167.その目が見るもの
「ルイから聞いた時は聞き間違いかと思いましたが、まさか本当に……」
「すみませんルミナ様」
震えるメリーベルを特級クラス用の空き教室で休ませていると、ルイから事情を聞きつけたルミナもまたコーレナとルイと共に空き教室へと急いで駆けつけた。
ルミナは平静を装っているものの、カナタの上着を心細そうに羽織っているメリーベルを見て少し表情を歪めた。去年のことを思えば当然だろう。
「る、ルミナ……」
「……第四王女メリーベル様にご挨拶申し上げます」
「ぁ……。う、うん……」
二人の間には元々友人同士だったとは思えないよそよそしさがある。
ルミナは乗り越えたはずの去年の記憶が蘇るのか影が落ちていて、メリーベルは何か言いたそうにしているがその言葉が喉の奥から出てこない。
「メレフィニス殿下と遭遇してしまってからこのような状態で放っておけなくて……」
「メリーベル様はあの第二王女派閥から切り捨てられていますからね……それに、カナタがこのような状態のメリーベル様を放置できると思えませんから、怒ってはいません」
ルミナも頭では理解できている。それでも。
「ただ、少し複雑です。カナタを責めているわけではなく、私の問題です……。襲われたと聞いた時も心配でしたのに、次から次へと問題が降ってくるようで……」
「すみません」
「る、ルミナ違うの……わたくしが悪くて、その、仲良く、し、しなさい……」
ルミナに視線を向けられるだけで、メリーベルはびくっと肩を震わせた。
我が儘王女で知られるメリーベルがこのしおらしさ……しかも恐れているはずのカナタに言われるがまま助けられているのだから、メレフィニスとの遭遇はよほど恐怖だったに違いない。
「まぁまぁルミナ様……泣いてるメリーベル殿下を放置なんてしたらまたカナタ様の悪い噂が増える可能性だってありますから」
「ええ、ありがとうルイ……」
ルイはにこにこしながら椅子を持ってきて立ち尽くすルミナを座らせる。
そのままルミナとメリーベルの間に立ったかと思うと、しゃがんで話を聞き始めた。
「それにしてもメリーベル殿下、側仕えの方はどうされたんです?」
「使用人はいるけど、側仕えはいないわ……側仕えというのは、守る価値のある人間に、つくものだから……わたくしにはもう王族として価値がないからつかないの」
「ほへえ、王族の方々も大変なんですねぇ……目が赤くなってますね、後でお薬を届けさせましょうか。一緒に私おすすめのお菓子なども」
「い、いいわ……届けさせてあげる……。飴がいいわ……」
「ええ、お任せください」
ルイはそのままメリーベルと特に意味のない話を広げていく。
ぎこちない空気を和らげるように、その会話は本当に当たり障りのないもので情報を引き出そうともしない。
ルミナとの間のクッションとなって話すその姿を見て、控えていたコーレナは呟く。
「……こういう時は頼りになるな」
「ちゃんと面倒見はいいんですよルイは」
「カナタ様も。まさかメリーベル殿下を連れてくるとは」
コーレナはきっ、とついカナタを睨んでしまう。ルミナの側仕えとしてメリーベルを助けることには否定的だ。
「いや、そういうこと……ですか?」
「なにがです?」
コーレナは今の状況を踏まえて少し考え込む。
カナタの選択はむしろ、とルミナに耳打ちした。
「ルミナ様」
「なにコーレナ?」
「ルミナ様は複雑でしょうが、これはカナタ様の妙手では」
「どういうこと……?」
「昨夜カナタ様に起きた襲撃を考えれば、現在カナタ様はメレフィニス第二王女に目を付けられている可能性が高い。相手を知らねば予測も立てられません。人柄でも噂の真偽でも、元第二王女派閥だったメリーベル様からメレフィニス第二王女のお話を伺えるのは情報不足の私達としてはとても大きいかと」
コーレナが言うと、カナタは感心したように頷いて。
「なるほど……コーレナさん頭いい……」
「申し訳ございません、どうやら本人的には違ったようです」
「カナタはそういう計算で人を助けるタイプじゃないですものね……」
「カナタ様はカナタ様ですから」
何故か少し機嫌がよくなったルミナと得意気なルイ。
カナタ達の視線は一斉にメリーベルへと向いて、メリーベルは首をぶんぶんと横に振った。
「だ、駄目よ!? いくら派閥から切り捨てられたからって率先して裏切るようなことは……!」
「カナタ様と一緒に行動している時点で半分手遅れなんじゃないですか……?」
「うぅっ……! そう言われると……」
本当に第二王女派閥から穏便に扱われたいのならすでにこの状況がアウトだ。
いや、カナタに忠告しに行った時点ですでにというべきか。本当に波風を立たせないようにするのならばそもそも避け続けるべきだったのだ。
「いいわ? わたくしが不都合な情報を持っているなら、去年切り捨てられるんじゃなくてとっくに殺されているだろうし……大した情報にはならなくてもいいのなら。今日のお礼と、その」
メリーベルはルミナのほうをちらっと見る。
「……お詫びに」
「……」
それは今日のことなのか、それとも……。
