第五十話 心配して何が悪い!?
「装備の具合はどうだい、勇者クン?」
「どうだって言われてもですね……」
先頭を歩くマクマスが振り返って尋ねてきたが、がちゃり、がちゃり、と騒々しい音を響かせながら右、左と順に腕を振り上げて、結局俺は首を傾げることしかできなかった。
「そもそもこんなの、今までの人生で着たこともないんだから、良いも悪いも分かりませんよ」
今度こそ少しはマシな装備が貰えるものと期待していたって言うのに、やっぱり上から下まで、例の《勇者シリーズ》に身を包んでいる俺涙目。確かあの時も、もうこれしか残ってない、とマリッカは言っていたが、嵩張るばかりで敏捷性が大幅ダウンしているので、むしろ弱体化してるんじゃないか、と思ってしまう。
一方、
「にしても、やはり《扉》は便利ですね、女神様」
「そ、それは……どもです……」
マリーはカラフェンに話しかけられるたびに、びくっ、と怯えた様子を見せる。こっそりマリーに尋ねて見たところ、男の人って苦手だし……と答えるものの、理由はそれだけではないのだろう。この人、俺だってまだちょっと怖いもん。
俺たち四人のパーティーは、一路魔王が棲むと言い伝えられる《死の山》ラボルッカの中腹に聳え立つ《魔王の居城》を目指し、進んでいる最中だ。
普通なら、道中いくつかの町に立ち寄り、魔王に関する情報を集めたりするものなんだろうと思うのだが、あの老王でさえ魔王の居城が何処にあるのかを知っていたし、もちろんマクマス・カラフェンの《王の両手》もまた、当たり前のように羊皮紙に描かれた世界地図の中からその場所を正確に指し示すことができた。
と言うか、最初から地図にその名が記載されているのである。
それを知りった俺は、もう驚くよりも呆れが先に立ってしまった。
襲い来る数々の魔物を退け――なんていうお決まりの流れについても同じくである。
最初にマリッカと共にアメルカニアの地に降り立った時にも感じたことだったが、この世界の何処を見回しても魔物どころか猛獣一匹いなかった。もうこの際、狼とか贅沢なことは言わない、野良犬でも野良猫でもいい――しかし、そんなちっぽけな願いすら叶わなかった。
マクマスに尋ねてみたところ、
「度重なる勇者召喚で、繰り返し繰り返し、何人もの勇者隊が魔王討伐に赴いたからね。魔王の軍勢は、もうそこまでの力を有していないんだ。魔王の居城のある《死の山》の周辺まで近づけば、多少は残っている連中が姿を見せると思うけどね」
と明るく応えてくれた。
要するに、魔物はもはや絶滅危惧種扱いのレッドリスト入りってことらしいのだが、こんな有様では、今後、勇者はロクに戦闘経験を経ないまま魔王と対峙することになるだろう。たかだかレベル一桁台の勇者が倒せるんだろうか。ここにも《ノア=ノワール》という異世界の歪みを見た思いがする。
「おーい! ちゃんと付いて来れてるかい?」
「休憩が必要なら、遠慮なく言って下さいね!」
先頭に立つ二人が、小高い岩場の上で遅れている俺たちを振り返ってエールを送ってくる。
腐っても元・勇者のマクマスとカラフェンの歩みは変わらず軽快だったが、根っからのインドア派に属するマリーはと言うと、彼女の持つ能力《扉》で道程を大幅にショートカットすることに成功したとはいえ、まだまだ目的の地は遥か遠く、結局は自身の足で歩くしかないということで早くも息も絶え絶えの様子だった。体力面に関しては俺もあまり人のことは言えなかったけれど、少し心配になってしまい歩調を緩めてマリーの隣に肩を並べた。
「おいおい、マリー……お前、大丈夫かよ?」
実のところ、こう尋ねるのは三回目である。
「無理……マジ無理ぃ……」
ひゅーひゅーとか細い息を漏らしつつ、合間合間に辛うじて答えが返ってきた。
せっかくの女神衣装もよれよれのしわしわである。
「うーん。休憩、した方がいいんじゃないか?」
「いい! 大丈夫だし!」
しかし、一回目、二回目同様、マリーは頑として休憩を取ることを拒んだ。
むしろ尋ねるたびにムキになっているようにも思える。
「辿り着く頃にはグロッキー状態、だなんて笑えないぞ? ここで無理したって仕方ないって」
「大……丈夫だって……言ってるじゃない!?」
