168.貴き遠き酒場にて
ラクトラル魔術学院擁する都市その名はオールター。
年齢的な意味で、治安的な意味で、魔術学院の生徒達が決して近付かない一つの酒場で青年はぼやく。
「あー……なーんもわかんねえ……」
開店前の酒場でうなだれるは最近まであった裏決闘場の元面接官エメト。
先日の事件でカナタと共闘したことをきっかけに、今はディーラスコ家の情報屋として働いている。
「そりゃこんなカスみたいな連中で第一王子と第二王女について探れるわけねえよな……」
「兄貴ぃ! カスはひどいですぜ!」
「俺達まっとうになったんすから! かんぱーい!」
「まっとうなやつは毎日こんな時間に酒飲まねえんだよボケ」
現在エメト達は部下と共に第一王子と第二王女の動向を探っている。
元の職場である裏決闘場の運営が第二王女の可能性が高いこと、そして王都で第一王子が動いていることから雇い主の一人であるロザリンドから正式に依頼されての仕事だが特に成果はない。
「ジェニー、どうだ?」
「流石にめぼしい情報はないわねぇ。第二王女に至っては誰も彼も知らぬ存ぜぬの空気で……第一王子のほうは色々聞けたけど、シメルタが手に入れた情報以上のものはないわね」
「騎士団丸々持ってくるんじゃねえかって話か……いや、それでも情報の精度を上げてる分ありがてえな。ダーオンには期待してねえが、お前の情報なら確実だ」
「さりげなく俺を落とさないでくれエメト」
「さりげなくじゃねえ、現に落としてんだよ役立たず。有益な情報ゼロの脳筋がよ」
情報屋は今エメトと同じく裏決闘場の職員だったジェニーとダーオン、そしてひょんなことからカナタと共闘した裏決闘場で出場者だったシメルタの四人が中心となって纏めている。
他にも数人いる部下の手前、この四人は特に靴底を擦り減らしているのだが……最近は成果がない。もっとも、探る相手が第一王子と第二王女というガードの固い身分相手なのだから当然だが。
そんな一人だけ重い空気の中、シメルタが酒場に戻ってきた。
「どうしたエメト殿、ずいぶん暗い雰囲気だな」
「ああ……なーんもわかんねえ……。これなら学院にいるお坊ちゃんのほうがよっぽど詳しそうだぜ?」
「カナタちゃん元気かしらぁ、夏季休暇前には挨拶に来てくれたわよね」
カナタも買い出しのついでにここに来ているが、頻繁にというわけにはいかない。
貴族だが貴族らしくないカナタは雇い主としては居心地がよく、なんだかんだ言いながらもエメト達は従っているのだ。
「妙な義理はあっからなあ……旅行自慢にしか聞こえなかったけどよ」
「それはエメト殿が捻くれているからでは。カナタ殿はあの歳にしては大人びている子供だぞ」
「あはは! シメルタ当ったりー! カナタちゃんのが大人よねー!」
「あー、うるせえうるせえ……俺は次の定期報告で奥様に何か言われないようにするのに頭いっぱいで余裕がねえんだよ」
何の成果もなければ待っているのはカナタの母ロザリンドのお小言だ。
ディーラスコ家の情報屋として雇われている以上、代表であるエメトは一定の成果を出す必要がある。エメトは仕事には真面目に取り組む男なため、こうして頭を悩ませているのだ。
「そんな崖っぷちのエメト殿に、一つ情報をば」
「崖っぷちなのは俺達全員だこら。俺だけ切り捨てんな」
「第一王子が今回の視察に帯同させるのは魔剣士の小隊が二つにお抱えの魔術師十二人……宮廷魔術師こそ動いていないが、スターレイでの視察とは武力制圧という意味なのかと疑いたくなる規模だ」
「小隊って何人だよ?」
「この国でどうなっているかまでは知らぬが、最低でも三十人前後、多ければ五十から六十といったところだろう」
「……第一王子は戦争しにくんのか?」
「魔剣士の小隊も騎士団から臨時で編成された者がちらほらいる。目指す先が学院でなければ侵略扱いだったであろうな」
シメルタの情報が本当だとして、エメトには意味がわからなかった。
王族の後継者争いについては流石に知っているが、何故国内にある学院への視察だけで護衛以上の人数が必要なのか。
第一王子が過激な人物なのか……それとも、第二王女はそれぐらいの規模で固めなければ安全を確保できないレベルの怪物なのか。
「……どっちにしろ、学院で何かがおっぱじまる可能性が高いわけだ」
「そうなるな」
「待て……お前どうやってこんな情報手に入れられるんだ?」
「それはいくらエメト殿でも……しかし、有力な伝手がいくつかあるとだけ言っておこう」
エメトはシメルタの素性について追及したくなったが後回しだ。
重要なのは誰が原因にせよ、学院で何かが起きる可能性が高いということ。
……昔なら学院の問題など知ったことではなかったが、今は雇い主がいる。見てみぬ振りはできない。
「こん中でバトルいけるやつ挙手」
挙がったのはシメルタとダーオンだけ。
エメトの部下達は見た目こそ強面だが、だれも手を挙げなかった。
「おいてめえら……」
「いやしょうがないじゃないすか! チンピラとか魔剣士崩れとかの相手ならともかく本職の魔剣士とか魔術師相手は無理っすよ!?」
「ガキ相手でぎりぎりじゃないですかい?」
「お前らその顔となりでなさけねえ……」
だが、部下達の言うことは正しい。
エメトの下に残ったのは最低限の自衛能力を持つだけのサービス職の連中のみ。
警備の魔剣士やらは仕事にあてがあるのもあって、エメトの所には残らなかったのである。
どちらかといえば、わざわざエメトについてきた魔剣士であるダーオンや魔術師のシメルタが物好きの部類なのだ。
「学院はともかくあのガキの関係者だけは守らねえと俺達おまんま食い上げだ。あいつらを逃がすために、最低限の戦力はいる。俺達だけじゃ追っ払われて終わりだぜ」
「万が一の時はカナタ殿を救出する方向で動くのか?」
「ああ、それに大抵のことはあのガキさえ無事なら何とかなるだろ。シメルタ、ダーオン……あてはねえか?」
ダーオンは首を横に、シメルタは少し考える。
「時間はかかるが、人を使って我が国の者達に声を掛けさせれば……名目は救出とはいえ死地に赴くようなものだ。報酬はかなり要求することになると思うぞ」
「お前の国はシャーメリアンだったか……まぁ、あのガキのためなら奥様が動かせる財産全部積むだろうから大丈夫だろ」
「なるほど、金に糸目をつけぬということであれば何とか……素性の詮索はなしという条件もつけてもよいか?」
「こっちもあのガキとその周りの人間に危害を加えないっていう条件込みならな」
「承知した、早速連絡しよう」
そう言って、シメルタは早速酒場を出て行った。
「火花」
エメトはタバコを取り出し、魔術で火を付けて一服……シメルタに尾行をつけるべきか悩んだが、それでは先ほど出された素性を詮索しないという条件に説得力がなくなってしまうのでやめることにする。
「……もしシメルタのあてが外れれば戦力は二人だぞ。二人だけではどうにもなるまい。その時は主人を切り捨てるのか?」
「あん? 何で二人だ?」
ダーオンの質問とは全く違うところに食いつくエメト。
逆にダーオンが困惑する。
「……? 俺とシメルタで二人だろう?」
まさかジェニーを頭数に?
ダーオンがそんな馬鹿げたことを言う前に、エメトは自分を指差した。
「俺を入れて三人だろうが。第一域しか使えないごみが一人分の働きもできるかどうか怪しいけどな」




