がまったくもって不明だ。とどめといいながらどうせ今考えたのだろう。

「あなた、友達いないでしょ?」

「一人くらい……いるし…………」

「あ、マジだったの?ごめんなさい」

「謝られると逆に傷つくよ……」

 サツキが僕の心の傷をどんどん掘り下げていく。

「とにかく、私が友達になってあげるわ!本当は嫌だけど、全ては部員集めのためだもの、特別に友達になってあげるわ!」

「説得する気あるのかおまえ!」

「その発言は予想通りよ」

「なっ、まさか!!」

 まさかこれは誘導尋問!?挑発しているのも作戦!?こいつ本当は策士なのか!?

 いや、そもそもここに至るまでが全て想定済み!?僕の脳内でサツキの言った、「さて、じゃあそろそろとどめと行きましょうか」という言葉がリフレインされる。くっ、だとすると無計画キャラも演じてただけ!?僕はまんまとだまされていたというのか!!


「言い返せないわ」


「何もなかった!?」

 僕は現実逃避気味に窓の外を見る。夕方を通り越してもう夜になってしまったような暗さだった。いい加減、帰宅させて欲しい。

「いつになったら出してくれるんだ……?」

「寝袋まで用意してきたわ!」

「夜をここで明かすの?!」

 サツキは「当然よ」とばかりににふんぞり返っている。

「だから、早く入部しなさい!」

「嫌だ」

「まさか、私と一夜を過ごしたいの!?」

「なぁっ!?」

 かばんから筆箱を出す、筆箱から消しゴムをつかみ取る、消しゴムをサツキに投げる、消しゴムがサツキの脳天に直撃する、

 ここまでがコンマ数秒の間に行われた。なんだか人類の限界を軽く越えてしまった気がするが気にならない。

 のけぞるサツキに向かって叫んだ。

「ば、ば、ば、バカ、そそそんな訳ないだろ!!」

 我ながらキャラ崩壊を起こした気がする。


 しきけいすけが、ツンデレにしんかした!!


 どうでもいい言葉が脳内に思い浮かぶ。サツキが体勢を立て直す前に社長机の上に置いてあった鍵を回収する。鍵を90度開き、扉を開く。そのまま鍵をまた90度回し、鍵を持って部室を出た。背後で部室の扉の鍵が閉まる音がする。

 僕は自分の赤くなっているだろう顔を隠すように素早くその場を去った。

「なっ!!閉じこめられた!?出してよ、ねえ!!」

 サツキの叫びは無視した。



「って言う夢を見たんだけど」

「現実逃避は良くないと思うよ、圭介」

「うう……」

 僕は、部活に行ってた友達とともに帰路についていた。彼の名前は田中文彦、小学生からの仲である。僕の唯一と言っていい友達だ。

「そういえば、文彦は部活何にするの?」

「オリオン座研究会」

「何その守備範囲の狭い部活!?」

「あ、間違えた。宇宙部だった」

「急にスケールがすごいことに!?」

「冗談。圭介はツッコミがうまいよね」

 といいながらも、文彦は割とツッコミ役にまわることが多い。彼がいると僕がボケたくなるからだ。

「で、何部にするんだよ」

「まあたぶん、野球部かな」

「結構普通なんだな……」

「圭介は俺に何を期待しているんだい……?」

「ネタを」

「で、圭介はどうするんだい?」

「僕はた……、いやまだ決めてないよ」

 すると、不意に文彦が時計を見た。

「あ、ちょっと用あるからここで」

「何だよ、用って?」

「い、いや……大した事じゃない」

 文彦はちょっといつもと違う様子だった。

「じゃあ明日学校で会おうな、文彦」

「明日は日曜日だ」


 という訳でついに僕は家についた。空は完全に夜で、星が瞬いている。ちなみにオリオン座は見えなかった。

「おかえりー」

 挨拶とともに玄関の扉を開き、すぐに閉めた。

「おっきゃりーーーーーーーーーーーーー!!」

 妹が返事とともに玄関に大激突した。回避成功。

 このタイミングで改めて扉を開く。そこには不満げな顔をした妹がいた。

「うちのあいのアタックをよけるなんてひどいよ、お兄ちゃん!」

「おまえの愛は物理的衝撃を伴うなら怖いんだよ!!」

「ちなみにいまのはドロップキック」

「聞いてねえ!!」

 危うく帰宅早々ダウンするところだった。

「で、何でこんなおそかったの?うちのことがそんなにふまん?」

「何で夫婦みたいなんだ、学校で捕まってたんだよ!!」

「おこらないでよ……ぐすん」

「おまえがボケるからだ!!」


 遅くなってしまったため、僕と妹は最初にご飯を食べることにした。本来の食事時間は過ぎてしまっているが、待っていてくれたらしい。なんだかんだいって、妹はよくできた子だ。まだ小六である。今日の夕ご飯はカレーで、母が朝、作り置いてくれたものだ。

「ねえねえ、おにいふぁん」

「食べ終わってから話せ」

「かお、赤いよ?」

「うおおおおお!!」

 すさまじい速さで洗面台に向かい、顔を洗う。冷たい水が火照った頬を冷やしてくれた。「まさか、私と一夜を過ごしたいの!?」というサツキの言葉は予想以上に僕を動揺させていたようだ。理由は、たぶん僕がうぶだからだろう。そう納得させて食事の席に戻った。

