第四十九話 《王の左手》
次は、向かって右に立つ純白のローブに身を包んだ男の番だ。
「私は……ええ、今は《王の左手》などと呼ばれておりますね。名は……カラフェン、魔導士です」
控え目にそう名乗りを挙げたカラフェンはローブのフードを取り去り、憂いを帯びた瞳を細めて微笑んでみせた。物静かな、いかにも優し気で少し翳のある痩身の青年である。
今度は――大丈夫そうだな。
と、隣のマリーを見ると、
「おい。まさか」
「あー……。うん、知ってる」
マリーの血の気を失ってすっかり蒼褪めた表情は、マクマスを見た時よりもむしろ酷くなっていた。
「解説PLZ」
「博士キャラ扱いはやめてってば」
それでも渋々ながらもやってくれるところがマリーの良いところである。
「あたしが知っているカラフェンという男は、マクマスと同じく元・勇者で、そして……神になれなかった男よ」
「なれなかったって……失敗したのか? 討伐に」
「そ、それは――」
「では、ありませんよ、勇者・ショージ」
言い淀む素振りを見せたマリーに代わって、カラフェン本人がゆっくりと続く言葉を繋いだ。
「神々がそれを認めず、私がそれを受け入れた――ただそれだけのことです。私には神になることよりも、もっと望んでいたことがありましたので」
「――!?」
と言うことは、拒否権はあるってことなのか!?
俺にとって、その情報は値千金だ。
「おい! 拒否できるなんて聞いてないぞ?」
「お、落ち着きなさいってば!」
詰め寄るように小声で問い質すと、マリーは苦い物を噛み潰したような顔で囁き返した。
「……聞いたでしょ? 重要なのはそこじゃなくって、神々が《神成り》を認めなかった、ってところよ。ちゃんとその理由を聞いてみたらどうなの?」
「む」
確かにそこは気になるな。
俺は変わらず静かに佇んでいる魔導士に問う。
「何故、神々は認めようとしなかったんです?」
「それは、ですね――」
ふ、と薄い笑みを浮かべ、カラフェンは答えた。
「きっと、私の悲願がお気に召さなかったのではないでしょうか。さっき申し上げた通り、私には望んでいたこと、どうしても知りたいことがありましたので。聞きたいですか?」
「それは、まあ……仲間になるんだし?」
「なるほど。では――」
こほん、と咳払いをして、カラフェンは大きく天に向かって両手を広げた。
「私は、この世のありとあらゆる魔法学を修めた魔導士であると同時に、治癒や蘇生にも長け、各地に伝わる医術も学び修めました。ですが、それでもなお、私には知りたいことがあったのですよ」
今度は剣じゃなく、魔法側のチートキャラか!
凄い。
凄すぎる。
……だけに、否応なしに不安が募ってきた。
「ええと……その、知りたいこと、って何です?」
「ヒト、という生き物について、です!」
キラキラと目を輝かせて答えるカラフェンの表情は好奇心に満ち、夢と希望に溢れていた。だが、彼の口にした、ヒト、という表現がいやに引っかかる。
「もうちょっと、聞いてみても?」
「もちろんですよ!」
カラフェンは興が乗ってきたのか、左手をそっと胸に当て、右手を差し出し歌い上げるように言った。
「ああ! ヒトという生き物の何と素晴らしいことか! その身体には数多の不思議が詰まっているのです! 魂とは、心とは、一体その身体の何処に宿っているのでしょうか? 夢とは、どのような仕組みで見るものなのでしょう? かつての前世の記憶? それとも別次元の自分の姿? 痛みとは、単なる肉体の反射行動? それとも感情なのでしょうか? ああ! 知りたい! 知りたいです!」
もはや恍惚となって歌い上げるカラフェンの姿に、底知れぬ恐怖に似た感情が湧き上がってきた。
「ですので!」
最後にカラフェンは叫んだ。
「見てみようとしたのです! 私は! 知ろうとしたのです! 私は! そう、自分の身体で!」
………………え?
ぞくっ、と寒気が走り、俺は震えた。
その目の前でゆっくりとカラフェンがローブを脱ぎ、その下に隠されていた素肌を晒す。
「切り刻んだのです。自分自身を」
「!?」
カラフェンの痩せこけた身体には、直視するのも憚られる夥しい縫合跡があった。申し訳ないが、俺は込み上げてきた吐き気を押し戻すので精一杯の有様だった。
「自分を……バラバラに切り刻んだ……?」
「その通りですよ、勇者様」
そこでカラフェンは悩まし気に眉根を寄せる。
「しかしですね……そこが神々にはお気に召さなかったようなのです。いえ、ね? 私とて、神になぞなるつもりはさらさらなかったもので、かえって好都合だったのですが――」
きっと真っ青になっているであろう俺の様子をどう間違えたのか、カラフェンは一転、朗らかな微笑みを浮かべてみせた。
「ああ、気になりますよね? 一番多かった時で、四十八分割までやってみました!」
うげっ、聞いてねえってば……。
「ただ……あの時は本当に焦りましたね。何せ、バラバラになった身体を縫い合わせるための両手まで興奮のあま――いえ、ちょっとした手違いでバラバラにしてしまったもので、どうしたものかと途方に暮れてしまいましたよ……」
想像しちゃ駄目。
想像しちゃ駄目だ。
つーかこの人、今、興奮のあまり、って言いかけたよね?
「まあ、人間、死に物狂いになれば必ず何とかできるものです! その時は口と両足を使って、何とか元通りに戻しました! 本当ですよ!?」
半分ジョークのつもりで《王の左手》カラフェンことマッドな魔術師は、実に楽し気に、あっはっは、とか笑っていたが、俺とマリーはとてもそんな気になれなかった。
かたや《超絶ナルシスト》の凄腕剣士。
かたや《人間レゴブロック》のマジックマスター。
またもや玉座の上でうつらうつらしている老王に向けて、俺は助けを求めるように訴えた。
「ええと……済みません老王。チェンジで!」
「ふがっ……! ん、んあ?」
良かった、起きた。
涎が伝い落ちる顎髭をしごきながら老王は言った。
「いやいやいや。チェンジは無理じゃよ。もうその者たちくらいしか、この地には冒険者はおらんのじゃから。きっと役には立つじゃろう……多分」
「多分は余計ですってば。余計に不安になる」
確かに老王が言った通り、他に選択肢はない。それに、そもそも彼ら二人をこの地に遣わしたのは、あの葵さんなのである。それを頼みに信頼するしかなさそうだった。俺は咳払いをして言う。
「じゃあ、二人とも……共に魔王を討伐する仲間として、改めてご協力をお願いできますか?」
少し意外だったけれど、マクマスとカラフェンの二人はその場に片膝をつき、ほぼ同時に迷いのない声で高らかに応じる。
「我ら《王の両手》は忠誠を誓うことをここに約束する。共に魔王を討とう、勇者・ショージよ!」




