第8話 「異世界を知る」―――⑦
丘を駆け下り、村に着いた僕達はその辺境の村の外壁とは思えない立派な壁に仰天する。
アイナールによれば、この程度の外壁を築くのは、この世界で人の住む空間を形成するにあたって必須事項なのだという。
行きにも出会った魔物なる人々を襲うやつらに対しての防御策だそうだ。これは僕達の世界にも同じ存在としてガウガウなどの怪物がいるのであまり驚きはしない。ゼノンテルアでも昔の人が必死こいて狩っていなければ、僕たちの世代でも怪物は珍しい存在じゃなかっただろうし、こういった町の景観だっただろう。
ただ、能力を自由に選べる世界なのであれば、それこそ戦闘に特化した人や調教に適した能力者が現れて怪物ならぬ魔物をどうにでもできるんじゃないか、とは思った。人間にとって害のあるものを放置しておく理由は謎でしかない。
それでも、攻める側ではなく壁を築き守備に回っているのだから、何か理由はあるのだろうけれど。やはり僕達が介入する問題ではないのであまり深くは考えない。
そして、僕達一行は村を全部囲っているであろう壁をぐるっと回って、門があるところまで行き着いた。
やはり辺鄙な場所の田舎だというのに、武装をした兵士らしき人が二人、門番のように門の前に立っている。てっきり田舎らしいほのぼのとした感じで、軽い自己紹介程度で「ようこそ、フィーネスの村へ」なんて言われると思っていたのだが計算外。なんとも警備ががっちりとした感じである。
すると事態を適切に判断したラーは急遽みんなで行くはずだった行動を変更した。
「すまない、オム」
「なにやら一筋縄ではいかない感じがするんだ、ちょっと行ってきてはくれないかい?」
そうラーがオムに頼むと、オムは速断で「任せとけー!」と門のところまで走っていた。
こういう時のオムは便利―――すごく助かる。
アシミ―の能力で一時的に見えなくなったアイナールがオムの傍で簡易的な通訳をする。
それにより、オムは門番と本当に簡易的ではあるが会話が可能になる。
1分後肩を落としたオムが戻ってきた。
「どうだったオム、今の状態の僕達でも入れそうか?」
「……間違えられた」
「え?」
「言葉が不自由すぎて物乞いの類か何かに間違えられた…」
「それは…災難だったな」
「だから、ここにも村を追い出されて仕事目当てに来たんだろうって……そんなお前なんかに渡す仕事はないって……うぅ」
かなり精神的に痛めつけられたのか、悲しそうにしている。
オムからの情報を元に、ラーは思案する。そして、解決策を導いたのかタッシーと話し始めた。事態を把握したタッシ―はアシミ―を連れて空中へと飛び上がる。
するとスペラが、
「あれなにしてんのん?」
なんて聞く、そんな質問がくることは予想済みだったのか、ラーはすぐに答えてくれる。
「言葉を理解するために人々の生活を見に行ったんだよ」
ラーの簡潔な物言いに理解ができなかったのか、スぺラは不思議そうな顔で首を傾げた。
「んーとね、言葉がわからないから、行動と言葉を見てそれをパターンで見るんだ、要するに買い物しているときに出た言葉を記憶して、次の会話でも同じ単語が出たらそれが『買う』やそれに似た意味の内容を指す言葉だっていうのが解るんだよ」
「そうやって日常で出てくる言葉と行動を結び合わせて言語を習得する」
「荒業だし、時間もかかるけれど、そっちの方が記憶を掘り起こして複製した言語より、よっぽどちゃんとした言語能力が身に付くんだ」
「まぁタッシ―はすごく疲れちゃうけれどね」
【自分が空中を歩ける】と編集して空を歩くタッシーは頭上から、
「こんな言語、2時間でマスターしてやる」と声高に宣言した。
かくして、タッシ―は村の外から、村の中のさらには家の中の人々の会話全てを盗み見、盗み聞きして、行動と会話、それと発音、文法などなど全てを保存していく。そしてその保存した情報を頭の中でデータとして整理して、同じ単語、同じ文法、同じような場面で分けていく。
途方もない作業、途方もない労力。
しかし、それすらもどこ吹く風。タッシ―は普段の怠惰さはどこへやったのか、いつもとは別人のように集中した顔を見せ仕事を全うした。
。。。
そして、あれから一時間ほどたったころ。
「………何をしているんだ」
空中へと飛んでいたタッシ―は地上に降りてきた。
若干疲れを感じさせる顔をしているが、それでもいつも通り他人を見下すように上がった顎が、なんとも憎たらしいタッシ―は、僕達の所にやってきて開口一番に言った。
「トランプやけど」
オムが聞かれたことに馬鹿正直に答える。
「……俺が頑張っていたというのに貴様らは呑気にお遊戯か」
いや、なんという理不尽。
タッシー様は自分が働いているときに、他人が適当しているのが気に食わんのであります。あの……頭にブーメラン刺さっていますけど痛くないので?
