第六十五話 一時休戦
「何か……すっげー物見ちゃいましたですわ……」
「鼻血鼻血」
ふきふき。
「って、小汚ねーハンカチだすんじゃねーですわよ! ずびーっ!! ……返しますわ」
返すなよ。
今度は真紅に染まったハンカチを鎧の中に仕舞い込む俺。
これはさすがにとっとく気にもならない。
しょんぼりしているマリッカに輪をかけてしょんぼりずどーんと肩を落としているマリーは言った。
「……ね? あたし、マリッカが思うような素敵な女神じゃないの。煩悩の塊。妄想に囚われたオタクの中の腐女神なのよ。幻滅……したでしょ?」
「そ――そんなことっ!」
言いかけ、腰を浮かせたマリッカは力なく元の位置へと戻った。
心なしか小さな身体がいつも以上に小さく心細そうに見えてしまう。
「……驚かなかった、と言えば嘘になりますわ。あたしはマリーがいつも清らかで正しく、美しいと思っていましたので。……あ! いえいえ! あれがその逆の存在だと言ってる訳ではありませんのよ? ただ……何と言うか……物凄くアレと言うか……」
「ね? ね? 凄いよね?」
「まおたん、黙ってて」
ぎろり、と物凄い形相で睨み付けられたまおたんは肩を竦めて小さくなった。
まだマリーはさっきの一件を許した訳ではないらしい。
「驚いたよね……だって、あんな物描いて喜んでる奴なんだから、あたし。軽蔑しちゃったよね」
マリーは正面に座るマリッカに静かに語りかける。
だが、その表情は真剣そのものだった。
「でもね? もうあたしはそれを恥ずかしいことだなんて思わない。ここにいるまおたんや、葵さん、舞亜さん、織緒さん……同じような妄想を抱えた、いろんな人に出会うことができたんだもの。これまでのあたしなら絶対に出会うことのなかった人たち。その手助けをしてくれたのが……ショージ」
二人の視線に見つめられ俺は落ち着かない気持ちになってしまう。
かたや優し気に、かたや憎し気に。
「だからね? 今度はあたしがショージの夢を手伝う番なの。勇者の手助けを女神のあたしがする番って訳。ね? だから、あたしたちが《天界の門》に行こうとするのを見逃して――」
「……それは駄目ですわ」
マリッカはきっぱりと首を振る。
「だよね……」
「い、いえいえ! そうじゃねーんですってば!」
が、マリッカはパステルピンクの髪を左右に振って慌てて言い繋いだ。
「今、行っちゃ駄目なんですわよ! マリーは知らねーでしょーけど! あんた、指名手配がかかってんですよ! お尋ね者扱いなんですよっ!!」
「え!?」
「マジか」
驚くばかりの俺たちに、マリッカは説明する。
「もう天界は、魔王が城を出たって話題でもちきりなんです! もう攻めてくるのは時間の問題だろうって言われてて……で、その手引きをしてるのが、勇者・ショージと女神・マリー=リーズだって!」
「どうしてバレたんだ……?」
どうにも腑に落ちない。
マリーもそうらしい。
だが一人だけ、心当たりがありそうな奴がこの場にいることに気付いてしまった。
「おい……」
「ぎくっ!! あは……あははははは……!」
「知ってることを話してもらおうか、kwsk!」
「あー……うー……ええっとぉ――」
俺とマリーに詰め寄られ、しどろもどろになりながらもまおたんは渋々白状することにしたらしい。
「あ、あのね? ほ、ほら、パーティーってあるじゃん? 僕が城を出ると警報が鳴るって言ったと思うけど、編成情報とかも伝わっちゃうんだよねー」
く、糞ゲー……!
圧倒的不利じゃねえかよ、魔王の一行!
「え……? もしかしてマリッカ――?」
「そーですわよ。当たり前じゃねーですか」
マリッカは鼻を鳴らした。
「あのまま《天界の門》に行けば、皆仲良く揃ってお縄頂戴でしたのよ? ですので、こうして人気のないところまで連れてきて差し上げたんですの」
「ナイスだぜ、ロリ貧乳!」
げしっ!!
鎧のない太腿にローキックは止めて!