「おい、米粒が付いてるぞ」

「ふぇ?ありがと」

 僕が洗面台から帰還した時、妹はすでにカレーを食べ終わっていた。ほおにご飯粒が付いていたため、取ってやる。

「おまえはまだまだ子供だな」

「子どもじゃないもん、おとなだもん!」

 からかってやると妹はほおをぷくりと膨らませて不満を表明した。

「サンタがいないこと、先週知ったんだから!」

 こういう時の妹はなかなか可愛いものがある。サンタがいないと知っていても子供の背伸びみたいでほほえましいだけだった。

「かにかまぼこにかにが入ってないことも知ってるし!」

「それは初めて知ったわ……」

「じゃあうちの方がおとな!」

「なんだと!?じゃあおまえ、市販されている杏仁豆腐には杏仁が入ってないって知ってるのか?」

「そ、それは……」

 我ながら大人気ないが、僕と妹の知識対決はこの後しばらく続いた。


 僕が惨敗したことをここに記しておきたいと思う。



「はぁ……」

 熱めのお湯につかりながら今日のできごとを回想する。今日はため息が出るような一日だった。入学式があって、友達ができない自分を再確認しちゃって、最後には探偵部室に監禁された。まったく、頭がどうかしているとしか思えないな、サツキは。しかし、僕は自分の表情の違和感に気づく。

 ふと鏡を見ると、僕の頬はゆるんでいた。認めたくないことだが、なんだかんだ言って僕は楽しかったのかもしれない、サツキとの会話が。

「ありのままの自分……、か……」

 教室での、空気を読みすぎて発言できない僕とは違う。サツキのボケにツッコミ続ける僕がいた。状況が特殊すぎたのもあるけれど、確かにあの僕は飾らない自分だった。


「とっつげきーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 突如、思考が中断される。僕は我ながらすばらしい反応力で風呂の扉を支えた。

 次の瞬間、30キログラムの物体が扉を揺らす。危うく扉を破られる所だった。

「どうして防ぐの、お兄ちゃん!」

「どうして風呂場に突撃してきた!?」

「千文字かせぐためにはこれしか!」

「いきなりメタ発言!?」

「だからいっしょにふろ入ろうよぅ」

「本音は?」

「お兄ちゃんときせいじじつを作りたい!」

「うちの妹に何が起きた!!」

「かんようくでもあるもん」

「何だよそれ!!」

「「いくら兄とはいえ、妹の全裸を見れば既成事実を作りたくなる」っていうかんようくがあるもん」

「何だよその使用範囲が極めて狭い慣用句は!!」

 妹が変態みたいになっている。誰だ妹にこれを吹き込んだのは。

「ちゃぱつのお兄さんがそう言ってたもん」

「どんな状況で!?」

「うちの学校の前にいて、話しかけてきたの。パフェ食べさせてあげるって言うからついていったら……」

「典型的な犯罪者だーーーーー!!」

「きっさてんってところでパフェを食べさせてくれたの、あーんってしてくれた」

「しかも変態だったーーーーー!!」

 うん、殺してやりたい、その変態。

「そしたらさっきのかんようくを教えてくれたの」

「結局つながりわかんねーーーーー!!」

 いい加減ツッコミに疲れてきた。

「なまえは、ろっぽんぎって言うんだって」

 いつか殺したい、六本木。

「いいからここから出ていけ!!」

「ええ〜、はーい」

 しぶしぶながらも、妹が退散してくれたので湯船につかり直す。

「と思わせといてさいとつにゅーーーーーーーー!!」

 妹のドロップキックによって、爆音とともに今度こそ風呂場の扉が開かれた。ダ

「風呂の扉ーーーーーーーー!!」

 僕は敗れ去った風呂の扉に絶叫する。後で直しとくかか……。ちなみに妹は全裸である。

「おまえ何ダイナミック全裸入室してんだこら!!」

「そんなのたいして重要じゃないんだよ!」

「他に何か重要なことがあるのか!!」

「おにいちゃんとふろ入ること!」

「その必要はないわ!!」

 しょうがないので、僕は湯船から上がって(もちろんバスタオルを巻いた)妹の前に立つ。そして彼女の視線に合わせるようにかがんだ。僕だって年頃の男の子だ。下を向かないように努力した。

「お、お兄ちゃん……?」

「ちょっと目をつぶってて」

「う、うん……」

 なぜか妹の頬が赤く染まっていたが、おそらく風呂場が暑いからだろう。断じてアレな意味ではない、と信じたい。

「僕がいいと言うまで開けちゃだめだぞ」

「わ、わかった。お兄ちゃんの言うとおりにする!」

 妹はぎゅっと目を閉じた。唇が少しすぼめられている気がするが、気のせいだろう。だんだん自信なくなってきた。


 僕は、なるべく音を立てずに風呂場を出た。 


 風呂を出るとすぐ就寝時間だ。僕は早寝なのである。僕は学校の用意を始めることにした。明日は日曜日だけどね。善は急げってやつだ。

「えっと、一限は国語でっと」

 声に出して確認しながら準備を進める。

「六限は英語でっと、後はないか……な…………」

 僕の顔中に汗がわき出る。

「ない、ない、ない……」

 それはどこを見てもなかった。置いてきた場所として考えられるの場所はただ一つ。

「探偵部に……」

 僕は腹の底から声を出すように絶叫する。




「筆箱忘れたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 放課後、帰宅しようとクラスから出てきた僕の足取りは重い。

