355.不毛なる戦場
クヴィリスに向かって振り下ろされる巨大な腕の一撃は、樹から生える枝が阻む。
鋭い枝を巨大な腕で折りながら、カナタは中庭の地面を滑りながら着地した。
ついでに、手に持っていた魔物の首をクヴィリスの足下に放る。
「カナタ!」
「カナタ……! よくわかったわね……」
「花火が見えたから」
「花火……?」
カナタは決してこの状況を見越して教皇宮殿に来たわけではなかった。
宿で待機していたカナタが見たのはエメトとキュアモが魔物をおびき寄せるために使った火属性の魔術。
それはこの国に来る前にカナタ達が決めた救援の合図。カナタが刺された時にエメトとキュアモが駆け付けた時のように、カナタは空に上がった火属性魔術を見て教皇宮殿に駆け付けただけだった。
「花火が上がったのが屋根辺りかと思って登ったら何かここで戦ってるし、町のほうでは魔物で大騒ぎになってるし……予定と全然違うな」
「奇遇だな。我も貴様らのせいで予定が狂いっぱなしだよ」
「同じように語るな。あんたの予定はこっちが狂わしてやったんだよ」
本来なら明日ぶつかる予定だった目の前の敵。
カナタは予定外の状況を把握するよりも前に、言葉の中指を立てた。
「ルミナ。情報を」
「エイミーは魔力切れが近いですが私はまだ戦えます。教皇は魔道具で武装していて炎の首飾りは蹴り飛ばしましたが、左手は風を操る剣があります。右手にあるのがヴンダーの杖ですが、あれは使い手を選ばず、触れた者に魔力を与えます。この光の木は教皇の第四域なのでご注意を」
ルミナはまず端的に情報を伝える。
特に魔道具の話に興味を持ったのか、カナタの眉はぴくりと動いた。
「わかった。エイミーを連れて体勢を立て直してくれ」
「はい!」
ルミナは最低限の情報を伝えるとエイミーを抱える。
今のルミナの速度ならエイミーが作り上げている空間から離れても枝より速く逃げ込める。
どちらにせよクヴィリスの興味は今二人にない。
中庭に落ちてきたカナタから視線を外していなかった。
「カナタ! ごめん、予定にない動きしたの私!」
離脱する直前エイミーの口から出てきたのは情けなさから来る謝罪だった。
自分で今回の予定を崩しておいて、結局カナタに尻拭いをさせてしまう。
クヴィリスの言葉に揺れたことで、相手が養父だからと無意識に自分の戦い方が縮こまっていたという自覚がより後悔の念を強くした。
……それに、カナタが来たからといって何とかなるのか?
本来なら今日は人質の救出と情報を持ち帰るだけだったはずだが、エイミーの判断で少ない前情報で戦うことになってしまった。
相手は魔力を生命力に変換し、その魔力も違法魔道具で補っている不死身。
魔術師としての魔術領域は互角だとしてもカナタの勝てるビジョンが見えない。
何故、自分はこんな選択をしてしまったのか……。
「後悔してもいい」
「え……?」
「けど止まるな。自分は駄目なやつだってうずくまるな。そうしても何も変わらないって俺は知ってる」
エイミーはそのままルミナに抱えられながら宮殿の中に飛び込んだ。
中庭の光景がルミナの速度で急速に変わっていく。
エイミーが逃げてもクヴィリスはカナタから目を離さなかった。
土足で踏み込まれた怒りよりも、目の前の少年から目を離してはいけないという危険のほうが勝る。
「これがあんたの第四域か」
「そうとも」
中庭の中央に伸びる幹からカナタに向かって枝が伸びる。
この樹そのものがクヴィリスの仮想領域。魔力を込めれば当然新たな成長の爆発が起きる。
カナタは身を横にして枝を躱し、クヴィリスへと歩を進めた。
新たに伸びた枝はカナタの横を裂き、宮殿に新しく突き刺さる。
カナタがその枝に触れると、肌を焼かれて痛みが走った。
火傷のように赤くなる自分の手の平をカナタは見つめて、クヴィリスに視線を移した。
「なるほど、刺された部分がこうなるのか……」
「君ならば逃げることはないとわかっていた。それでもしっかりと我の前に姿を現してくれたことが嬉しくてならない……君は間違えた。公女やエイミーなど放って国に帰っていれば少なくともスターレイ王国は戦争の準備を進められただろうに」
「ここであんたを倒せば、そもそも戦争なんて起こらないだろ」
「倒す? 思い上がったな。公女やエイミー相手ならいざ知らず、君相手に驕るとでも? 君は人質として抱えるには危険すぎる。交渉の余地もない。死体になって我が計画の礎となれ」
クヴィリスの声と共に魔力の樹は輝きを増し、枝をさらに伸ばす。
カナタに向かって放たれるそれはさながら槍の一刺し。
生半可な魔術ならば容易に貫く第四域の余波だった。
向かってくる枝を背中から生える巨大な腕で薙ぎ払う。
この魔術で魔力の樹は折れないが、枝相手なら何とか力負けもしない。
だが枝の数はクヴィリスの思うまま。手数では圧倒的に負けている。
次々と向かってくる枝達にカナタは駆ける。枝は直線的だが、確実にカナタを狙うように伸びていて教皇宮殿の壁は先程以上に串刺しとなっていった。
「君相手に魔力を温存するなどという愚行はしない! 油断も! 侮りも! 驕りも! 君の前には生まれない! ただ排除する! 模倣される可能性のある不安定な魔術も使わず、ただ単純な魔力量に任せた魔術の波濤にて!」
宣言通りこのまま教皇宮殿を全壊させる気なのかという勢い。
戦いを覗こうとしていたルイとアンダースももうどこかへ逃げていた。
カナタは走りながら枝を躱し、時に背中の腕で振り払う。
普通の魔術ならば勢いが収まるまで待つところだが、この魔術は第四域。
(止まらない……!)
