第7話 「異世界を知る」―――⑥
男が振り下ろした斧は明確な殺意を持って、迷いなくラーへと向かった。男の持つ斧とは、明らかに殺傷目的の形状をしていて、木を切るという本来の目的からはやや脱線した、戦斧という形容の仕方が正しい物だった。そんなものが直撃すればまず間違いなく即死級のダメージを被る。
しかし、ラーは微動だにせず、そのまま歩き続ける。
別に、ラーは気付いていないわけではない。気付いた上で、なお全く気にしていないのだ。
―――なぜかって?
答えは単純、もう僕が止めてあるから。
男がラーに対して攻撃を仕掛けた瞬間に僕は地面を蹴りだし、ラーと男の間に割って入っていた。
隔絶された勇気によって、ある種加速した思考の中で退屈な時間を過ごす。
男の斧を振り下ろした腕は、まだ数㎝も動いてはいないが、すでに持っていた斧は弾き飛ばし、どこかかなたに砕け飛んでいった。
多分、男がこの事実に気付くのは後、0.1秒後くらいだろうか、そして反応を示すのは0.5秒くらいか?
―――長い。
ついでと言ってはなんだが、男の現在進行形で振り下ろしている腕の骨を五、六回畳んでやる。
ばねのようにひしゃげた腕だが、男は相も変わらず振り下ろし続けている。
暇な時間を過ごす僕は今も攻撃をしてきている男を見た。男の下卑た、いかにも「しねぇぇぇ」みたいな顔は、僕がこれまで戦ってきた敵の誰よりも低俗で品のない顔だった。
武術の教えや正道の格闘術を習っていない僕だが確信している。この男はこういった卑怯な手で他人を貶め、自分の力に酔いしれてきたんだろう。言葉にして醜く汚い。
まさに品は顔に出るとはよく言ったものだ。―――…あれ、もしかして僕も品がなかったりするからこんな顔なのか? ……いや、今は考えないでおこう。
しかしまぁ、最初の人間との交流がこんなものになるだなんて……はぁ、ついてない。
僕はため息と共に下ろしていた視線をあげ、再度男の顔を見る。さっきと何ら変化はない。
呆れた僕は隔絶された勇気を―――解除した。
「~~~!!!ッ~~~!!!!」
そして、やっぱり言葉の意味は分からないが、僕とラーの前でのたうち回る男。理解に及ばない男の仲間は、動揺を隠せない表情でオロオロとしている。
「!!!くそっ!!!いてぇぇぇぇ!!」
迫真の演技で、わざと低くした声で男の口調を真似するアイナール。
「アイナール、そこまで訳さなくていいよ」
「うむ」
うすうす感じてはいたがアイナールは律儀な性格だな。まぁ見た目は人間の美女だから、天然っぽくも見えてしまうが……。
「―――え? え? どゆこと?」
一秒にも満たない瞬間の出来事に、オムは頭の上に?を浮かべる。
しかし、他のメンバーは大体の察しがついたのか、合点のいったように納得している。
ラーが“金塊”を渡さないといった辺りから警戒をしていた面々は大体の予想がついていたのかもしれない。
ラーはあの瞬間に、こいつらが真面な人間でないと確定し、こちらにとっては何の損失にもならない金塊を渡すか、何も渡さないかの二択を天秤にかけた。
持てるだけの金塊全てを渡した後にやつらがこちらを襲う可能性、そのまま通す可能性、尾行される可能性、などのあらゆるパターンを想定し、最後に辿る結末は同じだと結論付けて、そこで自身の信じる正義を重んじ、決断を下した。
『こんな奴らに与える慈悲はたとえ石ころであってもない」と。その結果に争いが起きても僕たちは負けない、と。
ラーの決断を尊重するチェビは、その冷静な眼差しをピクリとも動かさず、冷静に、そして単純に有限の証明論を発動させた。
<カンッ
と弾かれたように、不自然に地面へと落ちる矢。
その後も、まるで雨のような矢が真横から飛んできたが全ては僕らに到達することはなく、不自然に落ちた。
僕達の作戦行動はすでに―――始まっている。
「オム、アイナールの傍にいてくれー」
僕がオムに命令を出すと、オムは「おーけー」と速断で返事をした。
本人は多分まだこの事態を理解できていないだろうけれど、バカなりに行動するのだ。それがいい。いやそれこそがいい。オムの長所だ。
まずは、行動の確認をする。
目の前の集団は敵。おそらく、山賊ならぬ森賊。狙いは僕らの全て、多分金塊と女子勢が主。
僕らがすることは山羊の狂脚の時と変わりない、そっちが襲ってくるなら正当防衛という名の仕返しをするのみ。
そして、これはさっきラーが俯瞰的戦争で教えてくれたんだけど、敵の持ち物の多くは本人とサイズの合っていない物ばかりで、さらにはよくよく見ると血の跡らしきものも見えている。正直、言われてから効率化して見なきゃ全く見えないし、洗ってあるのか臭いや色は極限まで落ちているし、でも確かに見える。
以上のことから少なくとも個人的な資産を投じて手に入れたものではないと推測される。要するに強奪の常習犯。