本当に、思ったことをそのまま言ってやりたかったが、タッシ―がキレるのは読めた未来なので、我慢する。
―――が、その時。
「まぁまぁタッシ―、いつも俺らだってタッシーに振り回されてるんやから、このくらいええやん」
オムがまさかの地雷に向かって、前転、後転、回転飛び、マインスイーパーもびっくりの変態技。
そして予想できた未来を辿るように、すぐさま突き動かされた感情のままに「ぶちっ」と頭の堪忍袋の緒的な何かを引きちぎったタッシ―は、オムの頭に手をかざす。
すると。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
タッシ―が手をかざした瞬間に絶叫し、のたうち回るオム。
あのしぶといことで有名なオムがここまでの悲鳴をあげるだなんて、いったいどんなことを……?
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!! 違う、違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! お漏らしではない!!!」
「断じて違ぁぁぁぁぁぁぁぁううううううう!!!!」
あ。これは…過去の消されたはずの記憶を元に戻したな。
多分、オムが12歳にもなって『おねしょ』したときの、あの事件ではないだろうか。
事件と言っても、本当にそのままの意味なのだが……。
過去の黒歴史、消したはずの黒歴史をもう一度呼び戻されたオムは、草の生えた柔らかい地面に何度も頭をたたきつけ、羞恥心の限り頭を振る。
(―――えげつない……)
あの精神が図太いオムでさえ忘れたがる事をもう一度呼び戻すタッシ―。
タッシ―が一度消したものは絶対に元には戻せないはずだから、消したというのは間違いで、多分こういう時のために記憶のストレージに情報として残しておいていたんだろう。
それを今ピンポイントで持ってくるあたり、本当にえげつない。
よかった、思ったこと口に出さなくて。もし言っていたなら、今頃僕も――――
―――きもきも深海魚。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
超絶級のトラウマの再来に、オムと一緒に地面に頭をたたきつけまくる。
(―――ちくしょう!! 僕の記憶も元に戻しやがった!!!??)