カナタを串刺しにしようと伸びる殺意ある樹の成長。
どこまでも止まない嵐のような攻撃は無限の魔力を見せつけるかのようだった。
クヴィリスの手にヴンダーの杖がある限りこの猛攻が緩むことはない。
「『黒犬の鎖』!」
走るだけでは枝で埋め尽くされる。
カナタは自分の影から伸びる鎖を使って自分を浮かせた。
「拘束魔術を移動で使うか……だが」
クヴィリスの第四域である魔力の樹は教皇宮殿と同じくらい高い。
少しばかり空中に逃げたからといって枝の脅威から逃れられるわけではなかった。
地面付近が枝で埋め尽くされたかと思えば、樹からはさらに枝が伸びる。
鎖を動かし、カナタは器用に躱すものの限度がある。
この鎖は高速魔術であって、人を移動させるためのものではない。その速度は向かってくる枝に比べればあまりに遅かった。
空中で自分を投げ出すように鎖を緩ませ、カナタは身を翻す。
「そこだ」
空中に放り出されたその一瞬を狙ってクヴィリスは串刺しにすべく枝を伸ばす。
枝はカナタがいる場所に自動的に伸びるのではなく、クヴィリスの自由自在。
空中で身動きがとれないタイミングを狙った。
目か。首か。胸か。足でもいい。
クヴィリスからは本当に油断が消えていた。一撃で倒せるとは思っていない。
不死身の体と無限の魔力をあますことなく使い、徐々に削り、それでいて全力で、確実にここで命を奪う。
成長という一点において一番危険なのはこの男。
自分の足下に手を届かせる前に、手遅れにしなければ。
「っ!!」
空中で身動きが取れないカナタは背中の腕を使ってすでに生えている枝を掴み、自分自身の動きを無理矢理変える。
ちっ、とカナタに掠る音がしただけに今の一撃は惜しい。
カナタはそのまま伸びてきた枝の上に乗って再びクヴィリスを見下ろした。
魔力の樹は魔力で輝いていて、ここだけ夜ではないような光量だ。
中庭に現れた夜に灯る樹というのは神秘的な光景に見えるものの、その実カナタを殺すために維持されている。
「そんなに魔力を使って大丈夫なのか?」
「ああ、君を殺すためなら惜しまんよ。我は君に敗れた連中のようにただの少年だと侮ることは絶対にしない! ヘルメスが認めた男……それだけで全霊をもって相手する理由には十分だ!」
クヴィリスは宣言と共にぐっと拳を作った。
同時に、
「う……!?」
「枝もまた樹だ。少々コントロールに時間はいるがね」
カナタが乗った太い枝からさらに細い枝がカナタに伸びる。
枝分かれという言葉通り、枝からさらに枝が伸びてカナタの足を貫いた。
足の力が抜けてカナタはぐらつく。その隙を見逃さない。
「エイミーを逃がしたのは失敗だったな!」
ぐらつくカナタに向けて伸びる枝。枝。枝。
焚火の薪を集めるかのようにカナタの体向けて光の枝が容赦なく伸びる。
第四域の魔術による質。そして魔力ある限り生える無数の枝という量。
どちらも兼ね備えた攻撃はカナタの体を捉えた。
背中の腕は串刺しにされて、使い手であるカナタは中庭に落ちながら転がる。
「ぐっ……! ごふっ……!」
「あれで刺さったのは数本か……流石の反応と言える。だが……」
その数本で十分すぎるダメージをカナタに負わせることができた。
体を丸めて自分を守ったのか、目立つ傷は手や肩だけ。
しかし一本が腹部に刺さっているようで、立ち上がるカナタは腹部を抑えている。臓器には刺さらなかったようだが出血は免れない。
それこそエイミーの治癒でも失った血は戻らないのだ。
敵の魔術に触れる不用意さは好奇心から来る若さが出たか。
(待て……?)
