第七十二話 サポートくらいならしてあげる
この時、この瞬間は長くは続かない――。
確かにアルヴァーはそう言っていた筈なのに、微かな希望を胸に見上げたところで、太陽と月が交わる昼でもなく夜でもないこの時、とかいう奴はしばらく終わってくれそうになかった。
俺は落ち着かない気持ちのまま、着々と出来上がりつつある眼鏡の製作工程から視線を外して、すぐ隣で拘束されている女神に囁きかけた。
「……おい、マリーさんや?」
「何です、ショージさんや?」
ノリ良いな、もう。
「あの元・勇者の二人は何処行っちゃったんだよ? 俺たちと一緒に牢を出た筈じゃなかったっけ?」
「そ、そうよね! あれ……おかしいな?」
もう聞かれてたっていいや。
大して声を潜めもせずに話していると、第三者が口を挟んできた。
「あの二人なら来ませんよ。残念ですが」
くそっ。
涼しい顔をしてさらりと言い放った女神の背中を憎々し気に睨み付けながら呟いた。
「……どうして裏切ったんですか、アオイデー?」
「あら、嫌ですわ……ありがとう、と感謝されるものだと思っていたのだけれど?」
幸いにして俺たち三人の周りには他の神も女神もいない。
太い鎖でぐるぐる巻きにされているので、手も足も出まい、と踏んでいるのだろう。
その見張りを買って出たのがこのアオイデー――葵さんだった。だからこそ葵さんも、口調こそ丁寧だったけれどあまり周囲を気にせず俺たちに語りかけてきた。彼女の恩着せがましい態度に腹が立って、俺は語気荒く言い返す。
「《女神の加護》を授かってしまったら俺は、もう元の世界に元のままで戻ることはできない……そんなことくらい分かってたんです。それでも――!」
「しっ」
やべ。
さすがに声が大きかったか。
短く息を吐いてから、葵さんは応えた。
「そんな《加護》一つで敵う相手ではありませんよ、あの英雄神は。それに、力ずくでどうこうしても変わらない、それはあの二人が証明済みなのです」
「……マクマスさんとカラフェンさんが?」
「そうです」
葵さんは頷いたようだ。
確かにあの二人も言ってたっけ――もっと根本的なところ、根っこのところで酷い間違いをしてしまったんだ、と。きっとそれぞれのやり方でこの世界を変えようとしたんだろう。
それにこうも言っていた――最悪の事態に直面したら迷わず自分の身を守るからね、と。形は違えど、二人は守りたい物を手に入れた。ならば、それを捨ててまで助けて欲しいとはとても言えなかった。
少し間を空けてから、葵さんは静かに語る。
「女神・マリー=リーズの持つ《女神の加護》が、一体どんなものなのかは私は存じませんが」
よほどの仲でもなければ、互いの持つ《加護》を知る機会はない、だったっけか。
「この世界を変えるには、神と魔王の在り方を変えなければならないのでしょうね。しかし、勇者であるあなたの手で変えることはできません。あなたにできることは、そのきっかけを作ることです」
「そんなこと言われてもどうしたらいいのか……」
「あら」
もごもごとした呟きを聞くと、葵さんは驚いたような声を上げ、振り返ってから笑った。
「もう作れたと思いますよ? きっかけならば」
「……は?」
横を向くと、同じくきょとんとした表情のマリーと目が合った。
続けて二人して首を傾げる。
再び正面に視線を戻した時には、もう葵さんは俺たちの方を見ていなかった。
「……あ、葵さん?」
思わず俺の口から飛び出した彼女のもう一つの名を咎めることなく、アオイデーはこう告げた。
「サポートくらいならしてあげられるかもしれない、私はそう言いましたからね」
「え?」
何を――と思った時にはすでにアオイデーは一歩踏み出していた。
そのままするすると滑るような足取りで魔王と対峙するアルヴァーの下へと歩み寄る。
「よろしいでしょうか、英雄神・アルヴァー様?」
ドレスの裾を摘み上げ、丁寧に会釈をして告げる。
「お、おう。何だ、アオイデー?」
「彼の者たちより、そこの魔王が何かを隠し持っていることを聞き出しました。なので、急ぎそのことをお伝えしようと思いまして」
「な、何!?」
思わず身構えるアルヴァー。
しかし、それを押し留めるようにアオイデーが身体を割り込ませた。
「いえ。アルヴァー様の御身を危うくする訳には参りません。私が魔王の身を検めるとしましょう」
「お……おう。それでは任せようか」
構えを解く。
アオイデーは膝をつくように身を屈め、怪訝そうに眉を顰めたままの魔王の身体へ手を差し出して触れた。そして、ごそごそと少年の身体を衣服の上からまさぐると、しばらくして固い手触りの物を探り当てた。瞬間、魔王の表情が強張る。
「あら? これ、何でしょうか?」
「……あんたには関係ないよ」
「そうでしょうか? この場で皆様に見ていただく価値のある物だと思いますけれど?」
「……嫌だと言ったら?」
挑むような魔王の問いには、アオイデーは答えなかった。拘束され、身動きのできない魔王が身を捩るようにして抗うのも厭わず、彼の服の下から隠されていたそれを取り出してしまう。
……ん?
んんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?
取り出され、白日の下に晒された物を目にした俺は、目玉が零れ落ちそうなほど仰天して卒倒しそうなほどの衝撃を受けていた。
そして、
「ぎ、ぎゃああああああああああああああ!!」
案の定、隣にいるマリーが今まで聞いたことのない野生動物じみた本能の絶叫を上げた。
「やめてやめてやめてやめてやめてえええっ!!」
そして、屈強な戦士でもその戒めを解くことなど不可能と思える程に強固で厳重に巻かれていた太い鎖を今にも引き千切りそうなくらい、びったん!びったん!と暴れ始めた。慌てて止めに入ろうとした男神たちが思わず怯んで後退った程である。
「落ち着け、マリー!!」
「これが……! 落ち着いて……! んがあああああああああああああああっ!!」
あかん。
完全に凶戦士状態になっとる。
だが、マリーが激情に駆られ、半狂乱になるのも無理はなかった。
アオイデーが今その手で高々と掲げている物。
それは――。
俺たちサークル『まりーあーじゅ』が初めて頒布したの同人誌、『抱かれたい神一位!の俺様英雄神は、純情ビッチでした☆』に他ならなかったのだ。




