幻将(2)
宵闇の前で静かに佇んでいるのはリーク=シルメリス・ディル・セイン。
五日前まで翼島の幻将だった青年だ。
「次は容赦しない、か」
宵闇が黒線を出したままの両手を油断なく構えてリークの言葉に応える。
「さっきのも随分なやりようだったけどな?」
はっきり言って、先程のキリや剣撃が当たっていたら死にはしなくともかなりの重症を負っている。
あれで容赦したつもりなら常識感覚のネジが数本外れているとしか思えない。
「少なくともフィレットは殺そうとしてたように見えたぜ?」
「否定はしない」
青年は、色白の整った顔を一切変化させずに返してくる。
「道化はあの男とつるんでいるのが明白だからな。それなりの礼はするつもりだった」
だが・・と続ける。
「単に利用されているだけの火の粉ですらないモノまでわざわざ消すつもりはない。
命が惜しくば去れ」
あの男と言うのは、おそらく実の兄のことだろう。
見るからに嫌っていそうだ。
詳しい経緯なんて知らないし宵闇も脅されて引き受けた様なものだから、アスベルに対して色々と思う所はある。
逃がしてくれると言うのも正直ありがたいが・・
横目で後ろにいる少年を示した。
「生憎と仕事なんだよ。怖ぇガキもいるし、な」
フィレットは集中しているのか、詠唱の姿勢を崩そうとしない。
「・・・・」
それを聞いたリークの顔に僅かに感情の色が滲む。
「哀れだな、お前は。
それとも単なる馬鹿か」
「は?」
宵闇が聞くより早く、相手の腕が動いていた。
瞬時に腰のベルトからつぶてのような物を取出し、フィレットに投げつける。
宵闇がそれを落とそうとするが間に合わず、そのまま少年へと向かいーー
ポヒュッ!
間抜けな音を立てて貫通した。
「!?」
血が飛ぶこともなく、煙の塊のように輪郭を無くてほどなく霧散する。
「まさかあいつーーー」
「さっきから気配を感じなかったからな。やはり逃げたか」
まるで最初から考えていたかの様な手際の良さだった。
「それでも向かって来るのか?」と言わんばかりに視線を向けるリークに、宵闇は言葉を詰まらせる。
と、言うより、あまりにあまりな状況のせいで咄嗟に言葉が出せないでいた。
(フィレットの奴、帰れたら絶対ぇ泣かす!!死んだら末代まで祟り殺す!!)
肩を僅かに震わせながらそう密かに決め、リークの方を見据える。
時間にして数秒だったが、宵闇の中で打算と躊躇が荒れ狂う。
少し考えた答えは、
「やっぱり無理だ」
逃げるのも寝返るのも有りな気がするが、それはそれで後味が悪い上に報復も怖い。
そして何より先程見た、今は青年の背後に広がっているはずの赤茶色が脳裏から離れなかった。
『お前もう少し利口になれよ?』
ラグが知ったらそう言うだろう。
宵闇とて正義感を振りかざすつもりは無いが、やはり見てしまったからには見ない振りをする気にはなれないのだ。
依頼通りにするかはさておき、この男を止めなければと握った拳の力を強める。
「原形留めねぇほど刻みやがって。
何人殺ったか知らねぇが、あんたを野放しにしとくと気分が悪いんでな!!」
怒鳴ると同時に片手を振るい、リークの周囲全方向から黒い線に襲わせる。
「そうか・・」
襲われた側も目を細め、剣と鎖で繋がった左腕を振るう。
「ならば、仕方ない!」




