復電するほど悪化する
復電率を上げてほしいという要請が、三分おきに届いた。
駅前の信号、湾岸の保冷庫、北環状の住宅区。暗い場所は地図の上で増えていないのに、止まった時間が長くなるほど、失う仕事と生活が増えていく。
一方で、一つを戻せば別迷宮の崩壊指標が上がることは、小さな停止で確認できた。
急いで復電することと、迷宮を壊さないことが、同じ方向を向いていなかった。
「正午までに七割」
電力運用卓の担当者が、上から届いた目標を読み上げた。
「数字を戻さなければ、道路も物流も持ちません」
白瀬さんは、停電範囲の面積を見なかった。
「七割の中身を出してください」
「中身?」
「病院の一室と、無人の広告塔を同じ一単位で数えないでください。戻す設備ではなく、失えない機能から分けます」
彼女は復電率の表示を画面の端へ退けた。
中央へ置いたのは、今も人が使っている場所だった。
救急指定病院の重症病床。
停車中の列車から利用者を出すための照明と換気。
北環状の避難所で使う暖房、通信、薬品保冷。
湾岸の医薬原料保冷庫。
数を並べるのではなく、一つ落ちた時に誰が移れなくなるかを担当者へ確認した。
病院は、外来棟の一部を閉じれば重症病床を残せる。
鉄道は運行を再開せず、駅間に残る列車をなくすための最低負荷だけが要る。
避難所は全館照明を落としても、暖房区画と充電場所を一つずつ残したい。
湾岸は全倉庫ではなく、地上輸送へ移すまでの保冷庫二室を守ればいい。
誰が何を失うかが決まると、戻さない場所も決まった。
白瀬さんが各系統の最悪側を示し、三自治体と電力運用者は迷宮側からの直接復電案を取り下げた。
国の緊急枠で集めた電源車、既存の非迷宮側供給、施設内で切り分け可能な予備を、重要負荷だけへ回す。遠い地域から電力を引けば別の供給線へ負担が出るため、運用者が監視できる範囲を越えては使わない。
「これは復旧ではありません」
白瀬さんが各担当へ告げた。
「迷宮側を調べる時間を買う代替です。切替先が不安定になった施設は、復電率に関係なく使用を落としてください」
道路信号は救急搬送路から戻された。繁華街の看板は暗いまま残り、交差点には警察官が立った。
湾岸の保冷庫では、二室だけに灯りが戻った。残りの貨物は、冷蔵車へ積める分と、温度管理を保証できず受入れを断る分に分けられた。
保冷庫の職員は、暗い三室目の前へ《受入れ停止》の札を出した。
中を空にできたから、すぐ通常倉庫として使う案も出た。だが温度記録が途切れた区画へ次の荷を入れれば、どこから品質を保証できないか分からなくなる。空いた空間を、停電中の不足へ都合よく数えなかった。
鉄道では、駅間に残った列車を最寄り駅へ入れた後、運行再開の表示を出さなかった。
ホームの照明と換気を残し、改札の半分を閉じる。駅員は復電時刻ではなく、降車を終えた人数と地上へ出られない利用者の引継ぎを報告した。
道路側では、電源車を病院へ通す交差点だけが先に点灯した。別の交差点は警察官の誘導を続ける。信号を一斉に戻して復電率を稼ぐより、車両の流れを一つずつ確かめる方を選んだ。
北環状の体育館では、中央の半面だけに暖房が入り、避難者の寝具がそちらへ寄せられた。
街は明るくならなかった。
人が今いる場所だけが、斑に持ち直した。
復旧したように見えないため、住民から問い合わせが増えた。
白瀬さんは「復旧中」と一語で答えず、迷宮側の個別復電を保留していること、病院と避難所の最低機能を別供給で維持していること、一般復電の時刻は約束できないことを自治体の案内へ出した。
早い見込みを示せば、人は止まっている駅や暗い道路へ戻ってくる。
不確かな予定を出さないことも、退避路を守る作業だった。
その間、市営第三の床で外からの振動を測り続けられた。
小暮さんは、地下街側の冷蔵負荷が別供給へ移った時刻を、迷宮記録へ混ぜなかった。地上設備の変化として別欄に置き、その前後で管理扉の光が変わらないことを確認した。
「店側を軽くしても、外から入る振動は同じです」
俺は受音板を外し、床札の記録を見た。
自分の耳で同じだと思うだけでは、久世統括官の条件を満たさない。床札も同じ幅を返し、補助計測員さんも開始前後の差を《識別できず》とした。
市営第三の異常は、地下街の消費を落としただけでは消えない。
代替供給が作った時間で、単一施設故障の候補をもう一つ外せた。
