396.竜の詫び
――少し前のこと。
『貴様は、どうしようもないほどに魔術の使い手としては未熟だ』
地面と空だけの空間の中、カナタを見下ろしながら竜ははっきりと言い放った。
「カナタが未熟……? お言葉ですが、竜の基準で話されては……」
『我の基準ではない。貴様と比較しても、そこの魔術王もどきは未熟に見える』
「そんなはずはありません、カナタは第四域……私などよりも優れた魔術師です! 何度も何度も、苦難を乗り越えて私を救ってくれました!」
竜の言葉に、ルミナは臆せず反論する。
カナタを下げるような言葉に怒りを抱いたのもそうだが、ルミナ自身、第四域のカナタが魔術師として自分よりも別格だということは理解している。
ルミナは第三域の魔術師であり、苦手も少なく、年齢を考えれば技術も高い。
いくらトラウリヒでアドバイスを貰って成長したからといって、第四域に到達した魔術師と比較すれば当然劣る。
カナタとルミナが戦えば、ルミナは一方的に負けるばかりか、無傷で制圧されてもおかしくないだろう。
『本人はどうだ?』
「あなたの前で驕るつもりはありませんが、流石に、今は自分が弱いとまでは――」
『違う。個体としての強弱の話はしていない』
カナタが言葉の意味を考えていると、竜は続ける。
『魔術を操る使い手としての未熟さを我は指している』
「すみません、違いがよく……」
『強弱のほうがわかりやすいのならば、そちらの方面から話してやろう。貴様は第四域という話だったな。今まで打倒してきた相手に同格がいるとして、そやつらをもう一度、打倒できると思えるか?』
「――」
竜の投げかけた疑問は、彼の言葉の意味をカナタに染み渡らせるようだった。
カナタは今まで遭遇した明確な格上の存在を思い出す。
一人は宮廷魔術師デナイアル。カナタが初めて出会った第四域の魔術師。
あれに勝てたのはルミナの失伝魔術を自分が読み取る力があったから。
無属性の性能とデナイアル自身の魔術の腕もあって、途中から魔術戦は一方的に負けていた。今戦っても、勝てるかどうかわからない。
もう一人は、メレフィニス。
互角に戦えたのは『トラウリヒの微睡』の術式を解析した影響で一時的に魔術の精度が上がっていたのと、自分を助けてくれたみんなの言葉が突き動かしていたから。
そして、メレフィニスが自分の存在に迷っていたから。
もう一度、と言われて勝てる想像はできなかった。
『一方的に負ける気はしないが、勝てる想像はできないといったところだろう』
見透かされていると感じながらもカナタは頷く。
同じ第四域であったはずの二人に、勝つ想像が浮かばない。
規模だけならば王城と融合したケネスや教皇クヴィリスのほうが大きいはずなのに、何故か浮かんだのはその二人だった。
それが、竜の言った魔術の使い手として未熟という言葉に繋がるのだろう。
『我が貴様を観測したのはトラウリヒに入ってからだが、貴様には魔術師としての軸が見ない。自らの意思と魔術の芯が本当の意味で繋がっていない。あまりに歪だ。物心つく時には魔術を操れる我々とは全く違う』
「歪……?」
『ああ、そうだ。まるで、過程を飛ばしてしまったかのように』
竜は改めて、カナタにその巨大な瞳を向ける。
自分に向けられた瞳は人間とは全く違うはずなのに、カナタはその瞳に憐憫を感じた。
過程を飛ばしてしまった、というのはカナタも納得いく言葉だった。
そもそもカナタの魔術はスタートからして、過程がいかれている。
カナタはその瞳で、魔術滓から魔術の情報を得て、魔術を使う。
魔術の後であるはずの魔術滓というゴミから、魔術という結果を再生したり、新しい魔術を生み出したりする。
通常の過程と縁遠いという意味で、竜の言葉は的を射ているかもしれない。
『恐らく貴様は得意な魔術はあっても得意な属性が存在しない。それは魔術師としての方向性を定めていないに等しい』
「属性が、重要なんですか?」
『属性が重要なのではなく、魔術師としての色がないのが歪なのだ。無属性のような例外もあるが、貴様はその手前がそもそも欠落している』
「そんなことが、わかるんですか?」
『わかる。貴様が魔術王でないのであれば、貴様の姿はあまりに異様だ。魔術王の子でああればその歪さも是になるかもしれないが』
カナタは俯く。
『思い出せ。他の魔術師は自らが得意とする属性があったのではないか?』
カナタは隣で心配そうに寄り添うルミナのほうに視線をやる。ルミナは光だ。
同時に、今まで出会ってきた他の魔術師のことも思い出す。
どの魔術師も確かに、魔術を使う上で得意な属性を持っていた。
竜はそれを偏りではなく、魔術師本人の色だという。
思えば確かに、自分の魔術に対する学びはずっと急ぎだった。学院にすら一年もいなかったのだから魔術の基礎がどこか抜け落ちていると言われても、驚きはしない。
(こんな凄い生き物がここまで言ってくれてるんだ……帰ったら改めて、魔術を学んだほうがいいな)
第四域になってから、無意識の内に驕っていたのかもしれない。
自分は戦場漁りから、色々とスキップして魔術師になった人間。
土台が不完全なのは、当たり前だ。自分は魔術師としてではなく人間としても未熟すぎるとカナタは自分の頬を叩いた。
「ありがとうございます……帰ったら――」
『その歪さは毒になろう。これは人違いをした我からの詫びと受け取れ。貴様のその未熟さを矯正してやる。それが終わるまで貴様らが人間であっても滞在を許す』
「ん?」
「え?」
『そうだな……森人達に協力させよう。人間と交流のあった種族ゆえ、問題なかろう』
竜の言葉はまるで有無を言わせないかのように聞こえた。
カナタとルミナは、すでに竜の中では自分達が見知らぬ地に滞在することが決まっているかのような口ぶりに慌てて顔を見合わせる。
二人が何かを言いかけるが、それを察した竜が先回りをした。
『まさか、我の詫びを受け取らずに帰るというわけではあるまいな? この生存圏の長である我の謝罪は、そんなにも貴様らにとっては不服なものだったか?』
相手は空間を割ることのできる理外の存在たる竜。
ただでさえ人間へのイメージがよくない竜に、さらに不信感を与えればどう転ぶか想像がつかない。
「なんか既視感あるなと思ったけど……王様の命令だこれ……」
「あぁ……確かにそうですね……」
『何か言ったか?』
「「いえ……」」
人間社会の安全と名誉のため、カナタとルミナはここに残ることに決定した。
「喜んで、受け取らせていただきます……」
『よい。住居を用意させ、族長共にも話を通しておく。存分に、我からの謝罪を受け取るがいい』
スターレイ王国でも、基本的に王様の命令とあらば断れない。
そもそも機嫌を損ねたとして、帰り方などわかるはずもないのである。
だが竜に攫われたという常識外の状況から、急に知っている状況になったことにカナタは少しだけ安堵を覚えていた。




