犬人族のお貴族商人見習い その1
なんとか飯屋へと無事たどり着いた俺は、師匠達に平謝りしつつ席についた。
「何してたかは聞かねぇけど、あんま山茶花を心配させるんじゃねぇぞ?」
「はい、肝に銘じておきます……」
たった一、二時間の間離れてただけなのに、席に着いた瞬間に俺の腕を抱き締めて離さなくなってしまったからな。
心配性、とは言い難い。知らない土地だし、あの人攫いの一件で町中が騒がしくなったのも分かっているだろうから。
「ま、今日の所はお前らが頑張った報酬で食う飯だから細かいことは言わんが。お前ら揃って村を出るなら色々と学んでおけよ」
「「はーい」」
そう、御告の儀から早三年。つまりいつ村に迎えがきてもおかしくはない時期なのだ。
その時に山茶花は俺の婚約者としてついて来る気らしい。
金剛山師匠達はのんびりスローライフが気に入ったらしくしばらくは村に居るそうだけど、山茶花はちゃんと独り立ちできるだろうか。
いやいや、こんな可愛い子、俺が守護らねば……。戦闘力ならこちらが守護られる立場だけども。
「あいよ、アップルボアの丸焼きお待ち!」
最初に届いた料理は、テーブルを丸々占領するほどにデカイ猪の丸焼きだった。仄かに焼きリンゴの香りがする。
「おっ、相変わらず美味そうな肉だ。いい匂いが……ん?」
早速飯を切り分けようとしていた金剛山師匠の動きが止まり、続いて炎陣花師匠も何やら怪しむように鼻を動かしている。
「どうしたんです?」
「いや、な……。おい炎陣花、この匂いって確か」
「ああ。おい幸也、お前さっき町を散策していた時に偉そうな犬人族に目を付けられなかったか?」
犬人族と言えば先程助けた仮称Aさんが頭に浮かぶ。そしてその時に吹き付けられた香水のことも。
「あー……。もしかしてこの掛けられた香水、マズイやつ?」
己の着物に鼻を近付けて嗅いでみても、少し金木犀の香りがするだけで害がありそうな感じはしない。
でも金剛山師匠達は俺の様子を見て何かを察したのか、二人揃って「「ああ……」」という顔をして何事も無かったかのように肉を切り分け出した。
「幸也、さっき外で何をやったの?」
「いやいや、別に悪いことしてないって。ただただ人助けをして帰ってきただけで……」
山茶花に疑いの眼差しを向けられるほど痛いことはない。
違うんです、女性となんて触れ合ってないんですよ!
俺はただ自分のお嫁さん候補の顔を拝みたかっただけで!
「その人助けってので犬人族に目を付けられたんだな。手の早いこった」
「……どういうことですか師匠」
「アイツらはいつも季節外れの香水を持ち歩いていてな。対象に吹き掛けて後から匂いで追うんだ。奴らはやたら鼻が良いから、山向こうまで逃げないと確実に追ってくる。特に……」
そのタイミングで、俺達の居るテーブルに誰かがやってきた。
「今回の会計は全て私が出しますので、相席よろしくて?」
それは先程会ったチワワお嬢様とドーベルマン護衛の二人組。
「特にお気に入りは絶対逃がさねぇ」
師匠は『観念するんだな』とでも言いたそうな目をしながら、二人に着席するように促した。
ところで炎陣花師匠、酒を追加注文するの早くないですか?
相手持ちだからって遠慮なしっすか。
◇
「さて、またお会いしましたね?」
「…………ソーデスネ」
どうしてこうなったんだろう。
俺の右席には先程の仮称Aさんことチワワお嬢様が座っており、料理に目もくれず俺を凝視している。
そして左席には山茶花がおり、チワワお嬢様を警戒するように俺の左腕にしがみついている。
対面に座ったドーベルマンさんは師匠達と呑み始めてしまった。護衛がそれでいいのか。
「それで、何用ですか? 俺は悪いことしたつもりはないですけど」
あれは一応人助けのつもりだった。
もしかしたら余計なお世話だったのかもしれないが、万が一があっては遅いだろうと助太刀したのだ。
「だから言ったではないですか。礼も言わせず、名も名乗らぬとは非常識ですよ、と。だからあの場を収めた後にわざわざ追ってきたのではないですか」
チワワお嬢様はそう言ってお茶を啜ると、再び俺へと向き直り深々と頭を下げた。
「私の名はティア・F・ファブレ、護衛の彼女はクロエ・ルークと申します。先程は窮地を救って頂き、有難うございました」
美しい所作に思わず見蕩れてしまう。
どうやらこの御方、水戸にお住いのお貴族様らしい。と同時に商人見習いとも表示される。どういうこっちゃ。
そして今更になってようやく『浮窓の写本』に彼女の名前が登録された。さっきまでずっと名前の部分が空欄だったんだけども。
【どうにも本名は秘されることが多く、貴族や政治家等は名を解析するまで時間が掛かるようです】
とはフリクトさんの談。
へぇ、そういう文化があるのね。
「いえいえ、こちらこそ事後処理をお任せして申し訳ありませんでした。俺……私は牧瀬幸也。こちらは山茶花とAランク冒険者『双鬼灯幻』のお二方です」
「……幸也の許嫁の山茶花です」
山茶花よ、それわざわざ言う必要あった?
「あら……。ふふ、そうですか」
何やら意外そうな顔を一瞬だけ見せたティアさんだったが、すぐにそれを引っ込めると柔和な笑みを零す。そしていきなりオレの空いた腕を取ると、
「貴方、私の物になりませんか?」
そう宣った。