スラっと伸びた健康的な肢体。綺麗に焼けた肌。程よくついた無駄のない筋肉。それに真っ向から反抗するかのようにでかでかとアピールする豊かすぎる巨乳。
そして、深海から吊り上げられた魚が圧の関係で、その元から生理的に受け付けない顔をさらに醜悪にしてさらけ出した顔――――
「―――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
全身から鳥肌が立ち寒気を訴える。まるでアンバランスの極致のような思い出すだけで地獄。
脳に入った寄生虫を叩き出すように、地面に顔面をぶつけ、記憶の中から一刻も早く物理的に消去を図るが全くもって徒労。
気持ち悪さに悶絶する中、視界の隣で同じようにトラウマや羞恥を呼び起こされた生徒会メンバーが絶叫をあげている。まさに阿鼻叫喚。
しかし、当の本人はまるで仕事終わりのサラリーマンのように、流した汗を袖で拭く。
すがすがしい爽快感を味わったかのように、メガネをくいっとする。
タッシ―だけは敵に回してはならないと、もう一度固く心に決めた僕であった。
するとそこに、
「どしたのみんな?」
天気がいいからと、草原の向こうの木陰の方で、シスとお茶をしていたラーが帰ってきた。
形容してカオスなメンバーの奇行に、流石のラーでも動揺し、たぶん段ボールがなかったならば、その綺麗だろう目を真ん丸とさせているのが見えたであろう。
そして、ラーが帰ってきたのを頃合いだと見たのか、タッシ―は一斉に全員の思い出したくない物を回収する。
奇行に走っていた全員が、短くも長い悪夢から解放された。と言っても、思い出せないだけであって、何かすごく気持ち悪いものを見ていた、という感覚は未だ僕達の心を蝕んでいるので、痒いところに手が届かないように、なんだか後味が悪い。
しかし、そこまでは自分の知ったことではないと言わんばかりに、タッシ―は鼻を「ふんっ」と鳴らし、次いで全員に何かを振りまくような行動をとる。
そしてその結果として、僕達の記憶には存在しえなかったはずの、記憶が入ってくる。
タッシ―の一時間の努力の結晶だろう。2時間で終わらすと言っておきながら、平気で半分の時間だけで新言語の解析を終わらせたタッシ―。
なんだかんだで、その短気な性格や残虐さが表に出てまるで暴君のようではあるが、こういったところで能力と才能を遺憾なく発揮するあたりが、タッシ―を憎めない理由かもしれない。
自己中だけど、仕事はできる、みたいな。まぁタッシ―の横暴さや理不尽さは今に始まったことではないし、それも含めて彼の個性だ。
悪口やバカにしたりはするけど、別に恨んだり陰口を言ったりはしない。そんな仲ならとっくの昔にタッシ―とは縁を切っている。
それに、こうやっていじめられながらも、僕はいつかタッシ―を逆に嗤ってやろうと考えているし、まぁお互い様なのかもしれない。
(―――恋人や女関係の事とかの弱みを握れれば一番いいな。でもタッシ―に限ってそんな浮ついた話はないか……)
僕はタッシ―への復讐方法を考えるのもほどほどにして、新しくはいってきた情報に思考を回す。
まるで最初からその言語を使ってきたかのように、頭に馴染んでいるその記憶は、異物のように引っかかったりはしないし、勉強して習得したような不自然さはない。
本当に最初からそこにあったかのようにして、僕の記憶に住み着いている。
試しに、ラーに向かってセプテンブス語で話しかけてみる。
最初からあったかのように馴染んでいると感じる割には、別の言語として認識できていることに違和感を覚えるが、いやはやなんとも、やはりタッシ―の思い出の編集者は不思議である。
「ラー、わかるか?」
「うん、大丈夫わかるよ」
「少なくとも僕達間での会話に支障はなさそうかな」
その後、各々で簡単な確認をしてみたが、特に問題はなさそうだった。
それと、このセプテンブス語はかなり便利な言語なのか、あのオムの意味不明の厨二語でさえ差し支えなく翻訳することができた。
ただ、どれだけ翻訳して喋られようとも、元からの意味がよくわからん状態であるため、言語を置き換えようともやはり意味は伝わらなかった。
言語を習得した今なら、当初予定していた全員で【フィーネスの村】に入る、ということが行える。
僕達は、門から少し離れた木陰を出発し、第二の異世界交流へと足を運んだ。
。。。
「―――ん? お前はさっきの…」