さらに、今もまさに僕達に浴びせられている矢の雨がそうなんだけど、最初から敵のうちの何人かは舗装された道ではなく、その脇の木々の中に隠れこんでいた。
最初から、僕達は狩られる側だったのだ。
まぁ敵の誤算はただ一つ。僕達が敵より強かったこと。
今もチェビが途切れることなく浴びせられる矢を、全て0へと還している。
そして、もちろん僕も行動している。敵の集団に真っ先に突っ込んで効率的に敵の意識を刈り取っている。
行動の確認をしながら、敵を倒す。これ、テストに出るよ。
「おーいタッシ―、こいつらの言語能力コピーしてくれよー」
今のうちに正しい言語をこいつらから得られると思った僕はタッシ―に頼む。
しかし、
「嫌だね、なんで俺がそんな汚いの覗かないとだめなんだ、拒否するね」
タッシ―の感覚はよくわからないが、タッシ―にとってこいつらの記憶を覗くことは汚いことらしい。ので拒否された
「……まぁそれなら別にいいけど、せめて敵の無力化手伝ってよ」
今僕は、隔絶された勇気の発動を止めて、そのままの肉体能力で敵を無力化している。ここで体力を消耗するのはなんかもったいない。
でも、能力を使っていないからその分動きも遅いし時間もかかる。だからなおさら手伝ってほしいのだが、僕がこんなに頑張っているのにも関わらず、タッシーは持ち運び椅子を出して優雅に紅茶をすすっている。
「断る、めんどくさい」
「それに俺が手を出すまでもないだろう」
確かに、これくらいならなんともないけれど、だからと言って何も手伝わないのはどうしたものか。
まったく、本日のタッシ―も絶好調のようだ。
「―――ねぇそろそろあっちの方誰かどうにかしてくれないかしら」
僕がタッシ―と話していると反対側にいたチェビが割って入ってくる。
あっちの方とは今も矢を打ち続けている、横にいるやつらのことだろう。
チェビはずっと矢を弾いているのがめんどくさくなってきたのか、気怠そうだ。
「うーん、誰か行ってくれないかい」
ラーが巧みな格闘術で敵の動きを封じながらみんなに声をかけた。
(―――いや、いくら僕が能力を使っていないからと言って、僕と同じ速度で敵を無力化するのはズル過ぎではないかいラー君?)
ラーに頼まれた面々は互いに目を合わす。
シスは暇そうにぬいぐるみ遊び、タッシ―は紅茶を嗜み、スぺラとサブはラーの動きを見て「おぉ」と言い、アシミ―は眠そうにというかベッドを敷いて寝ている。
僕らは仮にも、追剥にあっている状況。皆さんもう少し緊張感とか出ません?
仕方なしに、僕は能力を発動させてささっと両脇に潜んでいた敵を残らず無力化。
すると、人間体により動揺した顔がわかりやすいアイナールがこれまた動揺がわかりやすい言葉で言う。
「お、お主等、いつもこんな感じなのか………?」
「“こんな”とは?」
僕は本道に戻ってくると、アイナールに聞き返した。
するとアイナールは、まるでTV越しのスポーツを観戦する人が不満を吐露する場面のように言った。
「もうちょっと協調性とかないのか?」
アイナール!! いいぞもっと言ってやってくれ!
「……くそっ、めんどくさいな」
第三者からの意見が効いたのか、タッシ―はおもむろに立ち上がり気怠そうに能力を発動させた。
響き渡るは轟音。そして無音。
タッシ―が能力を使った瞬間、この世界は大きく変更への一途をたどる。
僕達の周り全部、その空間における生徒会とアイナール以外の人間の重力が十倍になった。
タッシ―はこの世界自体の【法則】を編集したのだった。
もちろん、残っていた敵も、そうでないすでに無力化された敵も等しく押しつぶされる。
男の体重が70㎏ならば、彼に掛かる重みは単純計算で700㎏。
立っていることさえままならないだろう。地面に倒れ伏し、身動きさえ取れず、圧倒的重みによる痛みを感じるのみだ。
これが一度重い腰を上げたタッシ―による攻撃。
(―――いや、めっちゃ派手でかっこいいですやん……)
激闘(笑)が終わり、僕達は悪党たちをそのままにフィーネスの村へと向かう。
これは、僕達はあくまで異世界人という部外者であるのだから、自分たちから進んでこの世界に関わることは避ける。というラーの意見に基づいての行動だ。正確に言うならば、こちらに着いて早々に目立つのは良い意味でも悪い意味でも避けたいということだ。
常識人としては、国などにある警察組織いわば自治集団などに、こいつらの身柄を引き渡すのが一番良い事なのだろうけれど、そこまでは僕達の仕事ではないと割り切った。
こちらを襲ってきた以上撃退はする。でも、それ以外のことには何も手を付けない。僕達がそれを必要ではない、いらない、と感じたからだ。