 結局、日曜日は校門が空いてなかったため、今日筆箱を取りに行かなくてはならない。うん、もう手遅れな気がする。あのサツキのことだ、絶対に筆箱をモノ質にとって僕を探偵部に入れようとするだろう。それはもはや確定事項だった。

「あ、あの、すいません」

「何でしょうか?」

 とぼとぼと廊下を歩いていた僕は一人の少女に声をかけられた。その少女は腰まで届く長い黒髪をおさげにしたたれ目で黒いぱっちりした瞳を持つ美少女だ。

「百瀬はるかです」

「うん、それを聞いた訳じゃなくて、何の用?」

「おひつじ座のB型十五歳です」

「質問に答えてくれない?!」

「あ、何の用ですか?」

「話しかけてきたのそっちだよね?!」

「あ、そうでした!探偵部って、どこですか?」

「部室棟の3階の奥だ」

「部室棟ですか!ありがとうございます!」

「ああ」

「部室棟の……、どこでしたっけ?」

「半分も聞いてない?!三階の奥だよ!!」

「何棟のです?」

「忘れるのはやっ!?部室棟だっ!!」

「部室棟の三階奥ですね!」

「やっとわかってくれたか」

「こっちですよね!」

 はるかが指したのは、まったく真逆の方向だった。

「はあ……、僕の後についてこい!!」

「ありがとうございます!」

 それにしてもはるかはこんなんでよく生きてこれたな……。 



「で、探偵部に何の用があるんだ?」

「はい、相談ですよ!」

「ふ〜ん」

 内容は何にしろサツキに任せても無駄な気がする。部則に「解決は保証しない」って書いてあったし。

 そうやって歩いていくとやがて探偵部室前についた。

「じゃあ僕はここで」

「え?一緒に入りましょうよ!」

「嫌だ」

「入らないとご飯抜きにします!」

「おまえは僕の母さんか!!」

「はい!」

「お願いだから否定して!!」

「あ、昨日私を閉じこめた人ね!」

 言い合いを続けていると、扉の向こう側から声がかかった。言うまでもなくサツキである。

「やばっ!?」

「逃がしません!」

「わわっ!!」

 はるかは素人離れした動きで僕の足を払い、仰向けに倒れた僕の上に馬乗りになる。彼女はそのまま身を乗りだして顔を近づけ、僕をまっすぐ見つめながら言った。

「一緒に行きましょう!」

 その距離、数センチ。お互いの息づかいさえ感じられる距離だ。

「わわわわかったよ畜生!!」

 はるかは平気な様子だったが、僕は思い切り赤くなる。必死で顔を背けながらしかたなく了承した。彼女は自分が何をしているかわかっていないのではないだろうか?恥ずかしさで死にそうだ。

 そんな訳で僕は再度、探偵部室に入った。


「事件ね!」

「依頼です」

 探偵部室に入るとサツキはすぐにこちらにやってきた。はるかがいるせいか、今日は閉じこめられることはなかった。すさまじい扱いの差を感じる。

 サツキははるかの発言に対し、鼻を鳴らして答えた。

「私は事件で忙しいの。依頼を受けているほど暇じゃないわ」

「ここに事件来たことあるのか?」

「0回よ!」

「ないじゃねえか!!」

「これから来るもの」

「それは……、ないだろ……」

「うん、私もなんとなくそんな気がする……」

 サツキがしょんぼりしてしまったため、僕が話を聞くことにした。

「で、何だよ相談って」

「ジャガチさんっておいしいですね〜。あ、食べますか?」

 はるかはポリポリとジャガイモチップス、略称ジャガチを食べている。自分の部屋のようなくつろぎようだった。

「おまえ、本来の目的は!?」

「え、おやつを食べようと……」

「相談はどうしたーーー!!」

「は!?すいません、ついヘブン状態に」

「それ意味ずれてるから!!」

「えっと、相談っていうのは恋愛に関することでして……」

 はるかはようやく本題に入った。



「私、高校入ってからずっと好きな人がいるんです!」

「入学式昨日だよ!?」

 長い間片思いでした、って言う言い方だが、昨日好きになったようだ。誤解を招く言い方をしないで欲しい。

 一目惚れって奴だろうか?