迷宮側の負荷を戻していないため、三地点の崩壊指標は高いまま横ばいになった。良くなってはいない。少なくとも、復電のたびに別地点が跳ねる動きは止まった。
「白瀬さんの案で、観測できる時間ができました」
俺は言った。
「案ではなく代替供給です。期限があります」
「はい。時間が尽きる前に、停止方法を作ります」
俺の耳で迷宮側の危険を絞れても、耳だけではこの横ばいを作れなかった。
白瀬さんは停止を許可する人ではない。止めても人間側が崩れない範囲を、現場の外に作る人だった。
俺は作業台の工程を直した。
最初は、三迷宮を同時に止めて、負荷の消える先を探すつもりだった。
しかし全面停止の準備が終わるまで、代替供給が持つとは限らない。逆に、代替が尽きるからと一つずつ復電すれば、負荷移送で崩壊指標を押し上げる。
一度で全部を確認する工程を消した。
小さな停止で、どの迷宮が先に負荷を手放し、どこが受けるかを分けて測る。測れない区画は閉鎖したまま残す。全面停止を一回成功させる案ではなく、戻せる最低負荷を保ちながら確認を積む案へ変えた。
一回で終わらなければ、記録員と護衛は交代が要る。停止のたびに貨物、列車、病床を同じ状態へ戻すこともできない。
工程が短くなるのではなく、人間側の余裕に合わせて中断できる形へ変わる。
「三段階にした場合、途中の復帰を成功扱いにしないでください」
真央さんが言った。
「灯りが戻った映像だけ切り取られたら、全面復旧したように見えます。各段階の未確認と次の停止条件を同じ画面に残します」
直したと誤解されれば、次の停止枠を失う。
記録の見せ方も、予備時間の一部だった。
ただし、順番はまだ決められなかった。
市営第三を先に落とせば、駅の避難機能へ影響する。
湾岸を先に落とせば、医薬原料の地上搬送が止まる。
北環状を先に落とせば、避難所へ回している予備供給が細くなる。
技術上の受けやすさだけでは決められない。
「宮前さん、工程時間を最短だけで出さないでください」
白瀬さんが言った。
「失敗して戻す時間、計測員が退く時間、代替先を再確認する時間を含めてください。短い見込みを各施設が信じたら、余裕を別用途へ使われます」
「分かりました。完遂時間と、途中で戻す時間を分けます」
俺は停止工程の横に、復帰と撤退の欄を作った。
正常へ戻すための時間だけでなく、直せなかった時に安全へ戻る時間を先に確保する。
電力運用卓から、七割の目標が再び届いた。
担当者は今度、それを中央画面へ出さなかった。
「重要負荷の維持率で報告します。一般復電は保留です」
数字を無視したのではない。
人を守る数字へ変えた。
一般復電を待つ商業施設からは、営業再開時刻を求める連絡が続いた。
白瀬さんは一件ずつ答えず、自治体へ再開条件を渡した。重要負荷の代替が崩れないこと。三迷宮の崩壊指標が共同監視の上限を越えないこと。個別復電で他地点が上がらない方法ができること。
時刻を約束しない代わりに、何が揃えば次へ進めるかを公開した。
商業施設の一つは、明るい別館へ来客を集める案を取り下げた。人が集まれば、暗い本館からの避難路と電力需要が重なる。閉館を続け、従業員は冷蔵品と防犯の確認へ回った。
戻らない売上も、停止計画が使った資源として補償記録へ入った。
代替供給の担当班は、迷宮復旧班と別の交代表を持った。こちらが測定を続ける間も、電源車の燃料、接続部の発熱、避難所の使用量は変わる。観測時間を延ばす判断は、代替班の残り時間を確認してからに限られた。
迷宮側が横ばいでも、地上側の余裕は少しずつ減っている。買った時間は、貯まる資源ではなかった。
交代時刻も縮まった。
正午前、病院、鉄道、避難所、湾岸保冷庫の四地点は、迷宮側を戻さず最低機能を維持した。
俺たちは三迷宮の反応を悪化させずに記録を増やせた。
小さな報酬だったが、停電下ではその時間が必要だった。
病院から緊急連絡が入ったのは、その直後だった。
予備設備の表示上は、まだ余裕がある。
だが、切替部は三迷宮の警報と同じ間隔で乱れ、通常より熱を持っていた。伝わった経路が未確定でも、現物の発熱だけで安全側へ短くする理由は足りる。施設責任者は使える時間を見直した。
《当初見込みまでは保ちません。患者移送を続けても、迷宮側の停止試験に渡せる予備時間は半分以下です》
切替先だった病院の予備設備は、予定より短くしか保たなかった。




