意志の確認
ノロノロとした動作で元の箱に水晶をしまい、宵闇はラグの荷物の底に入れ終える。
乾いていた喉を潤そうと、さっき座っていた椅子のそばまで歩き、下に置いてある自分の荷物から水筒を出して口を付けた所で、紺髪の青年が入口のドアを開けた。
「読んだみてーだな」
「ああ。
……教えてくれてありがとな」
椅子に力なく座り、ぎこちなく唇の端を上げる黒髪の青年を見て、ラグは「あーっ!ったく!!」と苛立たしげな声を上げて宵闇のすぐ前まで近づく。
そして、友人の横にあった荷物をひったくるようにして掴みとるが早いか、手首を返して回転させたそれを、容赦なく黒い頭目掛けて降り下ろした。
バスッ!
「でっ!?」
一秒にも満たないラグの行動に、半ば呆けていた宵闇が対応できるはずもなく。
「何、すんだよ!」
中に色々詰まった布袋がクリーンヒットした脳天を、押さえながら抗議する相手に、ラグは鼻を鳴らした。
『知ってしまえば、欠けた部分を埋めようとするのが人の性だからね』
アスベルの言は的を射ていると思う。少なくとも今の宵闇の状態に関しては。
だがそれに応じた結果が、案の定これだ。
「鬱陶しいツラしやがって。これだから伝えんの嫌だったんだ」
「ショックだったんだから仕方ねえだろ」
俯き加減に目をそらして、宵闇が低い声で吐き出す。
「……十六夜の遺物、多分俺が今使ってんのと同じなんだよ」
「多分、ねぇ。
んで、その十六夜がやったって言う記憶消去を自分もやっちまうかもって?」
「それも無いことは無いけど……」
「じゃあ何だ?
えげづねー遺物が黒翼狩りに関係してたかもしれねえ。
『俺が十六夜止めてたらあれも発布されなかった』
とか?」
ほぼ図星を指されて、黒髪の青年は黙り込んだ。
「あのなぁ……」
ラグは片眉を上げると、掴んでいた友人の荷物を床に置き、ベッドの端にどっかりと腰掛ける。
器用に首から上だけ斜め上、俯き加減の宵闇の顔を覗き込むかのごとく伸ばし、相手に右手の人差し指を突きつけた。
「オレが何で確証も無い事をお前に教えたと思ってんだよ」
「何でって……」
「聞いた話プラス想像イコールお前の記憶か?
もし本気でそう思ってんなら、お前の思考回路疑うわ」
宵闇に指していた指を自分の頭へと向け、片眼を閉じて呆れたように嘆息する。
「他人の事なら大概冷静なお前が、自分の事になるとこーなるなんて、正直思ってなかったわ。
ある程度は仕方ねえけどよ、端から見ててると、餌見せられた犬かってぐらい飛び付いて振り回されすぎ。
フェリオンがもし三年前の件の当事者で、リークに入れ知恵したみたいにお前に何か教えたがってたとしてだ。
真偽はともかく、そりゃあいつの主観だろうが。
他からの情報もあった方がいいと思ったから教えたんだぜ?」
「ここまで説明させんなよ」と苦い顔をする友人の指摘は耳が痛かった。
ぐうの音も出ず「悪ぃ」と小声で謝る。
元から振り回されている自覚は大有りだ。
「ずっとフラフラして、親父やお前らにも迷惑だよな……」
我ながらもう少し落ち着けと思うし、仮に今すぐ記憶が戻っても、それでどうしたいのかすらちゃんと考えられていない。
だが、頭から離れない。
朔の顔。
そして誰の言葉かも分からない、「忘れないで」と言う言葉。
ベッドのシーツを握り俯いて目を閉じて続けた。
「けど。探そうってのは決めたんだ。少しの手掛かりでも掴みたい」
「…………」
ラグは続きを待つように黙っている。
「今みたいに知っちまって、落ち込んだりすることはあるだろうけどさ。
でも、もう知らねぇまま生活すんのは、それだけは嫌なんだよ」
顔を上げて苦笑した。
「飛び付かなきゃ見つからねーのもあるだろ?
とにかく情報集めて、それから本当か嘘かは考える。
思い出す方法も手当たり次第に試すつもりだ」
数秒の沈黙。
それを紺髪の青年が破った。
「ぐにゃぐにゃしてる割に、相変わらずいっこ決めちまうと、とことん頑固だよな。
変に開き直ってるっつーか……
ギルド辞めるとか言ったのは、親父さん逹に遺物がらみの迷惑かけるのが嫌だからか?」
「ああ。
今更って思われるかもしれねえけど、これからは俺から進んで関わる事増えるだろうし、やっぱ危ねえよ。
ラグも、もういい加減アレの事から……」
「ストップ。
それ以上言うと、お前の頭に針刺して雷落とすぞ」「死ぬだろそれ!!」
宵闇の速攻の突っ込みに、針を挟んだ手をヒラヒラ振り、「じゃあ言うな」と紺髪の青年は意地悪く笑う。
「気にすんなっつっても、お前の性格じゃ無理だろうが、オレはオレの勝手で首突っ込むんだ。
危ないのも覚悟の上」
「……お前もとことん頑固だよ」
紫の瞳にその強固な意志が宿った顔を、宵闇は口をへの字に曲げて見上げる。
「何でそこまで拘る?」と言う疑問は喉の奥に飲み込んだ。
話すつもりがあるならとっくに向こうから話しているだろう。
「っし!!」
溜め息をついた宵闇の目の前でパン!と乾いた音が鳴る。ラグが自分の両手を打ち合わせた音だった。
「?」
「お互い我を通すつもりなのを確認した所で、だ。
そろそろ真面目に仕事の段取り決めようや」
「あ、ああ」
考えるまでもなく遺物がどうのと言う以前に、依頼として請けた役目を全うすることが先だったと、急いで頭を切り替える。
「家の方は俺の線があるから、妙な近づき方する奴がいたら離れててもすぐわかる。
線を無理矢理切れば、そいつは無事じゃ帰れねえってカウンター付きだ」
「そのカウンターで捕縛は?」
「括るのはともかく自爆は防げねーだろ」
「やっぱそれが面倒だな……
麻痺毒も持ってきたが、本職の暗殺者ってのは、ある程度毒に耐性つけてるからなー。
多分効果薄い」
「ダメ元でも一応仕掛けとくから後で分けてくれ。
あとラグ、さっき外回ったんだろ?」
「おー。あくまでオレ視点だが、もし狙う側ならこの角とこの窓……あとこっちの端から術でってのが――」
地図を見ながらの、粗方の相談と確認が終わった頃には日が沈んでいた。




