361.■■信仰■■トラウリヒ
普段のエイミーを超えた魔術の力が数分の拮抗をこの場にもたらす。
教皇対聖女。並び立つ地位に相応しい戦いがカナタ達の目の前で繰り広げられるも……残酷なことに、その差は徐々に表れていた。
「っそ……!」
「ふ……ふふ……!」
クヴィリスの仮想領域そのものである光の樹がその枝を鞭のごとく振るう。
現実を改変したり、異空間を生成したりする他の第四域と違って、クヴィリスの仮想領域は現実の地続きに現れるもの。つまりは魔力の燃費が違う。
他の仮想領域をぶつけない限り、クヴィリスはこの魔術を三十分は展開し続けられるだろう。魔力切れは望めない。
樹の根元にいるクヴィリスは縦横無尽に空を泳ぎ、枝を躱し続けるエイミーを見ながら確信の笑みを浮かべていた。
「貴様の成長を認めよう! 我が知る聖女の魔術を超えたことも! しかし、ここに喝采は訪れない! 成長は子供の得意分野だが、成長したからと無謀を凌駕できるとは限らない!」
「う……るさいわね! おっさんは本当に!!」
確かにエイミーは成長した。精神的にも魔術の腕も。
この一日だけで彼女は昨日までの彼女より遥か高みにいるだろう。この瞬間に瞬殺されていないのがその証左だ。
しかし、エイミー自身が壁を越えられたわけではない。
どれだけ成長が著しくても、魔術の壁を越えているクヴィリスと少し距離が縮まっただけ。
戦いが始まって早数分……時間が経つごとに、第三域と第四域の差がエイミーを追い詰めていく。
「スターレイ王国に留学して気が大きくなったか!? 思い出せ! 貴様は怪物でもなければ化け物でもない! ただこの国でたまたま選ばれただけの人形だったということを!」
「あんたがそれを……!」
「そう! だった、だ! 貴様は人形から聖女の器になったのだろう! 自らの想いに縋るだけの決意ではなく、国を掲げる決意を我の前でほざきおった! しかし、まだこの国の頂点には立たせまい! 我が野望を潰されてなお、我の進む道は正しかった!」
クヴィリスの思惑は阻まれた。だが、失敗しただけだ。
理外の怪物に阻まれたからといって、自らの行いを間違いだと断ずる気などクヴィリスには当然ない。
自らの行いは正しかった。正しかったのだとクヴィリスは謳う。
魔物との戦いで技術は発展しても、国力が伸び悩む自分の国。
隣国スターレイ王国に比べるとその差は歴然。抱える第四域の人数が魔術教育の差を物語っている上、第二王女のような化け物が生まれる血筋や土壌まである。
だから何年もかけて潜伏した。
側近に侮られても、見下されても、ただ一回の奇跡を国民に見せるために。
トラウリヒが信仰だけでなく、価値ある国だと証明するために。
「信仰だけではどうにもならぬ現実を見るがいい! 唯一の機会を阻むのがスターレイの人間ではなく、トラウリヒの人間もとは嘆かわしい! 青い! 甘い! 若い! 成長してもなお幼い牙を我に立てるか!」
「何が現実! 正しい? 間違ってる? 黙りなさいよ! 私が気に食わない! 国のため国のためとか言って詐欺を働くあんたが! あんたがしたい国のためって言えよおじさん! 崇高っぽく語れる言葉遣いしてないでさ!!」
エイミーの頬や太腿を光の枝が掠り、血が舞う。
聖女の証である白い衣服も段々と赤く染まっていく。
それでも、その声に弱音も養父に対する遠慮もない。
魔術領域という差を飛び越えて、エイミーは自分の意思を、自分の言葉にして叩きつける。
「あんたがどんな言葉を並べても! 私の恩人のいる場所に攻め込もうとしたことと……この国の信仰を軽んじたことは許せない! 絶対に!! しかも、教皇であるあんたが!!」
クヴィリスが自らの思惑を譲れないように、エイミーもこの意思を譲らない。
エイミーは見てきた。この国の人々が神に捧げる信仰の厚さを。
トラウリヒが国として成り立っているのは間違いなく民の心にある信仰心。
魔物に侵攻される国であっても決して逃げることなく、涙を流した次の日には祈りを捧げて明日を生きる。
その尊い生き方を尊重し、そして象徴となるのが自分達の役目であるはず。
断じて――奇跡と偽って騙し、その信仰を踏み躙るような扇動を行っていいはずがない。たとえどんな理由があったとしても。
「理想だな! 信仰で国は栄えない!」
「理想を目指さない程度の奴が! 現実をよくできるもんか!」
「変えられるとも今まさに! 手始めに聖女を落とす!」
「落とさせない! この国に捧げられる信仰を!!」
互いの主張が改めて決裂する中、クヴィリスは口元で笑みを浮かべる。
「それでどうする!? ふわふわと隙を窺うばかりで!」
「っ……!」
「どう許さない気だ!? このまま口だけで競う気かね!? 血の海の中、自らは成長できたのだと無駄に慰めながら!」
エイミーの魔術領域は第三域。対してクヴィリスの魔術は第四域。
聖女の魔術は成長したとはいえ、エイミーが簡単には死ななくなっただけであり、クヴィリスと条件が一緒になっただけだ。
エイミーがクヴィリスを倒すには、さらに巨大になった光の樹を破壊するしかない。
だが、第三域であるエイミーがこの光の樹を破壊する方法は……一つしかない。
(私が使える魔術で教皇をぶっ飛ばせるのは失伝魔術しかない……! けど……!)