「顔はわかるんですが名前がわからなくて、その人を見つけて欲しいんです、探偵(笑)さん!」

「さりげなく罵倒された!?」

 サツキがまた沈んでいた。意外とメンタルが弱いのかもしれない。

「あなたの力が必要なんです」

「やったげるわ!報酬をくれれば!」

 そしてあくどいサツキなのだった。

「報酬……ですか?ジャガチさん食べます?」

「却下」

「え〜、ジャガチさん否定された……」

 はるかは少し泣きそうになっている。ジャガチ推しすぎだろ、この人。う〜ん、う〜んとはるかは必死で考えている。

「金は取らないんじゃないのか?」

「え?見せたじゃない、部則」

「いや、だって部則に書いてあったじゃんか、金は取らないって」

 サツキは呆れたとばかりに僕を見下すと、社長席から一枚のプリントを持ってきた。


○探偵部部則○

 一つ、手段は選ばない。

 一つ、金銭は取らない。だけど報酬はもらう。

 一つ、秘密は守らない。

 一つ、解決は保証しない。


「詐欺だーーーーーーーーーーーーーー!!」

 いつの間にか「だけど報酬はもらう」と追加されている。乱用しすぎだ、部長権限。

「あ、そうです!」

 はるかは何かをひらめいたようだ。自信満々の様子である。

「何?」

「ジャガチさんのニンジンバージョンでどうですか!」

「結局ジャガチじゃない!いらないわよ!」

 そもそもネーミングからしてだめな気がする。もはやジャガイモ入ってないし。キャロチあたりに改名するべきではないだろうか?キャロットチップスでキャロチ。

「じゃあ、ジャガチ天国への片道切符味でどうですか?」

「私を殺す気なの!?戻って来させてよ、天国から!」

「ジャガチ?さんはどうです?」

「シリーズ物!?早くジャガチから抜け出しなさいよ!」

「思いつきません、ジャガチさん以外!」

 はるかはなぜか自信たっぷりに断言した。このままでは埒が開かないと判断したのかサツキが助け船を出す。

「探偵部入ってくれたらいいわよ」

「嫌です」

「即答!?」

「でも……あれ、名前なんでしたっけ?佐藤さん?」

「佐藤じゃねえよ志木だよ志木!!」

「ダニエルさん?」

「外国人じゃないから!!」

「あ、ケルベロスさんでしたか!」

 だんだん「志木圭介」という名前とかけ離れていったすえ、ついに人間じゃなくなってしまった。

「僕は地獄の番犬じゃねえええええ!!志木圭介だっ!!」

「なるほど、圭くんですね!」

「なれなれしいなおい!!」

「で、圭くん」

「直さないんだな……」

「あなたが入ってくれたらわたしも入ります」

 一昨日、サツキに何時間詰め寄られても決して言わなかった言葉。それは不思議と自然に出た。

「わかった」

 横で、「私が三時間かけてもできなかったことを一瞬でやってしまったというの……」とサツキがまた沈んでいた。



「はっはっはっ、さっさと入部届けを書くといいわ!」

 う……うぜえ。沈んでいたサツキは突然ハイテンションになって入部届けを僕たちの前に出した。

「ジャガチさん食べます?」

「ああ」

 僕は入部届けを一旦無視してはるかからもらったジャガチを食べる。果たしてそれは、名状しがたい味がした。

「なあ……、これって何味なんだ?」

「味噌&しょうゆ&塩&酢&カスタードプリン味です」

「混ぜすぎだよなんてもん食べてんだおまえ!!」

「おいしいじゃないですか!」

「どこが!?」

「無視しないでえーー」

 会話の輪から外されたサツキが叫んだため、とりあえず僕たちは入部届けを書いた。

「うはっ、私すごいわ!一気に二人も入部させるなんて!」

 ちょっと殴ってやろうかと思った。そういえば、部員は三人になるから部活動設立基準の一つは満たした訳か。顧問とか見つかりそうにないけど。

「で、どうやって探すんだ?」

「もちろん私に秘策があるわ!」

 サツキは自信満々に宣言すると、なぜか部室の隅からホワイトボードを持ってきた。いつの間にか用意したのだろうか、ホワイトボード。そして、ボードに文字を記す。ちなみに、無駄に達筆だった。


[議題:百瀬はるかの好きな人を捜索する方法について]


「さあ、さっさと意見を出すのよ!」

「おい!!」

「何よ?」

「おまえ本当に自称探偵か?」

「そうよ!」

「これはどういうことだ」

「みんなから意見を募るのよ!」

「探偵なら一人で見つけろよ、解決方法!!」

「時には人の力を借りることも必要なのよ。三人集まれば文殊の知恵とも言うじゃない!」

「そうだけど〜、そうだえどさ〜。僕としてはサツキが一人で解決する所を見たかった!!」

「はるかは何か意見ある?」

「逃げた!?」

「えっと、わたしからはジャガチさんの魅力しか語れません!」

「おまえは何で毎回自信満々なんだ……」

 わかってはいたことだが、案の定はるかはおばかちゃんで使えない。この集団、三人寄れないよ。文殊の知恵は出ないよ。

「サツキ、まずはおまえの案を聞かせてくれ」

「ないわ!」

「探偵失格だっ!!」

「嘘でしょ!?」

「じゃあ案を出せ!!」

 サツキはまるで刑事かのように顎に手を当てて考え始める。無駄にそれらしい仕草だった。そのまま部室を歩き始める。




「そうだわ!」

 サツキは十分ほど悩み続けた末、ついに何かを思いついたようだ。遅すぎだろ、探偵として。

「屋上よ!」

「屋上?」

「屋上から見下ろせば見える人数も多くて探しやすいわ!」

「そんな高い所から人の顔見えるのか?」

「…………」

「…………」

「……大丈夫よ、きっと」

「……うん、無理そうだよね」

 しかしそれが廃案になる前に、はるかが言った。

「大丈夫です、わたし視力0.1切ってます」

「絶対見えないと思うんだ」

「目で見えなくても大丈夫です!」

 はるかは自信満々に言い張ると、またジャガチを食べた。本当に太らないのだろうか、この人。はるかはおなか周りが太いという訳ではなくて、胸が大きくスタイルがいい。栄養が胸に向かうのだろうか?一部の胸が貧相な女子から呪い殺されかねない生態だった。