「……あのっ!」
見るに見かねて、前に向き直って大声で叫んだ。
「やっぱり、休憩してもいいでしょうか!?」
「ち――ちょっとぉっ!」
途端にマリーが喰ってかかってきたが、俺は無視してマクマスとカラフェンの反応を待つ。抗議するように金の錫杖が何度も背中に当たったが、その勢いは何とも弱々しく頼りなかった。今頃分かったことだったが、マリーの手にある錫杖は、実際に金で出来ている訳ではなかったらしい。そりゃあそうだ、これだけ盛大にぽかぽか叩かれたら青痣モンである。
やがて、カラフェンの声が響いた。
「では、ここまでは頑張って登ってきて下さい。ここならば見晴らしも良く、何か近づいてくればすぐに気付けるでしょう。私はお茶をご用意しますね」
「ありがとうございます! ……ほら、行くぞ?」
「ムカつく……勝手に……」
マリーの眉間には盛大な皺が寄っている。手を貸してやろうと伸ばすと、マリーはそれを払い除け、怒ったように顔を背けた。
しかし辛抱強くそのままの姿勢で待っていると、渋々シャツの袖口をつままれた。
「ったく……ちゃんと掴まれってば」
仕方ないので無理矢理振り解いてこっちからマリーの左手を握り締め、ぐいぐい、と力任せに登り始める。さすがに二人分はキツイ。だが大した岩場でもなかったので、じきにマクマスとカラフェンの待つ場所まで辿り着くことができた。マリーの顔は真っ赤で、足元は覚束ない。もやしっ子め。
「ふーっ」
「お疲れ様だ、勇者クン♪ これ、飲むだろ?」
待ち構えていたかのように木製のカップを一つずつ両手に持ったマクマスが出迎えてくれた。
「そことそこの石を椅子代わりにするといい。上に置いてある織布はまだ使ってない綺麗な奴だから、敷物として使ってくれていいよ」
「何だか済みません。助かります」
何だかんだ言ってこの元・勇者の二人はいずれも面倒見が良く、気が回る。やっぱり選ばれた者だけあって、基本的には良い人たちなのだった。
腰を降ろしたのを見計らって、カップが渡された。ゆるゆると立ち昇る湯気に猫舌の俺は一瞬躊躇したものの、香しい匂いの誘惑には勝てず、恐る恐る口をつけ――ああ、甘くて美味しい――ほっ、と満足気な吐息を漏らす。
「ふーっ……」
手の中の紅茶には、大量の砂糖と香りづけのブランデーか何かが入っているようだった。隣を見ると、マリーの表情も柔らいでいる。カラフェンは俺たちの緩んだ顔付きを確かめると目を細めて頷き、あとはそっとしておこうと決めたようだった。さっと一言御礼でも言えたら良かったんだろうけれど、タイミングを逃してしまった。
俺は幾重にも雲の重なる北の空に視線を向けた。
目指す《死の山》はまだ遠い。
このまま、何事もなく着けると良いんだけど。
「な、マリー?」
空になったコップを手の中で弄びながら、隣に座るマリーに話しかけた。
「お前さ、やっぱりまだ一緒に付いてくる気かよ? もう無理だって思ったなら、いつでも途中で帰ってくれていいんだからな?」
「ウザ……しつこいってば、馬鹿ショージ」
「ウザいはないだろ。これでも心配してるんだし」
「へー、心配、するんだ。ふーん」
小馬鹿にしたような口調が少し勘に障る。
「当たり前だろ! お前のこと心配して何が悪いんだよ!? こっちは、怪我一つさせる訳にはいかないぞ、って緊張しっ放しなのに!」
ちょっと語気を強めて言うと、マリーは驚いたように目を丸くして見つめ返してくる。
「……な、何だよ?」
「う――ううん。何でも……ないし」
「はっきり言えって。気持ち悪い奴だな」
まだ顔が赤い。ブランデー、そんなに入ってないと思ったけど、マリーは苦手なのかもしれないな。俺はちゃんと伝えておこうと再び口を開いた。
「そんなの心配するに決まってるだろ。お前はウチのサークルの大先生なんだぞ? もし手に怪我でもして、二度と漫画が描けなくなっちゃったらどうするんだよ? 俺はサークル代表として、お前をそんな危ない目に遭わせる訳にはいかないんだ。絶対に。そ……それにだな――?」
次の瞬間、
ごつん!
目の前に星が飛び散った。
「痛っ! ななな何でカップ投げたの、今っ!?」
「うっさい! 馬鹿ショージっ!」