失伝魔術の発動には詠唱が必要。詠唱を破棄すれば限定的な効果しか現れない。
先程エイミーが自分の傷を全快させたところを見てから、クヴィリスの操る光の枝の動きが変わった。変わらない猛攻を仕掛けているようで、少し動きが遅い。
つまり、わざと魔術の動きに緩急をつけている。
会話できる程度に攻撃速度を緩めているのは、これを隙と捉えてエイミーが失伝魔術の詠唱を始めた途端、先程エイミーを串刺しにしたような猛攻を仕掛けるためだろう。
エイミーが焦って詠唱破棄の失伝魔術を使えば、エイミーにクヴィリスを倒すための魔力が残らず、そのまま串刺しにすれば、それはそれで失伝魔術は唱えられない。
エイミーの勝ち筋が失伝魔術しかないとわかっているからこそ、クヴィリスもエイミーの口元と魔力の動きに全神経を注いでいる。
(詠唱する時間さえ……時間さえあれば……!)
考えている間にも光の枝はエイミーの肌を裂く。
先程より速度が緩いからと、無視すれば肉を抉られる。
このままでは血の流し過ぎで死ぬか魔力切れで落ちるか。
タイムリミットは遠くない。
◆
「ほんとなのなの? カナタくんもう行っちゃってるって!」
「ああ、さっき町の方から教皇宮殿に行った人影が見えた…………ような気がした」
「気がした!?」
「あー、うっせえな! どっちにしろカナタ様がいなかった報告はしねえといけねえだろ!」
「そうだけどけど!」
カナタとすれ違いになったエメトとキュアモは魔物達が暴れた場所を確認した後、またもや教皇宮殿に戻るはめになっていた。
町で騒ぎとなっていた魔物達はすでに片付けられていて、今はもう暴れている個体はいない。
その内の一体に至っては首がねじ切られており、正確に確認したわけではないが……二人はこの一体がカナタの片付けていった魔物だろうと考え、そのまま教皇宮殿に向かったと踏んで戻っているのである。
「普通ならこんな曖昧なの信じないけどカナタくんだからなあ……!」
「だぁれが曖昧なのじゃ! ちゃんと見たわ!」
「気がしたって言った!」
「言ってねえ!」
「言った! ヤニ好き嘘つき!」
「悪口になってねえよ馬鹿。大人は全員嘘が大好きなんだからよ」
「私大人だけど嘘つかないない!」
「姉弟で嘘ついてカナタ様襲ったからここにいるんだろうがてめえらは!」
「うぎゅう……! 正論ナイフが心にくる……! ごめんねカナタくん……」
「俺はカナタ様の敵になったことねーかんな! はっはっはー!」
「私は襲ってないもんもん……」
心にダメージを受けたキュアモと気持ちのいい笑顔を浮かべるエメト。
走りながらの口喧嘩はどうやらエメトの勝ちのようである。
もう夜も更けてきたが、まだ町に出ている人は多く、エメト達と何人もすれ違う。
普通なら暗くて町に出ている場合ではないだろうが、アオフ祭の二日目ということでヒトデや貝をモチーフにしたランタンが町の至る所に置かれて普段よりも明るいという影響もあるだろう。先程の魔物の騒ぎもあって、寝ている場合ではないという人達も少なからずいるようだ。
「歌――」
「誰かが歌って――」
「あん……?」
教皇宮殿までまだ少しあるというのに、エメトは何故か足を緩める。
「エメトくん? どうしたのたの?」
「いや、なんつうかさっきからすれ違う奴等の会話が同じような……なんだ……?」
エメトの足を緩めさせたのは聞こえてくる町の人達の会話だった。
先程から同じような言葉を何度も聞く。
やがて少し人が多く集まっている広場が見えると、エメトは足を緩めるどころか、完全に止めていた。
「エ、エメトくん!?」
「ちょい待て……」
そこには不思議そうに空を見上げる者が何人かいた。
心地よさそうに見上げながら目を閉じている老人、そして不思議そうにする子供。
その子供が傍らで眠そうにしている母親らしき人物の服を少し引っ張った。
「ねぇ、ママ……この歌なあに?」
「うたぁ? ええ……? 歌なんて、聞こえないわよ……?」
母親は辺りをきょろきょろと見回す。
歌っている者はおらず、楽器を鳴らしている誰かもいない。
エメトとキュアモにもそんなものは聞こえていなかった。
「……聞こえるよ」
母親に否定されても、子供は繰り返す。
「歌が、聞こえるよ」
無垢な瞳は星空に浪漫を馳せるかのように、この夜に響く歌を映していた。




