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迷宮保全班、採用一名

恒久修理の最終確認で、俺――獅堂蓮司は、宮前を作業域から下がらせた。


「ここから先は施工班の仕事だ。あんたが見る場所は、誘導索の内側」


「分かりました。正規戻り路の反応が変わったら、すぐ伝えます」


宮前は素直に一歩下がった。


初日に会った時、俺はこの男を、守って外へ運ぶだけの非戦闘職だと思っていた。F級で、剣も魔法も使えない。世界最高難度の迷宮へ入れる理由は一つもないように見えた。


今は違う。


守るべき作業者ではある。だが、自分で作業を止める条件を持ち、その条件を俺へ渡せる専門家でもある。


天蓋第零迷宮は、事故からずっと閉鎖している。入口の黒い隔離扉、その先の直線通路、右手の境界壁、正面の管理室という配置は変わらない。ただし、作業域は日ごとに変わった。


仮設枝道は流れから隔離された。正規戻り路は傷んだ部分を正式な部材へ交換し、流れを戻す準備が済んだ。破断した境界壁も応急材だけに頼らず、施工班が恒久部材で保持を作り直した。


残るのは、止めた状態から少しずつ負荷を戻し、正規側が受け、仮設側へ返らないことを確かめる工程だ。


市からは、できれば今日中に確認を終えてほしいと言われていた。


閉鎖が一日延びれば、探索者の仕事、素材を使う工場、駅周辺の店に損失が増える。それは事実だ。安全と言えば何でも待たせてよいわけではない。


だから俺は、急げという要望を悪意とは見なさなかった。その代わり、短縮できる場所とできない場所を分けた。資材搬入は地上で先に済ませる。人員確認は扉を開ける前に終える。だが、魔物の動線確認と負荷を戻した後の監視は削らない。


「予定に遅れたら、再開も遅れる。それでいいな」


市の担当者は苦い顔で頷いた。白瀬が、遅延理由と補償窓口を同じ記録へ残した。


ただし、仮設枝道の管体までは撤去しない。


正規側が長く使われなかったせいで、周辺の迷宮構造が新しい流れへ慣れるまで監視が要る。今すぐ壁を崩して枝道を引き抜けば、直したばかりの境界へ別の揺れを与える。枝道は使わず、隔離したまま、次の計画停止で撤去する。


全部なくす方が見た目はきれいだ。だが、今日は戻さないものを決めるのも修理のうちらしい。


「第一段階、開始します」


地上にいる白瀬の声が通信機へ届いた。停止と再開の責任は彼女が持つ。施工班は指定された範囲だけを戻し、真央は主流入、正規戻り路、仮設枝道、境界壁の映像と音を同じ時刻で記録する。


