赤札は何枚ある
四十七枚の赤札を設置年順に並べると、最初の撤去候補は十二年前の一本になった。
だが、その札を壁から外したのは俺だった。
古いから危険とは限らない。新しいから余裕が残っているとも限らない。十二年前の一本は、図面上では古くても両端が閉鎖区画に入っていた。先月増設された一本は、今も二つの稼働区画の間に挟まれている。
数を間違えたのではない。
数え方を間違えかけていた。
位相停電の翌日を休養と引継ぎに使い、俺たちは二日後の朝に市営第三の会議室へ戻った。壁一面を埋めていた札は、真央さんが床へ移していた。
札の上には透明な袋がかかり、原図、現物写真、撤去記録、使用制限の写しが入っている。写真のない袋、撤去済みと書かれているのに確認署名のない袋、現物はあるが移送先の欄が空白の袋が混じっていた。
「四十七本のうち、現物まで一致しているのは二十一本です」
真央さんは空欄を埋めずに言った。
「撤去記録あり・現物未確認が九本。図面と用途の再照合が十一本。残り六本は、使用制限中か現在も負荷を受けている可能性あり。今の状態で四十七本へ分けていますが、一つの袋には過去の状態も残します」
数字を読み上げるための一覧ではなかった。袋の厚みが、そのまま分かっている量の差になっていた。
床の隅には、札を四つへ分ける箱も用意されていた。
《撤去》《隔離》《監視》《現物未確認》。だが、最初の一枚から入れる箱がなかった。
南口駐車迷宮の仮設枝道は、記録上は撤去済みだった。現地写真には切り離された端部が写っている。それでも、壁の向こうに残した部分が隔離されているかは写真の外だった。
撤去箱へ入れれば、残置側を忘れる。
隔離箱へ入れれば、撤去工事まで未達に見える。
真央さんは四つの箱を片づけ、札の裏へ状態の変わった時刻を一つずつ足した。
「一枚を一語にすると、後の状態が消えます」
現地の当直員へ連絡すると、彼は巡回中だった。俺たちは新しい操作を頼まず、立入可能な通路から識別表示と封鎖線を撮ってもらった。
切り離した端部は図面と一致していた。残置側の封鎖表示もある。ただし、封鎖後の無負荷記録を保管した部署が変わっていた。
札は《撤去済み》のまま、確認先と期限だけを更新した。
赤札を残すことは、撤去が失敗したという意味ではない。切った後の負荷まで確認する仕事が、まだ別の場所にあるという意味だった。
白瀬さんは、床の中央へ細い白紐を置いた。
「今日決めるのは、撤去日ではありません。先に現物を見る順です」
資材の在庫も、施工班の空きも、停止枠もまだ揃っていない。すべてを今月中に撤去すると言えば、現場確認を省くしかなくなる。
「古い順ではないんですか」
市の資産担当者が、十二年前の札を指した。
責めているのではない。固定資産の更新なら、設置年は最初に使う数字だった。
俺は袋から図面を出した。
十二年前の仮設枝道は、旧資材庫迷宮の搬入口を迂回するために設けられていた。三年前に資材庫が閉鎖され、本線側の入口も封鎖されている。撤去記録はないが、現在の図面では両側に立入禁止区画がある。
「ここが破れた場合、何が流れ込みますか」
担当者は図面を見直した。
「現在の利用負荷はありません。ただ、閉鎖区画内の残留は不明です」
「では、危険がないとは言えません。ただし、今すぐ誰かの使っている系統へ負荷が移る根拠もありません」
札を白紐の端へ置いた。
最下位という意味ではない。現物未確認のまま撤去済みにもしない。立入条件を作り、残留を測るまで閉鎖を続ける。その順番だった。
次の札は、五年前に設置された区役所連絡迷宮の枝道だった。
仮設の先は庁舎の災害倉庫につながっている。通常は負荷が低いが、災害時には救援物資の搬送へ使う。止めるなら、地上の搬入路を空けなければならない。
「故障確率だけなら、旧資材庫より低く見えます」
白瀬さんが言った。
「けれど失敗する時期が災害対応と重なれば、失うのは倉庫一本ではありません。代替搬入も混雑します」
彼女は札を紐の中央より上へ置いた。
現地を見ず、計算だけで危険度を確定したわけではない。先に代替のないものを拾い、確認を急ぐ理由を付けた。
四十七枚を並べ替える間、同じ理由は二つとなかった。
学校給食の保冷区画へつながるものは、止めれば翌日の献立が変わる。だが地上配送へ振り替える契約が残っていた。
夜間の医薬搬送を支えるものは、利用時間が短い代わりに、止められる時間も短い。