肩や腹部から出血するカナタを見て、油断が顔を覗かせる。
クヴィリスは自らを律して思考を巡らす。
(先程もそうだ……何故敵の魔術に触れる不用意なことを……?)
お得意の模倣? 術式の解析? いや、それはない。
カナタの術式の解析は魔術からではなく、術式の欠片からするもの。魔術滓がなければ不可能なはず。だからこそ先程の戦いで出た魔術滓も全て回収した。
触れられたところで自分の第四域が模倣されることはない。
万が一、模倣されても第四域は使い手のほうがうまく扱えることに違いない。
同じ魔術ならば練度の差でクヴィリスが勝つ。
「教皇……あんたケネスってやつ知ってるか……?」
「……? ……ああ、知っているとも」
血だらけのカナタに話しかけられて、クヴィリスは疑問を持ちながらも答えた。
ケネスは知っている。第二王女派閥と騙りながら自らが王になろうとした王弟。
カナタと宮廷魔術師達の活躍によって止められた大事件だ。あの事件によってスターレイ王国の守りが手薄になったことを確信したからこそ、クヴィリスは今回の計画を今年進めることにした。
だが、何故今ケネスの話を……? あまりにも唐突な話題だった。
「失伝刻印者ってのは絶対の資格みたいな感じで扱われてるけど……案外脆いんだ。失伝魔術を一度捨てたりすると術式を知ってる別の奴にも使えてしまう。ケネスはそうやって他人の失伝魔術にただ乗りするような形で失伝魔術を操ってた」
「何が言いた――」
ふとクヴィリスの目にカナタの手の平が映る。
先程、魔力の枝に触れて軽度の火傷を負っていた手の平が……何ともない。
「待て……その手……。何故治っている……?」
それに気付いた時、クヴィリスの背筋に今までにないほどの悪寒が走る。
トラウリヒ神国の教皇として、信仰心の強さを知っているからこそ決行した奇跡を国民に見せつけて掌握する完璧な計画。
教皇殺しが可能な説得力のある犯人であり、スターレイ王国侵攻の大義名分を掲げられる都合のいい存在としてカナタを選んだ。
――その選択が、致命的な間違い。
「……あんた、自害してたよなあ」
「――」
耳を塞ぎたくなるような声、目を閉じたくなるような笑顔に喉が干上がる。
クヴィリスはカナタの目の前で自害してはならなかった。
自害とは自らの持つ物を全て手放す行為。命も、持ち物も、知識も、何もかも。
カナタはクヴィリスが自害した時、魔術滓は見つけていない。
――魔術滓「は」。
「つまり……一度は捨てたってことだよなあ!? 命も! 術式もぉ!」
「否! 我はそんなつもりで――!」
「ははは! 世界のほうはそう思ってないみたいだぞ!?」
串刺しにしたはずの肩や腹部……カナタの傷が見る見るうちに治っていく。
誰よりもその現象を知っているクヴィリスが目の前で否定したい現実をカナタは見せつける。
捨てられたものを拾い上げることこそカナタの真骨頂。
目の前で捨てられたものをカナタが拾い上げないはずがない。
術式は鍵。使い手は門。
クヴィリスに宿る一度捨てられた術式の欠片は、門が二つあると認識している。
術式を宿すクヴィリスと、その瞳に術式を映しているカナタを!
「不用意に触れたのは……本当に再生できるかどうか確認するためっ……!」
自分はまだ侮っていた。まだ油断していた。まだ驕っていた。
カナタを才能のある人間程度にしか思えていなかった。
そんな生易しい存在などではない。
目の前にいる少年はクヴィリスを神の代理人たらしめた奇跡を堕とす、死神――!
「不思議な気分だ! 本当に凄いなぁ!」
「魔術、漁り……!」
真っ直ぐ向かってくるカナタに先程のように魔力の枝を伸ばす。
白く光る樹に散る血飛沫。命の安全を無視した直線的な動き。
痛みと恐怖で止まるのが普通だが、カナタは再生しながら前に。
クヴィリスがルミナとエイミーに見せつけていたわざと攻撃を受けるパフォーマンスを無意識にやってみせる。
「あんたは一度死んだんだ! 死と隣り合わせになった程度のガキの相手なんて簡単だろぉ!? ええ!?」
「こんな……こんな馬鹿なことが――!?」
「ははははは!! 死ぬまでやろうぜクヴィリスぅ!!」
カナタは血に塗れながら不毛な挑戦状を叩きつける。
不死身対不死身。再生対再生。
文字通り死ぬまで、魔力が尽きるまで殺し合おう。
待っていてくれてありがとう。
お待たせしました。