僕達はあくまでも生徒会なのであって、生徒の幸せと安全を守るのが仕事だ。こちらの世界のことまでいちいち手を出すこともないし、そもそも出す義理もない。
薄情に聞こえてしまうかもしれないがそれが現実だ。
いくら力を持っていようとも、なんにでも中途半端に手を出せばいつか痛い目に合う。ならば最初から一貫して、やりたいこと、やらなければならないこと、やらなくていいこと、の取捨選択をする。
それで、僕達にとってこれは、やらなくてもいいことだ。
まぁアイナールに龍の姿になってもらって「今度同じようなことをしてみろ、絶対に殺す、必ず殺す、わかったな?」と、言っておいてはもらった。トラウマにはなっただろうから、今度人を襲おうとした時の抑止力程度になってくれるだろう。
戦闘のあった近辺を探索してみると、すぐ近くにこいつらの根城があった。
その中には……いや、言わないでおこう。
奴らがこんな辺鄙な場所に拠点を構えていたのは、さっきも言った自治組織に捕まらないようにする為だったのだろう。都市から遠く離れたこの場所は移動こそ面倒だが、逆に追う側もまた面倒なのだ。そういった利点からの拠点なんだろう。
だから、一回での強襲でたくさんの利益を得るために、長い間このような場所で籠り、時期を狙っていたようなので、生活の痕跡がたくさんあった。
そして、世界が変わろうとも犯罪の内容はあまり変わらないようだ。あってはならないが、在っておかしくないものが転がっていた。
学園でも一度経験したことだが、慣れない光景に僕は目を瞑り、冥福を祈ってその場を後にした。
一つだけ言っておくと、もし僕達が万が一にでもさっきの戦いに負けていたなら、僕は死んでも死にきれない思いをしただろう。それだけ酷く、惨い世界がそこにはあった。
僕達はその拠点を、弔いの意味を込めて丁重に、跡形もなく燃やし尽くした。
これは僕達がやりたいと思ったからこそやった。
僕はその火を遠目に見ながら思う。
―――残酷さで煮えくり返った温泉に、どっぷりとつかることに一度快楽を得てしまった人間は、もう2度と地上に這い上がってくることは出来ない。
奴らがそれだ。もう一度、いや何度も過ちを繰り返す、絶対に。
ここで殺された何人、何十人のような犠牲者をこれ以上出さないようにするのが一番いいだろう。
それを叶えるのに一番手っ取り早いのは、さっきも言ったがやはり然るべきところに突き出すのが一番だ。でもそうはしない、そうはできない。どれだけ力を持っていようとも、僕達は無力だ。ゼノンテルアを見ていれば分かる。
どれだけ強かろうとどれだけ正義が正しかろうと、反社会的勢力が存在するのがいい証拠だ。
僕達が救える命というのは、あまりにも―――少ない。
嫌な思いを抱きつつ、僕たち全員は森を抜けるためにまた歩き始めた。
。。。
森を抜け、また草原のように草木がまばらに生えた地帯に出る。
ここは丘のように少し高いところにあるのか景色を見るとやや視線が低くなる。
森続きの舗装された道、よく見かける鳥、この世界の景色にもかなり慣れてきた。
しかし、森に入る前とは打って変わって違う景色も。ここを下った方には川が流れ、その川に沿うように村のようなものが見える。
そうか、あれが【フィーネスの村】だ。
まだ少し距離があるからボヤっとしか見えないけど、数百人規模の村だ。アイナールに、ここはどの国の地図上でも端っこにある村だ、と聞かされていたのでまぁまぁの人数に少しびっくりする。
フィーネスの村が見えたオムは、はしゃいだ子供のように両手をあげて、一目散に村へと走っていった。
それに続くように僕達も、草原の丘を駆ける。
かなりの距離歩いたことによる疲弊と戦闘による疲労――ーまぁ半分の人間は参加していないけど―――により、第一目標地点が見つかってみんなも安堵の表情だ。
オムは足を踏み外したのか転がりながら駆け下り、スぺラは転がる兄に紐を括りつけ自分は板を踏んで、引っ張られるような形で下っていく。さすが妹、バカの使い方がわかっている。
アシミ―とサブは、アイナールの人型ではあるが羽根を生やした状態―――いつでも好きな部位を元に戻せる―――に捕まって、パラグライダーのように滑空していった。
ラーとシスはタッシ―からソリを出してもらって、仲良く二人で座って滑っていってしまった。
チェビとタッシ―のインテリめんどくさがりチームは、この景色には全く以て似合わない、キャタピラの付いた何やら物騒な物に乗って降りていく。
多分、発明王がタッシーにプレゼントしたんだろうけど、なんて物を与えてんだ。
なんで車に大砲みたいな馬鹿でかい筒がついてるんだ………打つのか? もしかして打つ用なのか?
あんなバカでかい砲身から出てくる弾なんてどんな威力だよ………恐ろしい。
―――ふっ……僕は一人。
悲しかったので、隔絶された勇気を発動して、真っ先に着いてやった。