公園地下の雨天避難路を迂回するものは、普段の負荷は小さいが、大雨の日にだけ人の動線と重なる。
何年使ったかだけでは、失敗した時に誰が何を失うかが見えなかった。
小暮さんは、並べ替えた札を見て勤務表を持ってきた。
「危険上位から全部へ人を付けると、通常巡回が抜けます」
四十七本を見る班を増やすほど、赤札のない設備を見る人が減る。事故の後だけ監査を厚くし、日常点検を空ければ、次の赤札を増やすことになる。
白瀬さんは、現物確認を急ぐ札と、現在の閉鎖を維持して次の定期巡回で見られる札を分けた。俺は閉鎖中の札へ、遠隔で異常なしとは書かなかった。現地担当者が毎日見ている表示と、変化時の連絡先があるものだけを、巡回へ戻した。
堀江さんは一枚を拾い、俺の並べ方を戻した。
「これ、失敗時の移送先は空区画だ。だが空区画の床、先週から補修で人が入ってる」
図面上の利用負荷がゼロでも、作業員がいる時間には人命の順位が上がる。
札へ、床補修の終了日と入退場責任者を加えた。
優先順位は一度決めれば固定できる番号ではなかった。利用、工事、代替のどれかが変われば、札も動かさなければならない。
昼前、俺たちは二本を現地で比べた。
最初は、十二年前の旧資材庫迷宮だった。
閉鎖扉の外で、堀江さんが封鎖記録と現物の番号を照合した。獅堂さんは内部へ入らず、床に残る魔物の擦過痕と退路だけを見た。
「奥に清掃種はいる。だが新しい往復痕はない。今日は扉の外までだ」
扉の温度は周囲と揃い、床へ周期的な押し返しも来ていない。俺の耳には細い残響があったが、それが仮設枝道からか、閉鎖区画の壁からかは分けられなかった。
「現物確認は未達です」
俺は札へ書いた。
古い一本を安全にしたのではない。閉鎖を維持すれば、次の進入条件を待てると確認しただけだった。
二本目は、先月増設された北西共同搬送迷宮の枝道だった。
入口の利用表示は正常だった。壁面も新しく、識別札の文字もまだ白い。
それでも、入口前の搬送枠が一つ通るたび、足裏へ来る戻りが二方向へ割れた。
片方は正規路へ返る。
もう片方は、枝道の先へ沈んだ後、少し遅れて別の壁から戻ってくる。
「古い管が共鳴している可能性は」
堀江さんが聞いた。
「あります。今の音だけでは、この枝道が原因とも言えません」
俺は入口の外から受音板を置き、搬送を増やさず、真央さんが持ってきた設置前の記録と重ねた。
設置前にも正規路の戻りはあった。二つ目の遅い返りは、先月の工事後から増えている。
現地担当者が、枝道の移送先を確認した。
図面では、余剰を空の緩衝区画へ逃がすことになっている。
ところが、その緩衝区画は先週から給食センターの保冷補助へ使われていた。さらに、その先の予備路は、災害時に高台の避難所へ物資を上げる系統と接している。
仮設枝道だけを見れば、新しかった。
負荷を受ける先まで見れば、空のはずの逃げ場はもう空ではなかった。
給食センターの責任者は、搬送量を抑えることへすぐ同意しなかった。
「今日減らせば、明朝の分を地上から入れる人が要ります。運転手だけでなく、受ける調理員も早出になります」
枝道を守るための制限が、現場の無償残業へ変わるなら長くは続かない。
白瀬さんは制限を命じる前に、代替便の費用と受入れ人員を市側へ載せた。給食センターは、追加人員が確保できる範囲だけ搬送を下げる。確保できなければ、その時点で枝道側をさらに使うのではなく、献立を変える判断へ渡す。
安全策を、誰かが黙って頑張る前提にしなかった。
白瀬さんが給食センターへ連絡し、今日の搬送量を増やさない条件を決めた。現地責任者は枝道の使用制限を継続し、変化が出れば正規路も最低負荷へ戻す中止権を持った。
獅堂さんは内部確認の護衛時間を、旧資材庫より先にこちらへ割り当てた。
「新しい方を先に見る。壊れやすさじゃない。退路が他人の仕事場へつながっている」
四十七枚は、四十七件の故障宣告ではない。
撤去済みを確かめる札もある。閉鎖を守る札もある。使いながら監視するしかない札もある。
赤札の数は、分からないまま残っている判断の数だった。
会議室へ戻ると、真央さんが設置年の列を消さず、その隣に移送先の確認時刻を加えた。白瀬さんは危険確度と、失敗時に代替できるかを別々に残した。
俺は十二年前の札を元の位置へ戻した。
代わりに、北西共同搬送迷宮の札を一番上へ留めた。
四十七本のうち、最初に現物確認と停止条件を作るべき一本。
それは最古の枝道ではなく、先月設置されたばかりの枝道だった。