「何でだ?」

「見えなくても感じますから」

「何を」

「オーラを」

「……この作品、日常系で合ってたよね?」

 


 結局、何もやらないよりはましだと結論付け、僕たちは屋上の扉の前にいた。

「……どうする?」

「蹴破るわ!」

 なんとなく嫌な予感はあったが、案の定その扉は施錠されていた。サツキは蹴破ると言っているが、この扉は鉄製の頑丈なものだ。できたら尊敬するレベルだ。

「大丈夫か?」

「行けるわよ!」

 さらに条件が悪いことに、この場所は三階から続く階段の近くにある。助走が取りにくいのだ。

「ちぇいさーーーーーーーーーーーーーー!!」

 サツキもわかっているのか、助走がいらない回し蹴りを放つ。かなり大きい音が辺りに響いた。


 もちろん、扉は開かなかった。


「嘘でしょ!?」

「逆に開いたらすげえよ!!」

 結局、職員室から鍵を借りてくるというサツキを待つことになった。




「きれいな夕陽ですね〜」

「夕焼けがきれいだわ……」

「そうだなぁ……」

 一時間後、僕たちは現実逃避気味に夕陽を眺めていた。


 あの後、サツキが職員室から借りてきた鍵を使って屋上に出た。しかし問題なのはここからである。


 目の前に最大の障害が現れた。


 別に敵って訳じゃない。日常系だし、僕も突然なんらかの能力に目覚めたりしないし。

 障害っていうのは、そもそも前提が成り立っていなかったということだ。当然だよね、帰宅部など部活がない生徒はもう帰っちゃっただろうし、部活がある生徒が帰るのはもっと後である。少なくとも、部室棟の屋上から見える校門には全く人がいなかった。よって、僕たちは夕陽を眺めていた。

「明日また話し合うわ〜」

「それがいいですね〜」

「そうだなぁ〜」

 忘れていたが、実は一人だけ校門を通った人がいる。その人は校門の前であくびをした。その時、突如風が吹いた。はるかが掴んでいたジャガチのりコンソメ味が風に飛ばされ、あくびをしていたその人の口に入った。サツキが言うところによると、あれは校長らしい。あの時代の先を行くおっさんである。まあ、どうでもいい話だが。   

 せっかくなので、僕ははるかに質問することにした。

「はるかの好きな人って、どんな人なんだ〜?」

「ジャガチさんって、現在発売されてるものだけで百種類以上あるんですよ〜」

 ちっとも聞いてなかった。それとも、聞いていて関係ない話をしたのだろうか? この手の話は恥ずかしいのかもしれないし。

「どれもネーミングセンスが秀逸でして〜」

「悪い方向にな」

「味を的確に表してるんですよ〜」

 ジャガチの種類をいくつか知った今、味を的確に表しているとしたらなかなかいやなものがあった。天国への片道切符味とか、的確に表しているとしたらすでに危険物ではないか。販売しちゃだめだろ、それ。

「私は太陽に向かって吠えるわ!」

「突然何!?」

「探偵たるもの、太陽に向かって吠える必要があるわ!」

「ないだろ普通に!!」

 サツキは思い切り息を吸うと、口元に手を当てて叫んだ。

「私は探偵になりたいーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 探偵が本当に自称であることが判明した。

「ジャガチさん最高ーーーーーーーーーーーーー!!」

 はるかも叫ぶ。

「さて、そろそろ帰るわよ!」

「「はーい」」

 僕たちは屋上を後にすることにした。二人ともすっきりとしたような面持ちだった。

「あれ、屋上ってこっちからでも鍵が必要なのか?」

「当然よ、屋上から侵入する不審者がいるかもしれないし」

「そんな奴がいたらもはや屋上の鍵を閉めたくらいじゃ意味ない気がするんだが……」

 ともかく、鍵を持っていたサツキが屋上の扉にそれを突き刺そうとする。


 瞬間、サツキのそばを黒い物体が通り過ぎた。


「…………」

「…………」

「…………」

 すでにサツキの手に鍵はない。僕たちが唖然として向いた方向に、カラスが飛んでいく姿が見えた。














「「「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」




 その後、職員室でたっぷりと叱られましたとさ。














 





 先生に内側から鍵を開けてもらった時、はるかのポケットから何かが落ちたことを僕たちはまだ知らない。



 プルルル……、プルルル………

 ポチッ。

「もしもし」

「ヒロインとの初対面って何がいいですかねぇ?」

「あ〜、ん〜と」

「では僕のほうから一つ例を」

「は、はあ……」



<僕は目の前の情景を見て固まっていた。そこにありえないものがあったからだ。

「あ……あの……?」

 僕の名前は志木圭介。とてつもなく不幸なことを除けばごく普通の高校生である。

 家は学生寮のため、家事は自分でこなさなくてはならない。僕はふとんを干そうとベランダに立っていた。

 そこにいたのは白い修道服を着たシスター。これが意識を失ってベランダに引っかかっている。

 と、彼女のおなかが鳴った。

「おなか減った」

「は?」

「おなか減ったって言ってるんだよ!」

 僕の手の隙間から布団がこぼれ落ちた。>



「待て待て待て、これは強烈にどこかの許可を取らないといけない気がする!!」

「そうですねぇ。では上から降ってくるヒロインはやめて、下から行きましょうか」


 