アイナール含め全員で門までやってきた僕達は、さっそく門番に睨みをいれられてしまう。
いや正確には僕達ではなく“オム”に対してだろう。
門番はさっきやってきた言語不十分の少年が性懲りもなくまたやって来たことに、さらには他の人間を引き連れてきたことに、怪訝そうな顔をしているのだ。
交渉はラーの専売特許、一団の前に出たラーは警戒する門番二人に対して、この世界で初めての友好的な会話を始めた。
「初めまして、私は南西の奥地にある村から来た、【アウラム】と申します」
「後ろにいる仲間たちも同郷のものたちです」
緊張や後ろめたさは一切感じさせず、さもそれが事実であるかのように語るラー。
「……南西の村? そんなものあったか?」
いまだ警戒の意思を解かない門番二人は、こちらに隠す気はないのか聞こえるような声で話し合う。
片方の「いや知らないな」なんて声も聞こえてくるが、僕達にとって怪しまれることはそれほど、大事ではない。むしろ、今は言葉が正常に通じたことを喜ぶ場面ですらある。
「……まぁいい、その南西の村の者がこのフィーネスの村に何の用だ」
「私どもの村では飢饉が起こっており、その影響で食い盛りな我々若い者は追放されてしまいまして……」
「なにぶん、村を出たことも無い身ですので、そのまま外の世界に居れば待つのは死のみ、そこでどうかこの村で数人だけでも匿ってはくれないかと……」
思ってもない事ありもしない事を平然と言ってのけるラー。
「飢饉か……最近は日照りも続いているし、わからんでもない、か…」
「しかしだなこの村も決して裕福ではない、それ相応の働きが求められるが、覚悟はあるのか?」
「もちろんです、我々の村でも元より老若男女誰もが働いています」
「この村に住居を構えることをよしとしてくださるのなら、それ相応の働きは当然のことだと承知しています」
門番はただ「そうか、ここで待っていろ」とだけ言い残して、門の中へと入っていってしまった。
けれど確かな手応えはあった。
僕達は、ラーが会話をしている間も能力を発動していた。オムが門番たちが溢した感情や思考を“概念的”に拾い、それを元にタッシ―が記憶として編集する。
そうして、結果的な相手の思考を読む行為、いわゆる読心を可能にしていたのだ。
それによると、僕達が辺境の村よりさらに辺境の村出身であるということも、僕達のこの世界的には珍しい服装から信じてもらえていたし、言語が苦手と思われているオムも村を追放されたことによる精神的負担からだと、勝手に解釈してくれていたみたいだ。
結果論から言えば、嘘に嘘を塗り固めたような形にはなってしまったが、いいように収まってくれたのだから結果良ければなんとやら、だ。
そしてその後、門の中から帰ってきた門番に許可をもらい、僕達はようやく異世界最初の村へと足を踏み入れることができた。
まず最初に村長に挨拶をして、それからこの村の大まかな取り決めを聞いた。しかしそのどれもが盗みをしてはいけないだとか、暴力はダメだとか、初歩的な人間社会の基盤的ルールであったため、それほど異世界ギャップは感じられなかったし「当たり前だな」と、すぐに馴染むことができた。
アイナールは「人里に降りるなど初めてだ……」と僕たちより緊張していた。
そして大方の説明を受けた後、村長さんから、余っているという土地を貸していただいて、しばらくはここで生活をするように言われた。
10人と一匹で生活するには少々手狭な土地とおんぼろ小屋ではあったが、勝手にどうこうしていいとのことだったので、小屋をめんどくささで嫌悪感満々のタッシ―が即行で取り壊し、そして小屋があった場所の面積ギリギリに家を取り出し設置した。
その一瞬の光景にはかなりのお年であると窺える村長ですら、あごをガクッと開けて、驚きのあまり目を飛びだしてしまいそうになっていた。
ついに、僕達は固定の住む場所と、他者との関りを得ることができたのだ。
そしてその日僕達は、今後の目標を定めるべくいつ振りかの作戦会議を行った。
ラーとの協議の末、今後の方針も決まり、ゼノンテルアに帰るための行動も筋道が立つ。その夜のみんなの顔はここに来た時の悲壮感や疲労のようなものは見られず、この世界を純粋に、生き、楽しむ、というどこか期待に満ちた顔だった。
この世界での生活、本当の意味での生活がようやく始まったのであった。