どうせ聴こえちまうんだからと声に出す俺も悪い。
「痛てて……で、この先、どうすんだ? このままじゃあ天界に一気に突入して、英雄神・アルヴァーに直訴なんてできっこないぜ?」
「え、英雄神・アルヴァー……じ、直訴……!」
あ、いけね。
こいつには目的話してなかったんだっけ。
今更ながらに洗いざらい説明してやると、マリッカは神妙な顔つきで考え込み、それから言った。
「ドえらいことを考えやがりますわね、ボンクラ勇者。ま、それがマリーの望みでもあるのなら、喜んで手伝わさせてもらいます。あー……もちろん、おめーのためじゃねーですけどね?」
「あ、あははは……」
一時休戦、ってところか。
「――で、どうしたらいいと思う?」
「天界への侵入方法についてはあたしに考えがありますですわよ。ともかく、ついて来やがれです」
マリッカが導くまま、俺たち三人は進んだ。
何処までも続く《堕天の荊苑》の柵のほぼ中央らしき場所にあったのは巨大な白銀の門だった。誰を基準に作られた物かは定かではなかったが、とにかくデカい。上の方を見上げると、門を閉ざす太い鎖と頑丈そうな南京錠がかけられているのが分かった。
「鍵がなけりゃ、とても入れそうにないな」
「やっぱり、ボンクラ勇者ですわね?」
マリッカは、ふん、と鼻を鳴らし、偉そうに言う。
「もうあたしの《加護》、忘れちまったんですか? どんな金属でも腐食させる《金属腐食》を――!」
そうか!
い、いや、しかし――!
マリーも思いは俺と同じだったらしい。
「待ってよ、マリッカ! あなただって《堕天の荊苑》は禁忌の地だって知ってる筈よ!? 勝手に開けでもしたら、どんな罰が下るか――!」
「そんなモン、知ったことじゃねーですよ」
マリッカは小悪魔めいた笑いを発した。
「ここを通れば、天界の裏から直接入れますからね。この中は荊だらけで、他には何もねーって聞いてます。こんなつまんねーとこ、呑気に散歩する神もいねーでしょう。ったく……何のためにこんなモン、作ったんでしょうねえ……」
確かにそうだ。
一応、マリーにも聞いてみたが、ここが作られた理由は同じく知らないらしい。
堕天、という単語が不穏すぎるものの、そう言っておけば入る奴はいないだろう、という意図も感じ取れる。
「んじゃ、早速やりましょう。おい、ボンクラ、こっち来て、肩車しやがれです」
もはや『勇者』も抜きなんですね分かります。
いちいち咎めるのも億劫なので素直に跪く姿勢をとって身を屈めると、マリッカが躊躇なく俺の首元に跨り、腰を降ろした。ほんわりと暖かい。
直前に一回こめかみに軽い衝撃を受けたのは挨拶代わりだと受け取っておこう。
次はないと思え、ロリ貧乳。
「よし、立つからな――」
「ふえ……っ! 太腿さわさわしやがるなっ!!」
仕方ないよね、危ないからね!
他意はなく添えた手をがしがし叩かれながらも俺が立ち上がると、ぎりぎり届く位置になったらしい。
「じゃ、始めますわよ――!」
~~~~~。
何もせずともこの世界の言語を理解できていた勇者の俺ですら理解不能な膨大な音の羅列がマリッカの口から滔々と紡ぎ出された。極限までピッチを上げて逆再生した人工音声のようでもある。何というか酷く現実味のない声がしばし流れるのを俺はただ黙って聴くくらいしかやることがなかった。
やがて――。
ぼとり!
目の前の芝目がけ、巨大な南京錠が落下してきた。
「う、うおっ! 危なっ!」
っていうか、危うく爪先潰されそうだったんですけど!
見るからに頑丈そうな足甲は着けてるけれど、そこは安定の《勇者シリーズ》、直撃すれば秒でぺしゃんこだ。よくよく見ると、マリッカの《加護》によるものかところどころドロドロに溶けていた。
「凄え……やるじゃないかよ……!」
「おめーに褒められても、嬉しくねーんですよっ! それより! とっとと! 降ろしやがれ、です!」
「う、うおっ! ちょ――! 蹴るな蹴るなっ!」
肩車中にじたばたしやがって、子供か。
むしろそのせいで手間取ったのだが、やっとのことでマリッカを降ろしてやると、振り返りもせずに門に取り付いてあらん限りの力を込めて引っ張り始めた。それを見た俺たちも左右に分かれて参加する。
「ふぬぬぬぬぬ!」
「うおおおおお!」
「えええーいっ!」
「……よいしょー」
一名明らかにやる気のない奴いただろ、魔王だな。
ぎ――。
ぎぎぎ――。
「開いた!」
次の瞬間。
びゅおうっ!!
「「「――!?」」」
「今……何か……?」
他の三人の強張った顔を順番に見てみたが、どの顔もただ無言で見つめ返すばかりで、何かを見た奴はいないらしい。
気のせい……だよな?
半信半疑ではあったものの、開いた門の隙間から何かが飛んで行ったような気がしたのだ。だが、それだけでしかない。気持ちを切り替えようと数回首を振ってから残る三人に告げる。
「ともかく、開いたな。これだってもう気付かれてるかもしれないんだ、早いとこ進んだ方が良い!」
「そ、そうね、急ごう!」
顔を見合わせて頷き、俺たちは走り出した。