<僕、志木圭介はどこにでもいる男子高校生。僕はいま、薄暗い洞窟の中にいた。話すと長くなるのでここまでの経緯は割愛する。

 洞窟は地面が土で、これはやや湿っている。そして、凍えそうなほど寒かった。

「うう、寒い」

 僕は独り言を発する。洞窟内が寒いこともあって、独り言でもなんでも発しないと寂しかった。

「ひぁっ!!」

 次の瞬間、僕は女みたいな声をあげていた。足に湿布を張られたような感覚。恐る恐る下を見ると、地面から生えた手が僕の足を掴んでいた。>



「やめてええええええ!!こんな出会い方したくないって言うかヒロイン死んでるよね!?」

「その後、彼の姿を見たものはいなかった」

「俺氏ーーーーーーーーーーーー!!」

「だめですか?」

「だめに決まってるだろ!!」

「そうですねぇ。しょうがないですからちゃんと横から行きましょうか」

「もう嫌な予感しかしないんだが……」



<「遅刻、遅刻、遅刻する!!」

 僕、志木圭介は通学路を疾走していた。その様、まるで風のよう。

 まさか、入学式の日から寝坊するなんて。僕は口にパンを加えながら焦っていた。

 と、

「きゃっ!?」

 曲がり角で突如飛び出してきた女の子と激突した。男子なだけあって僕ではなく女の子のほうが転ぶ。かなり速く走っていたこともあって、彼女の体が車道に投げ出される。


 そこに一台のトラックが突っ込んできた。


 僕はとっさの判断で女の子を引っ張り上げる。しかし、不幸なことに、その分僕の体は道路に出る。


 僕の体と鉄の大質量が激突した。>



「やっぱ死んでるーーーーーー!!」

「この後、女の子は何者かに殺された」

「唐突だあああああああああ!!」

「って言うのはどうでしょう?」

「せめて主人公ぐらい生き残ろうよ!!」

「そうですか。では今度は後ろから」



<最近、後ろから視線を感じる。でも、気にすることではない。きっと僕の気のせいだろう。


「と、突然呼び出しちゃてごめん」

「う、うん……、いいよ」

「あ、あ、あのさあ」 

「な、何……、志木くん?」

 僕と瑠璃子は学校の校舎裏にいた。ここまで言えばもうわかると思うが、僕は瑠璃子に告白する。

「る、瑠璃子!」

「ひゃい!」

 僕もそうだが、瑠璃子もかなり緊張しているようだ。僕はそんな瑠璃子の目をしっかりと見据えて言った。

「僕は前からおまえのことが……がはっ!!」

 僕は信じられないという面持ちで後ろを見る。クラスメイトである追が僕の腹をナイフで刺していた。

「何で……ぐっ」

 追はナイフを半回転させる。僕の腹にすさまじい痛みが走った。


「圭介は……、私だけのもの!!」>



「ぎゃああああ、痛ってえええええええええ!!」

「どうでしたか?」

「やっぱ僕死んでるよね!?」

「圭介は、しばらく追の部屋に監禁された後、警察に保護された。一方、瑠璃子は死体となって発見されることになる」

「瑠璃子おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ちなみにヒロインは追」

「嫌だああああああああああああ!!」

「なんでですか?ヤンデレもいいと思いますが……」

「おまえの趣味についてはいいよもう!!お願いだからほのぼのしたものにして!!」

「昔々、あるところに……」

「なんで昔話調!?」

「ほのぼのですから」

「嫌な予感しかしないけど……」



<昔々、あるところに志木圭介という少年がおりました。彼は村の住民に愛されています。それは、五年前のできごとが原因なのでした。

 五年前、この村は凶悪な盗賊に狙われていました。逃げまどう村人を次々と殺す盗賊たち。辺り一面、血の赤に染まってました。そんな時、隣の村出身の一人の少年が立ち上がりました。彼は武器を持った盗賊たちを、拳だけでばったばったと倒していきます。そして盗賊の頭首格の女は少年の強さにおびえ、この村を狙うのをやめました。

 

 そして、志木圭介は村の英雄になりました。


 当然のごとく、彼はモテモテ。彼の心を掴もうと、数々の美女が努力しました。しかし、志木はそれを全て退けました。なぜかと言うと、彼の戦いはまだ終わっていないからです。