俺の仕事は、魔物と人間の動きを見て、中止を決めることだ。


管理室の奥で、灰色の小型種が顔を出した。初日のように地上へ逃げてはこない。正規戻り路の風を嗅ぐように首を上げ、壁際を進んでいる。


宮前が受音板へ目を落とす。


「正面の返りはあります。左の仮設側は――まだ無音です」


まだ、と付けた。


良い兆候を、成功に言い換えない。


宮前は平静に見えたが、受音板を持つ手に余分な力が入っていた。初日の閉止で、どちらへ負荷が逃げたかを知っている。怖くないのではなく、怖い場所を決めて見ている。


「今、一番まずい反応は何だ」


俺が聞くと、宮前はすぐ答えた。


「仮設側の返りです。次が、正規側の無音。どちらかが出たら、設備値が正常でも止めてください」


「あんたが、もう一度見たいと言ってもだ」


「止めてください。見直しは外でできます」


恐怖まで作業順へ入れる、というのはこういうことかもしれない。


負荷が次の段階へ上がる。境界壁の光は、事故時と逆に奥から入口へ薄く揃った。正規側の床が一度鳴り、遅れて遠い階層から返事が来る。


その時、奥の小型種が一斉に向きを変えた。


数は多くない。俺一人で倒せる。だが、群れの後ろで大型種の影が動き、帰路側へ回ろうとしていた。戦えば施工班の退路を横切る。


「全員、作業中止。誘導索の内側へ戻れ」


「計測はあと一つです」と市の設備員が言った。


「その一つを持って帰れなくなる。戻れ」


宮前は計器を持ち上げた。「未測定で残します。今の時点では正規側の初期応答まで確認済みです」


反対しなかった。むしろ施工班が持ち出す記録板を一枚受け取り、自分の道具より先に退路へ乗せた。


俺は群れの前へ出た。大型種へ火力を叩き込めば通路も傷む。盾で進路を狭め、別の探索者へ奥側の空間を開けさせる。倒すのではなく、作業域から離す。


全員が黒い隔離扉を越えたところで、俺も下がった。


扉が閉じる。


大型種を倒してはいない。映像映えする戦果もない。それでも作業員も計器も全員戻り、直した境界へ新しい傷は付かなかった。


俺の仕事の成果は、入口側へ揃った人数で分かる。


「再開は?」と白瀬が聞く。


俺は内部の足音が遠ざかるまで待った。


「群れの動線が戻るまでは不可。今日の予定を遅らせる」


施工都合なら押し切れたかもしれない。だが、俺の中止権を予定表より下に置く班なら、次は誰かが無理を隠す。


白瀬は「了解」と答え、再開予定を消した。真央は中断前までの記録に未測定を付け、公開用の短い映像へはしなかった。宮前は不足した確認点を一行で引き継いだ。


翌日の作業は、その一行から始まった。


魔物の動線を現地班が確認し直し、俺が帰路を一本増やす。白瀬が再開を承認し、施工班が前日の段階から負荷確認をやり直す。宮前は正規戻り路の返りが正常例へ近づくことと、仮設側に反応がないことを分けて報告した。


境界壁の光が安定する。


遠い階層から、低い戻り音が順に返ってきた。


無音ではない。余分な唸りでもない。負荷を受け、返している音だった。


市の独立確認員が別の計器で同じ変化を取り、施工班とは別の欄へ署名した。


さらに、最初の入場班とは別の探索者が短い確認へ入り、魔物の動線が正規側の流れに沿って奥へ戻ったことを報告した。設備が正常でも、人が帰れなければ再開できない。逆に、魔物が静かだからといって設備が安全とも限らない。二つの確認が同じ方向を示して、初めて次へ進める。


「恒久修理の対象範囲、復旧確認」と白瀬が告げた。「主流入、正規戻り路、境界壁は完了。仮設枝道の管体撤去は未完了。隔離継続です」


これで、事故を止めた応急処置と、再び使えるようにした修理が、ようやく別々に閉じた。


俺たちは地上へ戻った。


そこで宮前は、作業完了の報告書より先に、市の採用通知を渡された。


「市営迷宮保全班を新設します」


市は、国立迷宮災害研究所から派遣された白瀬を、班の行政・危険分析の実務責任者に任命していた。


白瀬が四人の前で言った。「獅堂さんには進入安全と退避判断を担当してもらいます。三崎さんは原本と公開記録。宮前さんには迷宮設備の診断と保全計画を」


白瀬自身も、ただの許可係になるつもりはなかった。停止を認める時は損失と代替へ署名し、再開を求められた時は未測定をゼロにしない。その条件を市へ通すことまで、自分の職務として提示した。


真央は、撮影の依頼を全部受ける契約にはしなかった。救助を妨げる時は自分で撮影を止め、原本の公開を行政広報だけで決めさせない条項を求めた。


俺は、退避命令が工程責任者より優先されることと、若手探索者が俺へ異論を申告できる連絡線を条件にした。


「施工は?」と宮前が聞いた。


最初に自分の肩書ではなく、自分にできない仕事を確認する。


「市の設備班と認定事業者へ発注します。診断者だけで施工完了にはしません。再開も独立確認を要します」


「停止を始める権限と、現場で退く権限は」


「開始は行政側。現場の中止は獅堂さんを含む安全責任者と、危険を発見した作業員。技術上の停止提案はあなた。詳細は初出勤日に文書化します」


宮前は通知を最初から最後まで読んだ。給与、危険業務の手当、勤務時間、権限の範囲、試用ではなく正式な採用であることまで確認する。


「事故を止めた分の協力手当も、別に支給します」と白瀬が言った。


「受け取ります。実際に危険な作業でしたし、修理まで参加しました」


ためらいはなかった。


「ただ、診断は記録と比較の順番を揃えれば、現地の人にもかなり引き継げます。私一人の担当にしない方がいいです」


白瀬は反論せず、採用通知の隣へ研修計画の空欄を置いた。宮前の見積もりが正しいかどうかは、言葉で争うより採用と仕組みで確かめるつもりらしい。


俺も参加承諾書へ署名した。


四人分の書類が一つの机へ揃った。


宮前は採用通知を工具鞄へしまう前に、折れない透明板へ入れた。退職書類と同じ鞄だが、今度は失くさないための扱いが少し丁寧だった。


俺はそれを見て、ようやくこの男が新しい仕事を欲しがっていたことに気づいた。英雄扱いには関心が薄くても、働く場所ができたことまで小さく見ているわけではない。


初出勤日を聞かれた宮前は、市営迷宮の一覧を手元へ引き寄せた。


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