この場ではそれ以上踏み込んで聞くことはなかった。
「じゃあ何故みなさんメレフィニス殿下に恐怖を抱いているんですか?」
色々と聞きたいことを、カナタは端的に纏めて問う。
コーレナはもっと聞くべきことがあるだろう、と一瞬思ったが……ある意味カナタの問いは本質を突いているように見えて口をつぐんだ。
「他の人がなんて知らないわよ……。でも、わたくしは比較的お姉様に近かったから……ローバストお兄様の時も、わたくしは……見てしまったわ」
「では第三王子を第二王女が手に掛けたというのは事実……?」
メリーベルは何かを思い出したのか震えながらこくりと頷く。
隣に座るルイはその背中を温めるように撫でていた。公の場では不敬にも捉えられそうだが、今はそれが必要にも見える。
「そういえば、第三王子って十五歳だったんですよね? 当時のメレフィニス殿下のほうが年下なのに第二王女なんですか?」
「スターレイ王国の王族の肩書きは生まれた順番や性別ではなく、継承順位なのです。アニムス家は侯爵家だったのでメレフィニス殿下が生まれた時に継承順位が変わったのでしょう」
「へぇ……色々あるんですね」
カナタがそんな質問をしていると、メリーベルは少し落ち着いたのか続ける。
「忘れも、忘れもしないわ……お姉様と、初めて出会う……ローバストお兄様も同席するはずだった、茶会の日……。真っ白だったはずのお部屋も……はっ……はっ……お姉様のドレスも血塗れで真っ赤に染まって、お姉様は、ローバストお兄様の頭を……うえっ……」
「無理はなさらないで」
「いいえ、い、言わせて……」
メリーベルは足を上げて、膝を抱えながら自分を抱き締める。
青褪めた表情のまま、震える口を動かした。
「それだけなら……わたくしだって、ここまでにならない……。王族の争いの一つだって納得できたかもしれない。でも、お兄様の名前を呼びながら呆然とするわたくしを前に、お姉様は……」
メリーベルは恐怖からか、かちかち、と歯を鳴らす。
生唾を飲み込んだかと思うと、喉から搾り出すように最後まで言い切った。
「ローバストってだぁれ? って……お兄様の頭を持ちながら。そして言うの。
遊びましょう可愛い妹……おままごとにする? かくれんぼにする? それとも……宝探し? って今日と変わらない顔で……まるで、何事もなかったみたいに……!」
♦
落ち着いたメリーベルを一級クラス用女子寮に送り届けて、カナタも自分の寮に戻っていた。
今日は道中で襲われるなんてこともなく、本当に静かな夜だった。
カナタはベッドの上で寝転びながら、眠る気のない瞳で天井を見つめている。
「メリーベル殿下のお話を聞くと、やはり噂通りの方のようですね……」
「そうかもね」
「かもね、って……まだ何か気になることでも?」
カナタは起き上がる。
「そりゃメリーベル殿下が見たのは何かが起きた後の話だから」
「カナタ様……人が良いのは美徳ではありますが、誰かを手に掛けて血塗れになるような人間まで信用していては……」
心配そうに言うルイにカナタはにこっと笑う。
「そう? 俺が一番信用した人も、戦場帰りには血塗れの傭兵だったよ?」
「あ……」
カナタの笑顔を見てルイは自分を恥じる。
ルイはカナタの過去を側仕えになる前に聞かされていた。それで忠誠が揺らぐこともなく、さらに誠心誠意お仕えしようと誓ったが……これでは自分本位なだけでは、とルイはより一層自分を引き締める。
傭兵と王族では事情が違う、という言い訳もしたくない。それは後付けの自己保身の言葉のようで、ルイはただ頭を下げた。
「失礼致しました」
「ルイを責めてるわけじゃないよ。ただ置かれてる場所とかによってそれぞれの事情は変わるからさ……でも、あのお話でメレフィニス殿下にはちょっと気を付けなきゃと思うようにはなったかも」
「と、言いますと……?」
カナタらしくない言葉にルイは首を傾げる。
ルイを含め、カナタを心配している全員からしても警戒してくれるのはありがたいことではあるのだが。
「当時メレフィニス殿下は十歳で第三王子は十五歳だったって話だったよね?」
「ええ、そうですね」
「さっきのメリーベル殿下のお話が本当なら、ほとんど一方的に第三王子はやられちゃったように聞こえるんだけど……当時メレフィニス殿下は魔術学院に入学する前で、第三王子は魔術学院に入って色々訓練してるはず。それに第三王子にも護衛の人だっていたと思うんだ。
……十歳だったメレフィニス殿下はどうやってそんな一方的に第三王子を?」
「確かに……カナタ様みたいな御方もいますが……」
知っての通りカナタは異質。
魔術滓を漁り続けた結果その力を得た偶然の産物に近い。
「メリーベル殿下も一級クラス……魔術学院前にやる王族の教育でも特級クラスになるような人はそうそう育てられないってことだよね?」
「確かに……」
「恐ろしい人かどうかよりも……俺はそのどうやってやったかのほうを気にするべきのように思うんだ……」
恐怖を空想で膨らませるのではなく、あくまで現実的な視点のまま。
カナタはただ窓の外を見つめていた。