 彼は村人全員に向かって言いました。

「僕の戦いは、盗賊の頭首格を倒すまで終わらない!」

 彼の長い長い旅が始まった瞬間でした。>



「ヒロインどこおおおおおおおおおおお!!」

「盗賊の頭」

「何だって!?」

「俗に言う、魔王勇者モノですね」

「というか昔話みたいな始まりなのに、普通に伝奇物だよこれ!!」

 結局、版権を無視したら上から降ってくる系ヒロインが一番ましな気がした。

「でも志木さん。これで結論が出ましたね」

「というと?」

「普通が一番ということです」

「まあ、そうだな」

「はい」

「うん」











「って誰だおまえええええええええええええええ!!」

 僕は思わず叫んでいた。

「俺に名乗るような名前などありません」

「言え!!」

 サツキははるかの時もそうだが、いつの間にか丁寧語が抜けている。そして修正する気も起きなかった。

「……六本木です」

「は?」

「数字の六にノベルの本、木刀の木で六本木です」

 六本木。その名前は数日前に聞いた記憶がある。あれは確か妹との会話。

 あ。

 あ……。

 あ…………。

「妹をたぶらかした変態かおまえはああああぁぁぁぁぁ!!」

 握力でケータイをつぶしそうになった。

「何のことでしょう」

「髪の色は?」

「茶色」

「いくら兄とはいえ」

「妹の全裸を見たら既成事実を作りたくなる」

「やっぱ貴様かっ!!」

「妹さん、かわいいですね」

「黙れこのロリコンがっ!!」

「いえ、全年齢対応ですが?」

「知らんがな」

「ぶっちゃけ女性ならなんでもいいです。ヤンデレ、ツンデレ、クーデレ、幼なじみ、同級生、転校生、ナース、婦警、フライアテンダント……」

「言わなくていいわ!!」

「で、どうでした?妹さんと既成事実作りました?」

「風呂場に置き去りにした」

「放置プレイですか。そういう趣味だったんですね」

「誤解されるような言い方をやめろ!!」

「何もしなかったんですね……」

「妹だ、当然」

「……ヘタレ」

「なんで罵倒されてんの僕!?」

「妹はあなたの事をあんなにも愛しているというのに……、あなたは心が狭すぎます」

「おまえの守備範囲の広さのほうが問題だわ!!」

 いちいち癪にさわる野郎だぜ。だんだん欲望を押さえられなくなってきた。殴りたい、こいつ。

「で、今どこにいる?」

「まさかBL的展開ですか?」

「どんな論理の飛躍してんだよおまえを殴りに行くんだよ!!」

「あいにくそっち系の趣味はないもので……。すいませんね」

「僕にもねえよそんな趣味!!」

「今のは冗談。今は家にいます。お取り込み中ですが」

「はい?」

「AV見てます」

「言わんでいいわ、そんなこと……」

「まあ、その内探偵部室にも行きます。その時お会いしましょう」

「同じ学校だったんだな……」

 排斥されればいいのに、いっそ社会そのものから。そしたら社会がよりクリーンになるだろう。

「じゃあ、切るぞ?」

「最後に一つだけいいですか?」

「なんだよ」

「ここは俺に任せて先に行って下さい!必ず後から追いつきます!」

「こんな折れないで欲しい死亡フラグは初めて見たな。なんで突然意味不明のフラグ立ててるんだよ」

「出番が増えると思って」

「この場合、それ以降の出番がなくなるよな」

「ですね。ところで志木さんはどんな女の子がタイプ……」


 ポチッ。



「……何これ?」

「食堂のメニューよ。見ればわかるじゃない、バカね」

「いや、わかるよ。これがメニューだってのはわかるさ。だけど何なんだよ、このメニュー」

 翌日、僕とサツキ、そしてはるかは食堂に来ていた。ご飯を食べながらはるかの思い人を探す方法を考えるためである。

 食堂は教室棟の一階にある。そこにはいくつもの長机が並べられていたが、席に座っている生徒はいなかった。今は昼休み。食堂なら人がいて然るべき時間帯のはずだが……。

 その疑問は、食堂のメニューを見たことで一気に解消されることとなった。

「じゃあ、わたしはライスにしようかな〜」

「はい、二千円ね〜」

 はるかが暢気に言い、食堂のおばちゃんが答える。僕はツッコまざるを得なかった。

「何その無駄な高級志向!?普通のライスはないの!?」

「今ダイエット中ですから〜」

「産地を厳選した一等米なのよ〜」

「いや、論点ずれてるよ二人とも!!」 

 というかはるかが最初に行うべきはおやつ減量ではなかろうか。

「じゃあ私はかに味噌パスタにするわ!」

「はいよ〜、五百円ね〜」

 かに味噌パスタは食堂メニューの中ではましな部類に入りそうな一品だ。おかしいだろ、それでましな部類なんて。

「圭くんは何にするんですか?」

「え、頼まなきゃだめ?」

「また柔道やりますか?」

 僕の脳内にはるかに馬乗りにされたビジョンが浮かび上がる。あれの再現はやって欲しくなかった。僕はしかたなくうなずく。

「わかったよ、もう」

「あなたにはカバ肉のステーキが似合うと思うわ!」

「おちょくってんのかおまえ!!」

 カバ肉っていうのは動物の中でもかなりまずい肉だと聞いたことがあった。

「大丈夫、スパイスや調味料がカバ肉の味を完全消去しているわ!」

「そこまでしてカバ肉を入れた意味って何なの!?」

「どう?」

「そんなの食べたくないよ!!」

「じゃあ……、チョコ親子丼は?」

「まずそうだなおい!!」

「チョコと親子丼をそんな……」

「チョコも親子丼もおいしいけど、混ぜたら不思議、普通にまずそうだよ!!」

「しょうがないわね……、じゃあ国産天然トキの肉じゃがでどう?」

「もう絶滅しちゃってるよね、天然トキ!!」

「二十年前の肉よ!」

「とっくに腐ってるだろそれ!!」

「しょうがないわね、まったく。じゃあ……」

「いいよ、自分で決めるよ!!」

 これ以上サツキに任せてもろくなもの来ない気がする。僕は比較的無難そうなシーポークラーメンを選んだ。  



 ちょっと嫌な予感がするけどきっと気のせいだろう。たぶん。



「で、何か案ある?」

席に座ったサツキの第一声はそれだった。まったく、探偵としてそれはどうなんだ。

「最初から人に意見を求めるのはやめたほうがいいと思うんだ」

「そうですね〜、部室で待つのはどうですか?」

 答えるのははるか。例のごとく全く参考にならない。

「それじゃあ依頼してきた意味ないだろ……」

「じゃあ、案出すのよ、奴隷」

「奴隷じゃねえよ!!」

「マイスレイブ」

「言語変えてもだめだよ結局奴隷じゃねえか!!」

「え……、違ったの?」

「僕はおまえにどういう目で見られているんだ……」

「とりあえずご飯を食べましょ!腹が減っては戦はできぬ!」

「わたしも腹ぺこです!」

 はるかが今腹ぺこだという事実に驚愕を覚えながらも、僕はご飯を食べることにした。はるか、今もジャガチ食べてるし。ちなみに、ジャガチ腹ぺこ青虫味だった。意味不明である。

 僕が頼んだシーポークラーメンは、どうやらシーフードラーメンの類のようだ。普通のシーフードラーメンとは違い、鶏肉のようなものが入っている。食べてみるとなかなかおいしかった。なんだか未知の味がしたけれども。

「ポークってことはこれは豚肉なのか?」

「何言ってるの?それはシーポークの肉よ?」

「は?」

「え?」


シーポーク


海豚


イルカさん


「イルカさーーーーーーーーーーーーーーーん!!」

「何なのよいきなり」

「何なのよじゃねえわ!!僕はイルカ肉を食べていたのか!!」

 しょうがない。捨ててしまうのはイルカさんにもかわいそうだし、食べよう。それなりにおいしかったしな。動物保護団体に怒られそうではあるけどね。

「ちなみに鴨○シーワールド産よ」

「水族館から持ってきたの!?」

「冗談に決まってるじゃない、バカね」

「冗談に聞こえないんだよおまえの言葉!!」

 しばらく、ご飯を食べる音だけが響いた。はるかが最初に食べ終わり、またジャガチを食っていた。満腹腹ぺこ青虫味。満腹なんだか腹ぺこなんだかわからない。

「で、なんで食堂のメニューこんな変なんだよ!!」

「校長の影響じゃないかしら」

「あー」

 何となくわかってしまった。確かに入学式でも時代の先を突っ走っていたしな。だんだんこの高校が不安になってきたぜ。僕は何の事前情報もなしに、推薦で入った身だからこんなことになるとは思わなかった。中三の頃に戻ってやり直したい。

 と、食堂の扉が開いた。入ってきたのは一人の男子生徒。なかなかのイケメンであった。

「こんにちわ、探偵部のみなさん」

「誰?」

「誰ですか?」

 サツキとはるかは初対面のようだったが僕は違う。確かに直接会ったのは初めてだが、聞いたことのある声だった。

「六本木和人ですよ、初めまして」

「殴っていいか、おまえ?」

「……どうぞ」

 僕は右ストレートを放った。しかしそれを受け止める六本木の手。

「なんで受け止める!!」

「手が勝手に」

「で、何しに来たんだよ」

 六本木の平然とした様子に、すっかり殴る気を失ってしまった僕はそう質問する。

「美少女たちを眺めに」

 六本木がさらっと言ったこの言葉に、女性陣二人がドン引きしていた。

「真面目に」

「百瀬さんが探していると聞いて」

「は?」

 理解できずにポカーンとする僕。しかしはるかには通じたようだ。

「あなたが……ーー」

「「!?」」

 サツキと僕に衝撃が走る。はるかの依頼は思い人の捜索。六本木の言葉。ここから類推されるのはただ一つの可能性。


 まさか、はるかが探していた思い人は……。




「ーー私の探していたジャガチさんプロマイドを持ってきてくれたんですか?」

「「は?」」

 さらなる衝撃がサツキと僕に襲いかかる。あれ?はるかの依頼内容って、思い人の捜索じゃなかったっけ?

「どうしたんですか?」

「いや……、プロマイドって…………?」

「私の好きな人はジャガチさんのマスコットキャラクターですよ?」

 はるかは六本木に感謝しながら説明した。

 はるかのその言葉に、その場にいた全員が固まった。

「え?みなさんどうしたんですか?」

 認識が追いつかない。僕たちはただポカーンとしている。はるかは状況がわからないらしく、首を傾げている。驚きの天然具合であった。

「え……、ええと、状況を整理しよう」

 やっと現実に回帰した僕は、はるかに説明を求める。

「セーリングですか?」

 だめだこいつ、早く何とかしないと。僕は質問の形式を変えることにした。

「依頼内容は何だったっけ?」

「人探し」

「その人ははるかの何?」

「好きな人」

「好きな人の名前は?」

「はい、思い出しました。ジャガチ君です」

「なぜそうなる!!」

 


 この後、昼休みを目一杯使って問いただしたところ、はるかが恋していたのは、次元が一つ下の相手、ジャガチ君とのことだった。


 結局探偵部がした事ははるかを入部させることくらいであったと、ここに明記しておきたい。




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